アフリカ旅まとめ ビクトリア滝といろいろ

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アフリカ旅記事のまとめ(以下は、編集前の暫定記事です)



2009年の正月はビクトリア滝詣で

年が明けた2009年1月1日。その瞬間をザンビアで迎えた。

2001年はボリビア・ラパス、04年はシドニー、05年はタイ・チェンマイ、そして09年、ここで4回目の海外での新年を迎えた。

リビングストンの町はまだ盛り上がっており、まるで渋谷みたいでもあるが
しかし調子に乗った酔っ払いの車が、街中を蛇行暴走運転していて非常に危なかった。日本なら即通報、免許取り消し&牢屋行きになるのだが、ザンビアでは無礼講ですむのだろうか。恐ろしい。
飲酒運転を忌み嫌うようになった日本は、まともな国だなと思った。

1月1日
正月早々、ジョリボーイズバックパッカーズから、

町から離れたキャンプ場に移動する

このキャンプ場はリビングストンの市内とビクトリアの滝の中間にある。

大みそかまでにザンビアに着きたいといっしょうけんめい走ってきたので
今日はのんびり。ひさびさの休息。キャンプ場は静かなので5日まで滞在した。
まさに正月やすみだ。

夕方、いよいよ世界遺産のビクトリアフォールズ見物。

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すごいすごいと滝見物してキャンプ場に戻りシャワーをあびる。夜、ズボンもリュックサックも臭いので洗濯。
21時からパソコン。テントの中、LEDヘッドライトを着けながら画面を見る
満たされた気分で上々。
それでも22:40に眠くなったので、寝る。

世界遺産をひとりじめ  グレートジンバブエ遺跡

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先月の話になりますが、グレートジンバブエ遺跡に行ってきました

といっても、本当は行く予定は無かったです

このグレジン遺跡に寄ってしまうと、400kmも余計に大回りしなくてはならないし、石がつみ重なってるだけの場所なのでアジアやエジプトの遺跡を見慣れた人があまり期待していくと肩すかしを食う恐れも。。とガイドブックに書いてあったので、わざわざ行くほどのものでもないと最初から無視していた

しかーし、渓流浴ワニーさんが是非行きたい場所、とおっしゃていたので、その遺跡がみょ~に気になりはじめ、首都のハラーレだけ訪れてこのままモザンビークに戻っていいのか、なんかもやもやするっ、ていうことで、あえて行く事にした

のっけから大トラブル。この国は道路標識がいいかげんなのでなんとえらい方向に走ってしまった。道なりに走ったのに関わらず迷いに迷って、結局ハイウェイに戻ったのが午後。200kmも余計にロスしてしまった

おそらくこの国の経済が壊滅したさいに、やけくそになって道路標識なんかも勝手にすっこ抜いて盗んで家屋の修理の足しにしたんでしょうか。日本では考えられないが。しかも国道を外れると、標識とかもほとんどないので、まるで迷路。自分がどこ走っているのか全くわからないから恐ろしい。

しかもハイウェイに戻る道だ!と思って喜んだら行き止まりになってたり、ひどいダートになってたりとか。

その分、日本と違って信号も渋滞もほとんどないのでペースが速く進め、気がついたら200kmのロスって感じでした。さすが大陸!

その日の夜、ハラーレから遺跡に近いマシンゴの町まで結局509kmも走ってしまいました。なんとか到着するも、あざ笑うかのように街は全部停電。真っ暗闇でどうしようもない。トラブルだらけのジンバブエ、そしてアフリカは本当に疲れる。

街灯も全く無い暗闇なので、星空がはっきり見えて、天の川まで見えたのが唯一の救いだった

翌朝、グレートジンバブエに着くと、人の気配が全く無い。これが本当に世界遺産なのだろうか

これでもジンバブエの国名の由来となった、ジンバブエ一の世界遺産なのかっ!

日本だったらどんな観光地でも、とりわけ世界遺産レベルなら観光客でひしめいてるはずなのに。

経済も大分回復したとはいえ、恐ろしい、悪い、と言うイメージが出来てしまい旅行者がジンバブエを避けるようになりましたし。

受付に行って名簿を見ると、先日の入場者はなんと。。。。。

13人しかいない(笑)

入場料の大金15US$を払い、城砦に登ったり、円形サークルの中に入ったりした

といっても本当に石がつみ重なっただけの、本当に本当にたいした事無い遺跡だった

「思ったとおり、たいした事無いなー」

しかし、そのたいしたことがないおかげで、見わたしてみれば、この遺跡内には、私のほかにまったく誰もいない。

余計な観光客がいないおかげで心ゆくまで遺跡の世界を堪能できる。なんだか自分がグレートジンバブエを支配している気になり、石がつみ重ねられただけの風景は、よくよく考えれば古代中世の世界に似ているので、まるでRPGの勇者になったみたいだ。

遺跡を見学と言うよりも、遺跡の中で寝転がったりしていにしえの世界に浸ってリラックスするようなところかもしれない。

濃厚でうるさくてくどいアフリカ社会にいたどっぷりひたったぼくにとって、グレートジンバブエ遺跡で心が洗われた。

退屈な遺跡が転じて、思いもよらぬいい場所となった。

いろんな民族が歩いてるよ

えー、私はいまアフリカはナミビアの奥地にある町、オプウォにいます

ここはとても不思議な町で、こうしてパソコンを打っている宿の外に出ると、いろんな格好をした民族が歩いてるゾー(笑)

日本のみなさんとやりとりしているすぐそこで、太古からの衣装をしたヒンバ族や、クラシカルな服装のヘレロ族が歩いているのが、われながらとてもおかしいのですが。ようするにチョンマゲと袴を着て歩いてるのと同じです。

でも他のアフリカの町同様、普通にセーターとGパンなどの洋服を来て歩いている人もいるし、テンガロンハットとベストを着た、西部劇に出てくるようなかっこうしたヘレロ族の渋~いおじさんもいる。それらがミックスして混在しているこの町は本当に不思議で面白い。

このネットの最先端のハイテクと古くからの生活様式。そのギャップがとても愉快です。だから旅は面白いのです

(でも、ラオスのネットカフェにいたときは時は、近くに坊さんがネットしていたし。そんなバーチャルと実世界の調和がすごい)

さて、5月のジンバブエ以降、帰国も迫り、毎日が多忙すぎる為、ネットをする余裕すらなかったのですが、

このオプウォの宿(ABBA GuestHouse)では無料でラップトップ接続できるのでひさしぶりにネットしまくってます。

でも欠点として、一旦ネットをやりだすと麻薬のようにはまってしまい、旅の貴重な時間がどんどんむだになってしまうんだよね

心配していた方、この場を借りてお礼申上げます

でも心配してくれる人がいてちょっとうれしいです。

今まではかなり孤独な旅でした。

100兆ドル札を出して経済崩壊したあのジンバブエに入国したり

世界一危険な都市・ヨハネスブルグに突入したり

南アフリカ・キンバリーの町外れで野宿したら、アフリカのくせにテントが凍るほど寒かったり

こないだナミビアで前輪タイヤがパンクして大転倒して傷だらけになったりと、

相変わらずトラブルだらけの日々です

大転倒は、重傷ではないですが、軽傷か中傷(笑)ぐらいにはなっています。

ジンバブエからは、とにかく走りまくり、モザンビーク、スワジランド、南ア、レソト、南アそしてナミビアにいます

気がつけばアフリカ大陸横断です

南緯17度のオプウォでのんびりしたあとは、最後のたたかいとして、南緯33度のケープタウンに向けて一気走りして南下します

(北緯と距離に直すと、フィリピンのルソン島から沖縄を経由して福岡にいくのと同じだ)

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