世界一周01・台湾・タイ編

第一章 東南アジア

台湾 (2000年2月23日~2月26日):日本大好き!?台湾
タイ (2000年2月26日~3月 1日):2年ぶりのバンコクの大変化
おまけコーナー



概要

東南アジアの国々では、食堂や屋台で食べるもよし、スーパーやコンビニで買うのもよし、と日本同様にいろいろ食べられる。しかもうまくて安いので金がなくてもグルメを堪能できる。

台湾

通貨 1円= 3.8円(2000.02) ・ゲーセンのゲーム1回38円~

・宿(台北市はドミトリー950円、シングル1300円から)

例) 朝 ・自助餐(セルフの定食。肉と野菜料理か、揚魚料理、日本式御飯、

中華汁など)300円  昼 ・肉まん38円

夜 ・インスタントめん、宿で自炊23円

タイ

通貨 1バーツ= 3円 (2000.02)  ・宿(バンコクは360円から)

例) ・デパートの食堂(かためんあんかけそば)90円  ・屋台の野菜カレー 45円

・屋台のパイン1切れ30円  ・ドーナツ 15円

・市バス11円  ・ゲーム 30円   ・タイ米5kg 210円

・イナゴの唐揚げ(なかなかうまい) 30円  ・豆乳300ml 27円

台湾:日本大好き!?

2000年2月23日早朝。忘れもしない水たまりも凍る氷点下の寒い朝。
ついにその日がやってきた。

いよいよ世界一周の旅に出発するのだ。
これより先に待ち受ける運命は、誰も知らない・・・・

と、思いつつも5時20分発の始発列車に乗るのだが、台北行きの中華航空は8時50分離陸なのでそれに間に合うか、のっけから心配だった。

7時50分、ギリギリで羽田空港国際ターミナル到着。初っ端から心臓に悪い思いだったが、成田と違って空港使用料は不要で東京から近いのがありがたい。

8時50分、定刻どおり離陸。飛び立つ飛行機から空を見ると、冬晴れの快晴だ。都心、そして真っ白に覆われた富士山まではっきり見えた。
「これは縁起がいいぞ」

だが、沖縄を通過し台湾に近づくと下界は雲だらけ。高度一万メートルの上を飛んでいると、果てしなくつづく青空と雲海が続き、いかにも天の上といった、とてもすばらしい眺めなのだが、着陸のために雲海へもぐると、灰色だけの世界になってしまう。

やっと雲の中から出たと思ったら、いきなり滑走路が現れて、すぐに着陸。台北は低く厚い雲がたれこめて、薄暗く雨が降っていた。縁起の良かったド快晴の東京とはえらい違いだ。

空港から台北市街へ行くバスからはバラックのような小屋も見えたりするが、それ以外は日本と似たような景色だった。

台北駅近くにある「快楽家庭」という名前の安宿に泊まる。といってもラブ〇テルではなく、世界からのバックパッカーが集まるゲストハウスだ。

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客は主に日本人で他にはカナダやドイツからの旅行者。カナダ人はこの後日本で1年間生活し、ドイツ人はドイツからここまで自転車でユーラシアを横断してきたというつわものばかり。

そして、ここに遊びに来る現地の女の子は、雨の日でも125ccのスクーターでやってくる。台湾の主な交通手段がスクーターなので台湾らしい話だ。いかにも日本や外国大好きといった好奇心丸だしな子で英語も話せる

今、台湾では日本ブーム。日本大好き台湾人は「哈日族」(はにちぞく・ハーリーズ)とよばれる。

その日本ブームをぜひこの目で見たかったのだ。台湾は戦前日本統治を受けた影響もあるし、食生活、文化、顔立ち、どれをとっても日本のそれらに近いしよく似ている。豊かになった台湾はより大きな日本にあこがれるのもうなずける話だ

雨の台北を歩く。街並みも日本とそんなに変わらない。ただ漢字一辺倒なぐらいか。補習班(予備校)の看板も良く見る。日本同様に台湾の勤勉さがうかがえる。

しかし一歩路地を歩くと東南アジアの雰囲気が出てくる。豚の臓物らしき強烈な食材の臭いも強制的に漂う。屋台で買った肉まん(10元・約38円)や餃子(5元)は、本場だけあって日本のよりさらにおいしかった

翌日、宿の近くの自助餐(セルフサービス式食堂)で昼食。肉料理、野菜炒めといったものがメインで、80元。これまた日本人の口に合いうまい。

そして、台湾の渋谷ともいえる、西門町へいった。なんかソウルの明洞(ミョンドン)にも似てなくもないが、まずはいろんな店に入る。

ESPRIT という「ナウなブチック」にはいる。日本と同じカジュアルな服や店内だが、店員の名札を見ると、モロ台湾人なのにEricとかかれている。他の店員も Kiri,Maggieといった西欧的名前だ。まあ本名だと呼びにくいし、さまにならんのだろう。そういえばさっきの宿にくる口合日族の女の子本名とは別 に自らEmilyと名乗っていた

生粋のの台湾人同士でもねービッキーなんてニックネームで呼び合うとカッコいいしなにせ気軽でいい。欧米や中南米では年齢問わずファーストネームで呼び合うから効率的だ。

それに比べて日本は敬語だとか上下関係だとかいってそれだけで神経使って疲れるし、めんどくさくてなんかいやになってくる。日本人はもっと柔らかくなれば国際社会でも一目置かれるのに。

デパートの地下には九州拉麺(ラーメン)のレストランがある。まさに食文化の逆輸入だ。一杯300~400円ほどと適正価格か。
あと、天ぷらチップスという、いかにも今の台湾らしさあふれるポテトチップスを食べたが、全然天ぷらの味がしなかった。

コンビニには「時給80~100元」と店員募集していた。日本だと800~1000円みたいなものだが、ここで80元なんていってもここでプリクラやったら一回でなくなる時給だ。

キティーやピカチュウなどのピンバッチをコウモリがさの上に貼り付けて路上で売っていた。そんな路地を歩いていると女の子でいっぱいの店があった。

何かと思ったら「プリクラの館」だった。

自動販売機に売られているジュースの缶をみると「黒松魔剣奇兵大出撃」なんて物々しく書いてあった。

これは黒松という会社のジュースなんだが、たかが缶ジュースに魔剣奇兵なんて書くあたりにすごい迫力がある

本屋に行くと、日本の雑誌が日本語のそのままで売られている。グラビアにせよ文字も同じ漢字なので台湾人が日本の雑誌をそのまま読んでもけっこう楽しめるみたいだ。そんな「台湾人向け日本書店」がけっこうある。

翌日、台湾の秋葉原といわれる光華商場へ出かける。それにしても行く途中、たくさんのスクーターを見かける。台湾は世界的なスクーターの生産国、ならびに輸出国である
しかし交通インフラを解消していけばずぶぬれになりながらスクーターを走らせぬに済むし(台北滞在4日のうち、なんと毎日冬の雨がずっと降り続いた)大気汚染も減るはずだ

光華商場はこじんまりとしている。小さな建物に電子部品などを売る小さな店がいっぱいあって、まさにアジアの市場といったスタイル。昔の秋葉原と言う感じだ。

台北駅の地下街にあるCDショップに入る。だがここで、さっきの魔剣奇兵よりすごいものを発見した。
そのCDは、台湾の普通のアイドル、と言った感じで日本でも通用しそうだが、題名が普通ではない。その名も
「N世代・少男殺手爆唄101」
少年殺し!!爆唄!!なんと勇ましく迫力があるんだろう。

宿に戻り、6元で買った科学麺という、宇宙とか博士のパッケージのインスタント麺を食した。
そして深夜になると、台湾のテレビにギルガメッシュナイトという、7~8年前に流行ったテレビ東京の番組が中国語字幕付きでそのまま流れていた。Tバックなんて懐かしい響きだ

台湾のTVは、日本の番組をそのまま使ったり、日本と提携をとって日本の人気番組のシナリオをそのまま使って、台湾風にアレンジした番組も多い。
こうして短かった台湾を去り、バンコク行きの飛行機に乗ったら、となりの台湾人女性は黒いスーツでいかにも才女というカッコいい感じの女性。英語で話すとより知的に見える。アムステルダムに行く彼女に対してバンコクで下りる私はなんともお気楽なかっこうだ。

しかも席が一番前なので、なんとスチュワーデスが目の前に座るのだ。スリットから出た脚がなんともきれいでたまらん!中華航空にして本当に良かった!

台湾でも人気だったプリクラ。1997年のこち亀でもプリクラが題材。

タイ:2年ぶりのバンコク

そんなおいしい思いをしてタイの首都・バンコクに着いたのが夜中の一時。

この時間でもバスは動いているし、世界最大の安宿街・カオサンロードに行けば24時間泊まる事ができる。

だけど夜中はやっぱ危険だし、なんとコンビニがあったので、空港で夜明けを待つ事にした。日本のようなしっかりしたコンビニがあるのは、とてもありがたい。しかも安い!なお、タイを出ると、こういったコンビニにはお目にかかれず、メキシコに来てやっとひさしぶりに見かけるのだった

私は1998年2月から3月にかけての一ヶ月間、タイを旅したことがある。2年ぶりのバンコクだが、今回はバンコクでインド・カルカッタ行きの航空券を買ったらすぐにインドへ向かうのだ。
そして一日も早くバイクで異国の大地を走らせたい!

夜が明け、朝一番の電車に乗る。5バーツ(15円)と言う安さだ。
朝8時になると、電車は停車したままになる。そして、国歌が流れて、黙祷のように人々も静止する。街頭のスピーカーからは雑音混じりの国歌が流れたが、乗客はしっかりと国王や国家に敬意を払っているようだった。

そして世界的に有名な安宿街、カオサン通りに到着した。
「なんということだ・・・・」

2年ぶりに来たというのに、このカオサンの変貌ぶり。日本人向けの安いラーメン屋や、インターネットカフェといった、2年前には無かったものがどんどんできている。空き地だったところも整備されていった。

世界中の旅人が集まり、刺激されていくカオサン。そしてバンコク全体も変わっていった。

市の中央にモノレールが走るようになり、中心街の眺めもすっかり変わってしまった。近代都市へと進化するバンコクは、元気いっぱいのすごいパワーに満ち溢れていた。なんかこっちも胸が熱くなってくるぐらいだった
そんな若々しいパワーのバンコクと、農村で成り立つタイはまさに「とかいなか」だ!!

カオサンは24時間いろんな店が開いていてすこぶる便利なのだが、そのため騒がしくて落ち着かないし、なんかむさ苦しい感じなので今日は3日滞在でいいや。雨の台湾でできなかった洗濯をした。

2000年、バンコク。

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翌日、バンコクのジャスコに行った。日本と同じスーパーの中に、台湾でも見かけたラップに包まれた寿司が売っていた。食べてみると米の炊き方が良くなく、あんまりうまくなかった.

2Fに行くと、プレステを使ったダンスゲームができる。日本でも大ブレイクしたダンスゲームだが、ここでプレイすれば日本よりもはるかに安いし、身体を動かすゲームなのでいい汗流す事ができた。

夜は、バンコク中心部のマーブンクローンセンターというデパートの近くの広場で、縁日やコンサートをやっていた。縁日では、お菓子とドーナツなど安いので食べまくる。そして一番印象に残ったのが「イナゴのからあげ」だった。

タイ東部を中心に虫食文化が発達しているが、西洋人から見れば奇異に見えるらしい。だから西洋人が見世物のように見るからか、「から揚げを見るのはタダですが写真を撮る場合は10バーツいただきます」と書いてあった。

まあ、タイ人にとっては普通の食事なのに、よその人間がから揚げ虫を見てギャーギャー騒ぐからタイ頭にくるのだろう。

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虫とはいえど、揚げたてはうまそうなので10バーツ払ってナンプラー(魚醤油、秋田県のしょっつるとルーツは同じ)かけて食べてみる

見た目はあめ色に変色した昆虫で、近くで見ると正直言って気持ち悪いが、噛んでみるとしゃりっとした殻のついた小海老のような歯ごたえと香ばしさでうまいじゃないか。
ただ、イナゴの触手にギザギザがついているので舌に引っかかると痛い。

野外ライブを見ると、コテコテの吉本芸人みたいなのが、タイ人独特のコテコテの声で唄っていたりする。見ていておかしいけど、それでもキャーキャーなんて黄色い歓声が来る。だからよけい面白い。

隣に座っていた三十路の女たちからビールをもらい、一緒に「ウオー」なんて盛り上がった。ライブはコテコテ芸人の歌のみならず、オランダなどの欧米バックパッカー達も太鼓とか民族楽器をもってちゃっかり飛び入り参加していた。泥臭くも国際的なコンサートであった

ライブが終ったのがもう夜23時30分。祭りとは言え夜の9時半には縁日をたたむ日本と違って、夜0時を過ぎてもまだ縁日とかやっているのでバンコクの夜はすごい。

帰るためバスを待つが、全然来ない。しびれを切らし、そばで同じようにじっと待っていた白人バックパッカーと共にトクトク(オート3輪タクシー)に乗ることにした

カオサンに戻ると、昼間以上の人ごみと騒がしさ。もう深夜0時40分なのに!寝床についたのが2時ぐらいだったが、それでもカオサンのうるささが聞こえてくるのだった

2年ぶりのタイ、バンコクは多少物価が高くなったが、それでも諸外国から比べれば断然安い。
それでいて営業時間やサービス、便利さも抜群。だがインドはどうなるのか?この世界一周大冒険もいよいよ本格的にスタートだー!

●おまけコーナー

☆2005年 5年ぶりのタイ☆

1998年、2000年、2005年と3回訪れたタイ。
2000年のバンコクから5年後の2005年のバンコクはどう変わったか、まとめてみました

☆深夜1時以降の酒類の販売は禁止。

2005年カオサンを訪れた時は5年前のように未明までガンガン音楽かけられることもなくなってきた。
だから無秩序だったカオサンの夜もだいぶおとなしくなってきた気がした。

☆テロ対策の強化

マレーシアに近いタイ南部の県ではイスラム過激派によるテロが勃発。ショッピングセンターとかが標的にされるようになる。
それによりバンコクでもデパートなどの入口では所持品に対するチェックが行われるようになった

☆物価の高騰☆

先進国を目指し日々発展していくタイ。カオサン通りは物価の高騰が著しい。世界中の若者が集まり、タイの若者にとっても原宿のようなサブカルチャーの中心となり、すっかりメジャーな観光地に成り上がったカオサンはもはや安宿街ではなくなってきたという意見もある。

1998年当時は、安宿はシングル一泊80~150バーツで泊まれたが、今では200~300バーツ以上は
する。ただし100バーツで泊まれる老舗の典型的ボロ宿もまだあったし、日本人向けのゲストハウスならドミトリーで70バーツで泊まれる。

トクトクも5年前はサヤームスクエアからカオサンへは50バーツで済んだが、今年は80バーツ出さないと乗せてくれなかった。

庶民の足であるバンコクの赤バスも3.5バーツから4バーツに値上がりしていた。もっとも、クーラーつきや新型バスも増えてきたので4バーツで乗れる赤バスも少なくなってきた。

☆日本とタイの縁日対決☆

日本も今は夏真っ盛り。お祭りもたくさんやっていますね。
私もこないだ、地元の祭りをちょいと見物してきました。う~んひさしぶりのニッポンの夏。
いっぱい屋台があるのはいいけど、たとえばちっこいスイカ一切れ200円・・・高くて何も買えん!

縁日の屋台と言えば、タイでも各地でお祭りをやってるのですが、タイでも日本と全く同じ縁日があってとても感動した。

(スーパーボールやヨーヨー、熱帯魚すくい、おばけやしき、射的、輪投げ、アイドルのポスター屋(といってもタイのアイドルだけど)、焼きそばや焼き鳥屋台・・・しかも5、10、20バーツ(15~60えん)

だから飲み食いしまくりでいろいろ遊べます。日本の祭りで同じ事やったら何千円と吹っ飛ぶ事でしょう。日本の縁日フラストレーションを発散させたのは言うまでもありません.
おかげでタイにズルズルいてしまったわけだが・・・
日本の祭りや縁日と違うのは、鼓膜が破れるぐらいスピーカーから音楽が流れまくってる事(日本の祭りだと年寄りくさい演歌みたいなのがかかっていることが多いが、タイではダンサブルなPOPSがガンガン響く。それだけ若々しい。)

焼き鳥屋台の隣にはタイ名物・虫屋台。から揚げした虫にナンプラーをかけて食べる。
ゴキブリみたいにでかい虫はさすがにグロ丸出しで食えなかったが、ちっこいイナゴやさなぎなら小海老と同じ味わいだ。

そして田舎の祭りに行くとタイ陸軍による射的コーナーというのがあるんだが、なんとライフルの実弾(5発30バーツ)しかも素敵な事にウイスキーで酔っ払った軍人が近くにいるから、ある意味命がけの射撃ゲームですぞ。

とどめに先進国の感覚からすれば幼児虐待ともいえる見世物小屋があったことだ。いくらハイテクIT化が進むタイとは言え、檻の中で大蛇とボロボロのポケモンの服を着た幼児が戯れ続ける見世物小屋は江戸時代と変わらないのであった。
☆タイのおばけ屋敷

タイのおばけやしきは、日本と同じようにスピーカーから流れるおどろどろした曲とナレーションがながれる。10バーツ(30円)と安いのに、中から女の子の声がキャーキャーものすごくうるさい。ということは本当にそんなに恐いんだろうか?と思って、ちっとビビリながらも入って見た。

中に入ると、真っ暗で蒸し暑い。途中気味の悪い踏み心地の段差があった。そしてムンクの叫びのような仮面をかぶったおばけ役が出てきた。が、気がつけば出口で、「え?もう終り?」と拍子抜けしたとともに、入る前はいい年こいて本当にビビっていた自分自身がおかしくて笑いが止まらなかった。

なんだこのお粗末さは!これじゃあ北中学校2年3組文化祭のおばけ屋敷コーナーにも劣るデー!中から聞こえる女の子の断末魔の叫びと、小屋のおどろおどろした外見に見事にだまされたのであった。

タイの娘はなんて純粋なんだろう。

第1章 おわり

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