世界一周09-1 イタリア編1 南イタリアで大ピンチ発生!さあどうなる?

世界一周のヨーロッパでは、物価が高いために毎日野宿の大貧乏旅!それでも若さで進んでいくのだが、のっけから大トラブル発生!さあどうなる?

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第9章 イタリア、スイス、ドイツ南部編

(2000年6月17日~7月15日)

●奈落の底は突然に
●イタリアな青春人
●哀しみと泪のソレント

ヨーロッパ編

概要:
ヨーロッパに入ると、物価が高くなるので、毎日野宿となる。
レストランにも入れなくなるので、食事は全て自炊となった。
ただ、トルコから先の欧州では、日本のようにショッピングセンターがあるので、主婦顔負けにスーパーで買い物すれば、清潔で自分の欲しい食料が手に入る。(★印は新通貨がユーロに変わる国)

イタリア
通貨100リラ=5.8円★  ・ガソリン 124円 ・パスタメン500g 40円?
・パスタソース400g瓶 150円? ・テイクアウトの生ハムピザ 145円
・ローストチキン 232円 牛乳500ml 63円

※イタリアでは、さすがにスパゲッチーがうまくて安い。スーパーで売ってるソースもアラビア-タ(唐辛子入りのシンプルなトマトソース)や、ボロネ-ズ(ミートソース)、ぺペロンチーノ など本場の味が堪能できる。

毎日自炊、コールマンのガソリンコンロでめんをうでては本場のソースをかけて夏の地中海性気候の青空の下、食したものだ。自炊でも贅沢な気分になる。
ピザは、街中どこでも食べられる。そのぶんマクドナルドは非常に少ないが。


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イタリア入国 奈落の底は突然に

ギリシャを夜出港した国際フェリー。
翌朝目が覚めると、青いアドリア海の果てについにイタリア半島が見えてきた.

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6/17。朝9時にイタリア南東部のブリンジジに入港した。

バイク共々下船すると、まるで青森のフェリーターミナルに下船したようなだだっぴろいターミナル。全くのフリーパスで入港できたが、言葉はもちろん通貨も変わるので(統合通貨ユーロ以前だったので)とまどった。
イタリアリラが無一文のままブリンジジの町まで行き、街角の両替屋で両替した。

イタリアの高速道路、アウトストラーダE55でバリの町についたが、そこでパンク。GSまで走って自分で苦労してパンク修理。なんとも慌しい限りだ。

そしてナポリに向けてイタリア半島を横断する。夕方、南イタリアの半島中央の町、ポテンツァPotenzaについた。山の中の地方都市で、イタリアらしい趣のある落ち着いた感じの街だった。

しかし、ふと後ろを振り返ると、後ろに括り付けていたリュックサックがなくなっていた・・・

「しまった!」

たしか取り出しやすいように背負ってたリュックを後部座席の荷物の一番上につみかえた。それで走行途中で落ちたのに気がつかなかったようだ。

「とにかく冷静になって探そう」
リュックの中には、30万円分のT/C、10万リラの現金(約5500円)、国際免許証、説明書、書類といった、大切なものばかり!それを落したのだ。

来た道を戻りに戻り、100kmも戻りながら探した。だけどリュックは見つからなかった。じょじょに冷静さを失い、絶望が覆い始める。

「何でこんな時に限って大事なものを入れたんだ!何で落としたのに気がつかなかったんだ!ああ・・・どうしようか・・・・・」

普段元気な時は気づくものでも、今日はイタリアの1日目、入国やパンクなどいろんなことがあって、さらに4ヶ月に及ぶ旅の疲れが溜まりに溜まってリュックの事まで気が回らなかったようだ。

また探しながらポテンツァに戻るころにはもう夜中だったが、いてもたってもいられないぐらいの緊張の為、翌朝5時に起き、T/Cのリファンド(払い戻し手続き)のため日本のアメックスとVISAに電話する。

しかし「テレコォムイタリア○×X△~~~~」
とメッセージが流れ、よくわからないがつながらないみたいだ。

仕方ないからもう一度100km戻って、道端とかをくまなく探したが、やはり見つからなかった。昼頃、またポテンツァに戻った。往復200kmを2往復もした。なんとも虚しい限りである。

ポテンツァに戻ったら派出所に出頭した。イタリアの場合、警察機構がそれぞれ独立している。
警察はポリツィーア(Polizia)、憲兵隊カラビニエーリ(Carabinieri)、そして派出所のケストゥーラ(Questura)など。

その派出所には、ティアドロップスタイルのサングラスをかけた、いかにも昔の日本の刑事ドラマに出てきそうな刑事がやってきて、「明日なら英語のうまい人がやってくる」と言って去っていった。
他の署員に「コレクトコールのかけ方教えてください」と言うと、今日は日曜だから明日にしろと、何ともつれない。

試行錯誤の末、やっとコレクトコールを掛ける事ができたが、AMEXとVISAの両方にそれぞれ説明しなくてはならない。久し振りの日本語が話せたが、そんなノスタルジーを思う気力もなかった。

何社分のTCを持つと、その分だけ説明しなければならんので、時間と労力の無駄になってしまう。

イタリアな青春人

教会の駐車場ですっかり落ちぶれていると、地元のバイカーたちがやってきた。

500ccのアメリカンバイクに女の子を乗せたり、他の仲間がいろんなバイクに乗ってきてやってきた。ヨーロッパだからでかい白人が、みんなでかいバイク乗ってるのかと思いきや、彼らのバイクは意外に日本の中型と同じぐらい。体格だって南イタリア人は日本人とそんなに変わらない気がした。

孤独に落ちぶれていても仕方がないので、彼らと一緒に走る事にした。

日もまだ落ちない夏の長い夕方前。丘の上を走る。果てしなく広がる丘に空が淡い黄色に染まると、どこか幻想的な風景で、昔の青春ドラマのようなシーンだ。

町の外れにある自然公園まで走る。当然彼らのほうが速いが、ダートになると今度はオフロードバイクの私が悪戦苦闘しているアメリカンをあっさり簡単に追い抜く。

自然公園に着いた。野生の動物が歩き回る中、みんなでジェラート(といっても普通の安いアイスだが)や、スナック菓子を買い屋外のテーブルを囲む。実にほ~んわかとしたひと時だった。

アメリカンの後ろに乗っていた女の子(左から二番目)は、興味を持ってくれたのかいろいろ話し掛けてくれた。といっても、イタリア語で話してくるもんだからちっともわからなかったよ。
すこし残念だけど、こんな天真爛漫なところがラテンの女の子らしくてとてもかわいい。

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公園を出ると車できた彼らの友人たちが待っていた。そのうちの1人、ルイージはメガネをかけていて、仲本工事そっくりだった。

イタリア人らしい陽気さもありつつ、みんな真面目で素朴な連中だった。彼らとは行きずりの出会いながらも、しばし孤独感とどん底を忘れさせてくれた気分のいい出会いだった。

こうしてポテンツァの日(Sole)は暮れていく。

夜はポテンツァの駅の待合室を案内された。
「これから僕は工場に仕事に出かけてくるからここでお別れだけど、この中なら寝る事ができるから。それじゃあ元気でね、チャオ」
と去っていった。

オイオイこんなところで寝ていいのか、ホントだったら屋根のある彼らの家に泊まりたかったのにい・・と内心思いつつ、
「グラッチェ、ちゃお」と別れを告げた。東北や九州あたりの無人駅のような待合室で夜を明かした。

その朝は水道の水を沸しスパゲッティを茹でて朝食。プラットホームの片隅で食う。本場イタリアなので、パスタソースが種類豊富で安くてうまい。トルコからギリシャまではパンにツナ缶とか野菜とかを挟んで食べていたが、イタリアに来てからの食事はこんなパスタパターンが続く。

もう一度派出所に出頭。イタリア語の紛失証明書を作成してもらい、ポテンツァを去る。一応やることはやったが、もう憂鬱でしかたがない。

イタリア半島中央部のポテンツァから半島西岸のナポリへとつながる高速道路は有料区間となる。日本同様絶壁を縫うように走っているのでコストがかかり通行料も高そうだ。

どちらにせよパワーのない125ccなのでゆっくり下の道を走ることにする。日本の3桁国道のように山の中の狭い道が続く。案の定途中で迷ってしまい、道路工事の人に道を尋ねた。

ちょうど昼食中だったので、彼らが何を食べているのか弁当箱の中をみると、トマトソースがけのマカロニだった。

哀しみと泪のソレント

山を越えて半島を横断し、風光明媚な街、ソレント(Sorrento)に着いた。
青く美しい空と地中海が目の前に広がる。

しかし、絶壁のシーサイドを走りながらそんな景色を見ていると、かえって悔しさが増してくる。

「失ったものはとても大きく、そして失ったものは永遠に帰って来ない・・・」

そう思うと、ついに堪えられなくなった。
「うわああああああん」
と、大声をあげて爆泣きした。

自分の愚かさに、くやしくてくやしくてしかたがなかった。
我ひとり、オニのように死ぬほど暴れた。もう死んでも良かった。それくらい心がボロボロに破綻していた。

ちっとはスッキリさせたので、まだ心は悶えながらも、火山ベズヒオ山を眺めた。古代都市ポンペイが消失したほどの噴火があった伝説の火山。

その山は海の向こうにあるので、ソレントの公園の高台から火山をながめると、鹿児島市の城山公園から見た桜島とそっくりだった。

ポンペイのスパルタカスキャンプ場に泊まった翌朝、起きてものろのろとした動きしかできない。
半分眠ったような状態で、亡霊のように無意識の内にキャンプ場内をふらふら彷徨い歩いている自分・・

もうなにもしたくない・・・・

極度の疲労と精神的な絶望のためである。
大事な物とお金の入ったリュックを落して無くしてからの一週間は、心はナイフで引き裂かれたようにズタズタで、もう廃人同然だった。

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