世界一周15 アルゼンチン・チリ編 1日1050km大疾走

日本には無いスケールの大平原を激走!美少女との出会いと、砂漠で宇宙を感じ、そしてクリスマスのアンデス越え!

第15章 アルゼンチン、チリ、ボリビア編
(2000年12月5日~12月24日)

●ブエノスアイレスの闇と狂気
●一日1050km地平線爆走
●さわやかアンデスの麓
●巨乳共和国でモテたゾ!?
●月面走行してミイラに会おうよ

アルゼンチン
通貨1ペソ=$1  ・ガソリン $0.99。パタゴニアは安くなる。 ・宿 $10~
・ゲーム$0.25~1 ・フランスパン$0.29  ・レタス$0.06 ・牛乳1L$0.49
・ローストチキン(Pollo)$0.78
当時はまだ通貨がUSドルの固定相場制だったので、品質の割に物価やガスがとても高かった。宿に関しても高い。ウルグアイも同様。

チリ
通貨100ペソ=20円 ・ガソリン74円 ・宿 800円~(地方600円~)

北チリの定食:じゃが、肉、もろこし、かぼちゃのスープ、パン、コーラ、Guatita(日本のカレーライスそっくり)のセット。以上で270円

スーパーの惣菜 サンチアゴ: ピラフとステーキ 158円
ミックスベジタブル 70円

・ローストチキン1/4羽分とポテト 198円  ・メロン6個 200円
・キャラメルアイス70円 ・サンチアゴ地下鉄 34円  ・ゲーム14~20円
・日本への小包1.9kg 2336円(船便のつもりが航空便で届いたようで、1週間で届いた)

※チリは海産物が食せるが、やはり上記のような食事が一般的で安い。
山岳地帯は物価も高い。

チリも含む南米北部は、マテ茶を飲んで牛肉を食べまくるメルコスルとは異なる。
主に米、もろこし、いもが主食になり、じゃが、もろこしなどはこのあたりがルーツなので、質素ながらも穀物の祖先の味が堪能できよう。

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ブエノスアイレスの闇と狂気

12月5日、いろいろお世話になったパラグアイをあとにして、アルゼンチンに入国。これよりガソリン代や物価が一気に高くなる。
そしてアルゼンチン北部のポリシア(警察)の質の悪さはパラグアイとは比べ物にならないと言っていたので、さっさとアルゼンチンを抜けて一気にチリへ走ることにした。

ブラジルやパラグアイでのんびりしすぎたので、問答無用で朝から深夜まで一日700km以上走る。
首都ブエノスアイレスへの途中の地方都市、ロサリオでは、色白でショートヘアの若い女の子を見かけたが、きれいでユニセックスな魅力がとても印象に残った。

パラグアイと違い、アルゼンチンは人口の98%がスペイン系やイタリア系の白人で占められている白人国家である。それゆえに自尊心が強い。ゆえに異邦人の私は苦労することになる。
GS併設のレストランのステーキは冷めかかっていて少しだけしかなかった。だけど3ドルも取られた。

大平原の景色だったがブエノスアイレス郊外から徐々に民家が増えてきて、やがて首都高速になり、流れに乗って100km/h巡航。快適。
5日の昼にアスンシオンを出発して翌々日、1400km走って12月7日の昼にブエノスアイレスに到着した。

アメックスでTCを現金化する。効率的なオフィス内はヨーロッパと変わらない。

そして宿を探すのだが、どこも高くて、対応も客を客とも思わない冷ややかさだ。次第にいやけが差してくる
夕方やっと一番安いぼろ宿に10ドルで泊まる。バイクは置けないので一晩4ドル払って他の駐車場に留めた。

私はボサノバやサンバ、タンゴなどのラテン音楽が好きなので、タンゴの面影を求めてブエノスの夜の繁華街を歩いてみた。通りには大道芸人とかがいる。が、演奏しているストリートミュージシャンはアメリカンジャズやロックばかりであった。

もう疲れたので宿に戻ったが、宿の周りの夜の環境はサンパウロ以上にひどかった。
夜中でも銃声のような花火の音が聞こえてもううるさいことこの上ないし、自ら乳をさらけ出して「営業活動」している、見るからにイカれた街娼のいるあたりは、街灯が完全に消えていて真暗闇な通りもあって、今まで感じたことのないくらい、とてつもない恐ろしさだった。

最安宿の割に英語の話せる受付の若い女性も「このあたりはジャングルよ」と、治安の悪さを強調していた。

そういう血の気の多い所だから、後にアルゼンチンの経済危機の際に暴動が起きても全然不思議に思わなかった。

ブエノスには何日かいようと思ったが、物価が高くて自分にとってこんなストレス的環境なザマなので、もちろん一泊だけで逃げ出した。

翌日はバイクでブエノスの街をぶらぶら走る。一応高層ビルもあるのでモンテビデオよりは都会だが、広くて古い駅舎などの建物は過去の栄光を引きずったままの印象を受ける。
この街は髪を束ねた長髪の男が多い。キリストの真似でもしているのだろうか。

レストランには入れないので、スーパーでローストチキンやレタス、パンなどを買って街中の小さな公園でピクニック風な昼食にする。

しかし目の前には犬の糞のオンパレード。目をそらしながら食べないと、視野に入り、本当に「胸くそ悪い」。
なのに近くではビキニで日光浴している現地の白人たち。よくこんな犬の公衆便所みたいなところで日光浴できるものだ。日本人とはまったく人種が違う。こんな街にはもういたくない!

タンゴの面影を追うことはできなかったどころか、犬の雲古の面影なんか追いたくもないやい。

写真で見る限り、割と面白みがある街なのだが・・・


一日1050km地平線爆走

その日の夜に、ブエノスアイレス脱出。首都高。日本の首都高よりも広く走りやすい。
制限速度は130km/h。速い車はもちろんそれ以上で走っている。途中2~3か所ほど料金所があって、通行料は合計で400円ぐらいだった。

郊外に出て、GSで野宿しようと思ったが、野犬がうるさいのでもう少し走ってバス停で野宿した。ブエノスから70km西の地点だった。

まだ薄暗い翌朝5時ちょうどにバス停を出発。今日はブエノスからアンデス山麓のメンドサ、そしてチリのサンチアゴを東西に結ぶRuta7(パンアメリカンハイウェー)をメッタメタに完全燃焼で走る決意をした。
「巨人の星」のように魂が燃えていた!とにかく西へ走るのみじゃ!

太陽が出てきた朝7時、仮眠。肌寒かった夜明けが過ぎて暖かい日差しの下、道路わきの芝生の上で大の字になる。気持ちいい。

9時ごろGSで朝食。カフェとクロワッサン。1ドルぽっきり。再び走る。80km/h巡航でジェベルも快調。

360度まったいらな大平原・パンパだが、まだアルゼンチン東部の湿潤パンパなので、森も多く地平線はまだ見えない。

11:36、350km走行。地平線が見えてくる。そして途中大きな池があるのだが、360度まっ平らな地形なので、池でも海のように水平線が広がるのだ。

見果てぬ地平線。ゆえに、ただの池も水平線となり、海のように見える。

13:50、500km走行。ここまでくると、降水量の低い乾燥パンパになり、森はおろか木もほとんどなくなり、ついに360度全くの地平線になる。

地球離れしたこの大平原の中心で愛を叫ぶ、というか意味もなく「ウォー!!」と叫んでやった。
このあたりから体ではわからぬほど微妙な上り坂になっていて、G-Shockの高度計を見ると230、235m・・・と、アンデスに向かって確実に高度が上昇しているのがわかる。

16:43、700km走行。標高720m。ついに遠くにアンデスの山々が見えてきた!
18:31、800km走行。ゆるいアップダウンが続くようになる。

850km走行し、小さな町に入ると、日本人移住地の「Colonia Japonesa」という標識を発見。ハイウェーを外れ、10kmも走りにくい砂利道を進むと、Toyoharaとかかれていた。

家などは茂みの奥にあるようだ。家族だけなのか集団で暮らしているのかはわからないが、こんな名もない町でも日本人が根を下ろしていた。

21時、長かった初夏の日もくれて、急に暗くなり始める。先ほどの小さな町の商店で買った飲むヨーグルト($1.30)と、パンケーキ($1.00)で夕食。

22:21、1000km達成! トリップメーターが0000に戻った!メンドサまであとわずか。

そしてメンドサに到着!もう限界。23:10、郊外の道路わきでそのまま野宿。と思ったが、蚊が多いのでテントを張ったらすぐによく眠れた。

この日は125ccバイクでなんと一日1050kmも走ったのだ。自己記録達成で充実。

さわやかアンデスの麓

翌朝の12月10日は、のんびりしよう。メンドサのショッピングセンターをぶらりと歩いた。

携帯電話売り場のエリア地図を見ると、なんとアルゼンチンのマランビオ基地のある南極でも使えるのだ。

南極は本来、南極条約に於いてどの国の領土にも属さない、とされているが、パタゴニアから南極に近いチリやアルゼンチンは領有権を強く主張しているのである。

食品売り場では、肉食国家アルゼンチンでは珍しく鮮魚コーナーがあった。となりのチリからアンデス越えて運ばれてきたものだ。

アンデス山脈に面したメンドサまで来ると、首都ブエノスアイレスよりチリの首都サンチアゴの方がはるかに近い。だから街には
「サンチャゴからNY,マドリッドへの直行便があります。チリ航空」
の看板があった。

このメンドサの町は、緑も多くきれいな町。南米の名峰、アコンカグア(6960m)の万年雪の白い姿が山々の奥に見える。真夏なのに雪で覆われている山が見れるのは爽快この上ない。

公園に行っても、あの「悪夢の公園」ではなく、静かで広くてさわやかな公園だった。

同じアルゼンチンでも、人口過密で空気も治安も悪く、あらゆる欲望がうごめく魔都と、きれいな自然に囲まれたこの街ではおのずと人の意識も変わるのだろう。

夕方メンドサを去りチリヘ向かう。夜は国道沿いのアンデスの谷にあるキャンプ場に泊まった。標高1400m。辺りの風景が北海道のキャンプ場とそっくりだった。

トイレと、薪で焚くシャワーがあるが、管理人も誰もいないのでトイレだけ使用できる。誰もいないので無料である。ひさしぶりに米を炊いた。来た時は団体がアサードをやっていたが、夜は誰もいないので静かである。

翌朝テントを出ると、なんと靴が片方盗まれていた。狐のせいである。
以前、北海道の山奥のキャンプ場でも何泊が過ごしているうちに、食料や石けん、洗う前のフライパンまで盗まれたことがあったからだ。
まさかここでも同じようにやられるとは・・

靴でもフライパンでも、においのあるものを盗むようだ。まあ運良く100mほど離れた所で発見できたが・・。
Fxxk youきつね!!

キャンプ場より、国境へのアンデスの山岳国道を走る。標高2500mのところにスキー場(夏なので閉鎖中)がある。さらに行くと、まるで長野オリンピックの室内競技場のような派手で洗練されたデザインの建物(雪と寒さ除けのためだろう)の中にイミグレーションがあり、そこで出国手続き。

さらに峠へと走るが、ここはアルゼンチンとチリをむすぶ大動脈とあってか、峠のトンネルの手前にも寒々と荒涼とした集落があるのだった。

気になって集落の中に入ったが、ゴーストタウンのように人の気配は感じられなかった。標高も3000mを超えて、冬はマイナス何十度にもなるのに、どうやって生活しているのだろう。

そして国境トンネル。トンネルの長さは標高と同じ3200m。埼玉から山梨間の雁坂トンネル(全長6600mの日本国道最長のトンネル)を思い出した。

トンネルを抜けて、チリ側に入国。トタン屋根のイミグレで入国手続き。
「オー、アミーゴ!」と、とてもフレンドリーで愉快なアミーゴたちによる入国だった。

アルゼンチンではギリシャ同様、人からたびたび邪険にされた。

さっきのメンドサのショッピングセンターですら、中を歩いていると警備員に呼び止められ、いぶかしがられる。自分のような有色人種に対してあからさまに差別的であるアルゼンチンは嫌いになってしまった。その反動で一気にチリに対する好感度が高くなった。

つづら折の急なアンデスの山を下ると、いよいよ首都のサンチアゴだ。

巨乳共和国でモテたゾ!?

チリの首都、サンチャゴ。人口500万人の大都会だが、高層ビルは多くなかった。バンコクのように遊び場が沢山あるわけでもない。

当時US$=1ペソの固定レートで物価の高かったアルゼンチンは3070kmの距離を7日で脱出した。一日平均500km近く走っていた。当然その時はろくな物を食べておらず、無理もしたので疲労がたまり、サンチャゴでダウン。のども痛いしだるい。

そして、アルゼンチンで野宿した際、腹に何十箇所も変な虫に刺された痕がまだ消えない!
さらに恐ろしいことに、刺されて一年経っても刺され痕が残っている。
まあ、へそだしルックを着るわけじゃないからがまんしよう。
(5年経った現在ではだいぶ消えたが完全には消えていない。今となってはいい勲章である。)
とにかく不調なのでサンチャゴで5日ほど滞在。

街を歩いてみる。繁華街の歩行者天国は、道幅とか雰囲気が旭川の歩行者天国と同じだった。そして、ブエノスアイレスよりもきれいで新しい通りだった。

それにしても街を歩く若い女性は、南米インディヘナとスペイン系等の白人の混血・メスチーソが多い
(南米は国によって、混血率がかなり変わる)小柄ながらもムッチムチな体。おそらく世界一巨乳の多い国かもしれない?

ファーストフード店やショッピングセンターの連なるバスターミナルの近くを歩いていたら、スーパーボニータな女の子二人組みに声をかけられる。

おおお!何かと思ったら、「百ペソ(20円)ちょうだい」だと。
言っていることは乞食と同じだが、きれいな格好の普通の少女たちだ。

だいたい街中で見ず知らずの通行人に声をかけられるのは、ポン引きとか、英会話や絵画のキャッチセールスじゃあるまいしロクな事がない。いわんや海外。警戒しすぎてもしすぎることはない。

だけど、彼女たちの前ではそんな思いはBreakout!
よし!それならこんなかわいいコなら超・大奮発して、なんと10ペソ(2円)もあげてやったぜ。そしたらバカウケ。

これで「つかみ」がとれたその勢いででたらめスペイン語&日本語でギャグをかましまくる。
もし彼女らが英語が少しでもわかればラテンの男に負けないぐらいに口説き落としてみようかと思った。これぞ青春!

そして、ラテン式のお別れのあいさつ。二人のやわらかい白いほほと、かすかに漂う彼女たちの香り・・・

まあ、彼女たちにとって東洋人旅行者が珍しかったのかもしれないが、チリの女子衆はこのように親しみやすく、その上日本人好みの美人や、巨乳ぞろいだから、当然女にハマリ、チン没する日本人旅行者が後を絶たない。

チリの女性と結婚してそこに住み着いたり日本につれて帰ったりなんてのはよくある話だ。

(ラテンアメリカの美人産出国は3Cと言われている。コスタリカ、コロンビア、そしてチリ。しかし「3C?そんなの全然だよ。美人はブラジルしかない!1Bだよ1B!」と興奮してのたまう殿方もおられるそうで)

宿に戻った。イタリアの血が入った宿の女性もまた親しみやすかった。

チリは「地理」的にも地形なども似ていて親日的なのか、チリ人は親しみやすい。アルゼンチンとはおおちがい。

月面走行してミイラに会おうよ

サンチャゴを去り、今度は北へ、北へと走る。

ブエノスアイレスから西へと走った時同様、北上するにつれ緑の多い湿潤気候から乾燥地帯へと変わり、やがてチリ北部のアタカマ砂漠に入っていく。

アタカマ砂漠は、パキスタンのバロチスタン砂漠と違って、南極からのフンボルト寒流の影響のため霧が発生しやすく、気温は26~27度ぐらいの涼しい砂漠だった。霧の出る時に走ると少し肌寒いほどだった。

夜は道を外れて砂漠のど真ん中でテント。20時30分でもまだ明るく、とても静かな夜だった。朝起きると砂漠なのに霧のせいなのか不気味な空の色だった。

アタカマで注意すべきは、給油区間。「次の給油地はアントファガスタ、215km」と書かれていて、あわててそこのGS(オーストラリアのロードハウスのような格)で給油。

いくら大陸を縦断する大動脈のPANAM(Pan American Highway)だからといって、油断していると大変なことになる。その215km区間は本当に砂漠だけで民家も何もない。

最初の時は、「チリは町が点々とあるから問題ないな」、と考えていたが、それは大きな間違いで、南北に細長いチリは南緯34~42度の中部に85%の人口が集中しており、南部のパタゴニアや北部のアタカマ砂漠地帯になると、人口密度が極端に少なくなる。

ハイウェーは内陸の標高1000mの砂漠の上を走っているが、港町アントファガスタに行くにはハイウェーを外れて一気に海に向かって40km下って町に着く。北にあるイキケの町も同じようなロケーションである。

南回帰線を越えて、アントファガスタから月の谷(バージェ・デ・ラ・ルナ)をめざしてアンデス側の内陸部に入る。

月の谷の通り、このあたりは草木が一本もなく、まるで月面のようなSF的な砂漠風景がつづくので、地球と言うよりもどこかの惑星を走っている気分。いたく感動。

このような宇宙的バーチャルムーンなこのあたりで、宇宙ステーションの役割を果たす村、サンペドロ・デ・アタカマに投宿。しかもこの宇宙ステーションには、時空を超えて永遠の命を享受しているミス・チリというアンドロイド的な女性がいるらしい。

なんともSFロマンあふれる世界だが、この村は僻地のど真ん中なので、よく停電するし、食料も高いが、南米の観光拠点のひとつなので今まで南米では見かけなかったバックパッカーや、ドイツやサンパウロナンバーのツーリングバイクも見かけたのだった。

バックパッカーが多いこの村は昔ながらの木造の家々に、民族土産品を売っているあたりがまさに東南アジアの観光地、と言う雰囲気がして懐かしい気分でもある。

ツアー旅行代理店にいるインディヘナの女の子三姉妹は、スペインで発行された2年前のアニメ雑誌(今風に言えばOTAKU雑誌?)のタイトルは「KAME」で、ドラゴンボールとかもののけ姫の絵が載っていた。

その雑誌を見ながら姉妹はイラストを描きうつしていた。そういえばうちの親戚の女性も子供の頃ばーちゃんの古いトタン屋根の家で同じようにマンガ本のキャラクターをちらしの裏に描いていたな。そんな素朴さを思い出す。

この宇宙ステーションホテル(といってもただの安宿だが)に荷物を置いて、身軽になったスペースシャトル(といってもジェベルのことだが)にのって月の谷にGOGO!

祝!人類初?ついにバイクで月到着!

チリのアタカマ砂漠、月の谷

Atacama-Desert/Valle de la luna, Chile

そしてついたぞ月の谷。月の谷のとなりに洞窟があるので入る。洞窟というと魔術師やモンスターが住んでいそうだが、月なので宇宙から来た変質未確認生物も棲んでるかも知れぬ。

迷路のような複雑ぶりでいろんなところに出られるが、果てしなく続くので日もくれて体中砂まみれになった。スターウォーズのようなSF冒険を勝手に想像して堪能。

その名の通り月面のような月の谷から沈み行く夕日をずっと眺め続けた。
果てしなく広がる地平線。周りには自分以外全く何もない。日が沈むと、確実に暗黒へと変わり行くコントラスト。

薪置き場で一人、ファンタジーの世界を想いながら、一日ずっと眺め続けた、あのアルプスの原風景。

その時同様、「Valle de la luna・・・ここは地球だ。だけど惑星の一部でもあるのだ。ここは宇宙の一部なのだ」と見果てぬ宇宙の世界を想い、感じつつ、地平線の先を見つめ続け、大宇宙の中の荒野で我一人、瞑想す。

これぞ、我が浪漫・・・・

そして翌日、私はミス日本ならぬミス・チリ様に謁見したのであった。
このお方は時空を超えて何千年も生きておられる。宇宙の下ではこんな私めの存在など諸行無常。
いつまでも「永遠」に長生きしてください。

チリ北部とボリビアは

●クリスマスは夏祭り!(2000年12月23日)

南米のカソリックの国・チリのクリスマスは夏祭りそっくりだった!
今年は多くの人にとって最高のクリスマスですね! なぜなら。 日本はクリスマスは祝日ではないし、しかもまだ年末年始にもかぶらない。 つま...

●0→4700m 真夏と真冬のX’mas Eve (2000年12月24日)

標高差4667m!南米アンデスの真夏から真冬のクリスマス・イヴはどんなもの?
きょうのGoogleロゴは、もちろんクリスマスイブです。南米のアンデスとカソリックの国・ボリビアではどんなクリスマスだったのか?を紹介します...

に転載しました。

第15章 終わり

★次号の予告★
ミレニアムだよ!全員集合!
2001年、アンデスの山のてっぺんの旅!
天空の世界とはいかに。

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