世界一周19-2 中米パナマ編 摩天楼とパナマ運河とスラムを撮影!

第19章 中米 I パナマ・コスタリカ編
(2001年3月6日~3月15日)

●摩天楼と有刺鉄線
●パナマ運河と恐怖都市

概要
中米は小国が連なっているが、それでも国ごとに食事内容が違うのは興味深い。
中米のガソリンスタンドは日本風のコンビニも併設されており、中米でも人気のカップ
ヌードル(100円位、米国製)も食べれる。

パナマ
通貨US$  ガソリン$0.48/L  宿 $8~
セルフの定食: 肉または揚魚、スパゲッチ-、ライス、サラダ $2.50 うまい
・屋台のかき氷 $0.25  屋台焼肉串$0.35
中米一安いパナマのマクドナルド Hamburgesas ハンバーガー$0.39
Queso burgesa チーズバーガー$0.49
・洗濯洗剤 200g $0.35 ・コインランドリー$0.50

自分の人生で天涯忘れる事のできないドラマがあった南米。
コロンビア・メデジン発パナマ行きの飛行機が2001年3月6日8時20分に離陸すると、そんな南米の姿も視界から消えていった。

120人乗りの中型機だが、乗客はガラガラ。格安料金ではない正規の料金($206)でしか航空券を買えないからだろう。3人分の座席に座れるので実に楽で、思わず寝そべってやった。
朝食が出てきた。ウインナーの焼けたいいにおいが機内に広がる。

9:00.カリブ海には四国のような形をした小島が見える。山ばかり走ってきたので海を見て感動する。そして機内の気圧が調整されてくるので耳が痛くなる。
9:18、パナマ本土と摩天楼が見えた。そしてあっという間にパナマ国際空港に着陸した。

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摩天楼と有刺鉄線

パナマ・トクメン国際空港から、真っ先にエアカーゴへ向かった。歩いて行きたかったが、あまりに離れているのでまたタクシーを使う。一日に二度もタクシーに乗るなんて財布のひももすっかり緩んできた。

海抜0mのパナマはまさに真夏の日差し。リオネグロと違ってむわーっと暑い!車を見てもパナマナンバーばかりで、一瞬のうちに別の国に来たと実感。
パナマ~コロンビア間は陸続きだが、国境間はジャングルで道路が通じていないので海峡の如く中米と南米の世界に断絶されている。

エアカーゴで用事を済ませてからは路線バスで市内へ向かうが、このバスがまたすごい。
バスの中には訳の解らない飾りやシールが貼りまくってあり、ガキンチョの部屋のような凄まじさ。そして音楽がガンガン流れ、もうめちゃくちゃだ。どのバスもこんな調子なので日本の路線バスと比べれば卒倒するぐらいのトランスぶりである。

そんなもんだから、この市バスの運賃が30セントから50セントに値上げ発表した途端値上げ反対のデモや大暴動がパナマ市内で起こった。さらに悪いことに、暴動に便乗して近くの商店を襲ったりするからたちが悪い。

バスが停車すると、黒人の少年たちが生ジュースを売りに入ってきた。
25セント。炎天下の下歩き回っていたのでさらにうまい。

市内の繁華街(旧市街)に着くと、アジアのようにかき氷や焼肉などのいろんなリヤカー屋台が出ていて楽しい。
歩いている人も白人、混血、黒人、そして中国人、さらには民族衣装を着た小柄なインディヘナなど、いろんな人種がいてまた面白い。

しかしそれゆえに、日本のように一つにまとまることができないのでパナマの治安も悪い。
たとえば幼稚園のフェンスには侵入者を防ぐ為の有刺鉄線が鬼の金棒のように張り巡られている。
砂場や滑り台がある庭に、幾重にも絡みあう刺々しい有刺鉄線という組み合わせは非常に不気味で、これでは子供の心も知らず知らずのうちにすさんでいくだろう。

当然日本のようなコンビニなんて無いが、24時間営業している店もちゃんとある。(その手の店はたいがい中国人経営)
商店の前には鉄格子が設けられており、ジュースやパンなどを買うときは鉄格子越しに買うことになるので、バナナを買うときなんか飼育係がオリの中のゴリラにわたしているのと同じ雰囲気になる。

そんな物騒なパナマだけど、食堂の飯はうまいし、ホテルも素晴らしいので気に入ってしまった。
私の泊まったホテル・セントリコは一泊10ドルで、歩行者天国のど真ん中と言うロケーションだが、マンションのようになっていて7階の部屋なので静かだった。廊下には冷水機があるし(これは本当にありがたい)、そこからパナマの新市街の摩天楼が見えて、気分はニューヨーカーだ。

バイクも近くの駐車場で無料で停めることができるので、なんともいえぬパナマのアーバンライフを満喫できて最高だった。

新市街と旧市街の間にあるビーチから両市街を見わたす。
ホテルセントリコのある旧市街を見ると、19世紀のロンドンのような古い街並みの風景が見えて、かつての繁栄がうかがえる。

一方、向きを変えて新市街のほうを見ると、超高層マンションやビルが林立する摩天楼になっており、大迫力。パナマシティは人口50万ぐらいの市だが、まるでこの町はシンガポールのようである。一度に新市街と旧市街の両方が見れるからなおさらである。

パナマ運河

さて、相方のジェベル125の方は、COPAのエアカーゴからスムーズに4日で引き取ることができた。

通関を終えてひさしぶりに走る。そして始めて中米の地を走る。
インドのマドラスの時のような感動がよみがえった。と同時に日本を出て1年が過ぎたので旅に慣れてしまい、すっかり旅が生活になっている自分がいた。

3月11日。パナマ運河の日帰りツーリングをした。太平洋岸のパナマシティからカリブ海岸の都市コロンの間のパナマ運河を追った。

運河の河口はパナマシティから数キロ離れている。湖のように長く続き、運河の幅も、狭い部分では500mほどしかなく、川みたいだ。そういう所に船の検査場があり、見物するギャラリーも多い。

通る船は2,3隻あったが、どれも韓国や中国の船で、検査の時に中国人のクルーの姿が見えるほどである。国旗を見ると中国とパナマ両方の旗が掲げられていてパナマ船籍なのかもしれない。

運河をさかのぼり、そこからコロンへ向かうが、やがて運河から遠ざかり、ジャングルだけになった。あとは普通の道が続き、パナマから100kmでコロンに着いた。

治安極悪都市・コロンのスラムを激写!

コロンは自由貿易港とあって広大な倉庫や工場があるのだが、コロンのセントロ(中心街)は中米最強の治安の悪さと言われ、いうなれば世界屈指の治安の悪さなので旅行者はほとんどの確率で強盗に遭っており、この町を避けている。

ビビリながらもコロンの中心街に入る。町全体がスラムで覆われているようなもので、大通りは昼間で、目立たぬような格好をしてしかもバイクで通っていたから無事だったけど、そうじゃなかったら絶対に狙われていただろう。

治安極悪の中、激写!右手はマンションだが、左手がスラム。

大通りは近代的なマンションもあって一見問題無いように見えたが、一歩路地のスラムを見るとガラッと街並みが急変し、とてつもなく恐ろしい。

まるで空襲に遭ったかのようなボロボロの錆びた朽ち果てた廃墟に黒人たちが住んでいる。ちょっと地震やハリケーンが来ようものならすぐに全壊全滅しそうだった。

コロンは他の中米の町と違って黒人が圧倒的に多い。とはいっても黒人はコロンのセントロに限って多く、コロンの近郊の町ではラテン系がほとんどで黒人は見かけなかった。

これは一体どういうことかと思いきや、町に黒人が増えるとラテン系が郊外へ逃げて町は荒れるに任せる、といった悪循環になる。
つまり南アフリカやUSAのように黒人が増えると白人が逃げてスラム化していくのと全く同じシステムなのだろう。

そんなコロンでも、中華料理屋もあり、しっかり中国人も住んでいた。もちろん日本人は皆無である。今の日本人ならこんなデンジャーかつシビアな環境ではとても住めないだろうけど、どっこいチャイニーズは町に溶け込んでいる。ラテン系ですら住まなくなるエリアに商魂たくましく生きているからすごいのだ。

商業に対する気合の入り方が違うのである。だから経済発展をばく進している13億の中国人民が本気を出し続けたら、世界に対する国家権力の誇示や地球的な資源枯渇問題など世界的な脅威になると思う。

世界人口の2割が中国人なので、インドだろうがシベリアだろうがアフリカだろうがどこへ行っても中国人が根を下ろしていている。巨大な国ゆえに海外に流出する中国人も莫大な数になるので世界を旅しているとちょっと大きな地方都市に行けば必ず中国人を目にした。(日本でも同様だが)

スラムの中に入ったらふるえる思いだったが、2kmほど離れた港に行くと建物もきれいで横浜の波止場のように整然としている。
しかも意外なことにアメリカ製の自動販売機まであって、治安に関してもまるで別世界。50セント入れてジンジャーエールを買って港を見ながら一休みした
(パナマではUSドルが使用されているがコインはデザインが違いセントではなくバルボアと呼ばれている。しかし大きさは同じなのでアメリカのコイン同様に使用できた。)

夕方パナマシティに戻り、夜は最後の夜景を見て翌朝いよいよパナマを出発した。

パナマシティからコスタリカ国境までの町には台湾人の店が多い。現地人向けの安食堂に入っても、そして10ドルのモーテルに泊まった時も、経営者はどれも華人なので、まるでマレーシアやシンガポールである。食品を買う為に普通のスーパーに入っても、店名が「LeeSiuLau」なんて名前だった。
シロアリ・害虫退治も「FumigadoraOriental/東方殺蟲公司」となっていた。

東南アジアで経済界をリードする華僑だが、パナマでも同様だった。彼らは同じ東洋人なので愛想良くしてくれたが、パナマ人にとってはやはりパナマ経済を動かしているよそ者の華人の事を好ましく思っていないようで、そのためか私はパナマ人にいい顔された事はあまり無かった。

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