世界一周22-1 メキシコ編 ふんだりけったり落としたり

第22章 メキシコ編
(2001年4月14日~4月30日)

●退屈なメキシコと、旅の養老院ペンションアミーゴ
●空港で大さわぎ

メキシコ

通貨1ペソ=12.8円  ガソリン 69円  宿 512円
I’NET 256/h円 ・タコス64円

退屈なメキシコ

中米パナマから中米諸国を通って、グアテマラからメキシコに入国した。

メキシコに入った途端、道路が狭くなり、しかも危険になる。
そして許せなかったのがトペスという、スピードを落とさせるための高さ20cmぐらいの蒲鉾のような段がある。

このトペスを越えるたびに急ブレーキをかけなければならずかえって危険だ。だからといってスピードを出したまま越えると転倒しそうになったり衝撃でバイクの荷物がずり落ちる。

そして熱くなったマフラーと防水バッグがキスをしてしまい、穴が開いて使い物にならなくなった。

インドでもさんざんこのトペスに苦しめられたのだが、メキシコに入国した途端意地悪と思えるぐらいに多くて怒りが溜まる。

そんなものを作るぐらいだから、メキシコの道路状況や運転マナーは非常に悪い。
特にグアテマラからメキシコシティ(DF)あたりまではとてもひどくてライダーや自転車旅行者にとって悪名高い危険なルート。

どのくらいひどいかと言うと、車に轢かれた犬や猫などの死体を一日に30回以上も見たほどだった。自分の前を走っていた車が野良犬を巻き込んでいたシーンも目撃した。巻き込まれた犬は運良く「ひーたまらん」と言った風に逃げまくっていたが。

その日は道路沿いの山の空き地でキャンプした。テントを張った場所は道路から離れて無いのでロケーションからすれば決して安全ではなかったが・・

翌日の夜には首都のメキシコDF(DistritoFederal:連邦区)についた。DFと周辺地域を含めたメキシコ首都圏は人口2000万人で世界最大の首都といわれるが、実は日本の首都圏(東京の他に神奈川、千葉、埼玉などの周辺都市を含める)は人口が圧倒的に多い3400万人になるので、東京こそ地球最大・宇宙最大の都市圏になる。

それでも世界最大級の人口を有する巨大都市なので、峠を下りDFの中に入ると東京や大阪のように30kmも40kmも住居や建物が続く。これだけの人口に盆地となっており排ガスが逃げにくいのでそのぶん大気汚染も深刻になる。

交差点の信号待ち。

三人の少年が路上で組み体操。

よくぞ3人もできると思ってたら、

写真をよく見ると一番上のは「人形」だった

そんなパフォーマンスで、投げ銭を稼いでいるのである。

DFのセントロ(中心街)に着いた。日本人宿・ペンションアミーゴを見つけるためイダルゴ周辺(Hidalgo)をいく。

迷い込んでしまい、ある路地に入るとメキシコ人がたむろしていたが、「ペンションアミーゴならあっちにあるぞ」と英語で教えてくれた。
どうやら地元の人間の間でも「アミーゴ」は有名らしい。

いよいよPアミーゴに入ると、最初にきれいな日本人女性が出てきた。
「どこから走ってきたんですか?」
「インドから」と、私がさりげなく言うと
「えー、うそやん!」と驚いていた。
「本当ですよ。一年かけてこのジェベル125でやってきたのさ」

中庭には、世界を駆けるツーリングバイクがなんと6台も置いてあった。カリフォルニアナンバーが2台。あとの4台は日本の国際ナンバーで、いっぺんに国際ナンバーを見たのは珍しい経験だった。

そのうちの一人、ジェベル250XCで世界一周中の「どいうらさん」と話をする。坂本龍一のように落ち着いた感じのいい男性だった。

どいうらさんの話だと、さっきのきれいな彼女はなんと米国全州をハーレーで周ったというのだ。「えーうそやん!」と、こっちが言いたい。

確かに彼女はすこし気が強いが、どう見たってどこにでもいるような普通の若い女性にしか見えなかった。

さらにすごいのは、彼女はハーレーでなんと一日で900マイル(1450km)走ったというのだ!たとえ100km/hでインターステーツを走り続けても15時間走るわけだから、彼女は見かけによらず想像を絶する女だった。

さて、この日本人宿は、以前はジャンキー(麻薬中毒者)がいたり、同じ宿泊者の物を盗む手癖の悪い者がいたりと良くなかったが、今ではマシになったようだ。

しかしこの日本人宿は退廃的かつ排他的なムードが支配する。半年も一年もゴロゴロ沈没する人も何人かいた。メキシコのビザが切れるとガテマラに一旦入国してガテマラのビザが切れたらまたメキシコに戻ると言うパターンを繰り返す。毎日宿の本やマンガ、おしゃべりなどでダラダラと過ごす。

宿の中は日本だし、外に出ても首都だからコンビニでも何でもそろう。沈没旅行者にとってはパラダイスである。

この宿にいるあるツーリングライダーの一人もずっとここにはまっており、なんか彼のツーリングは志半ばでここで終わっている気がした。長く沈没すると再び重い腰を上げて浮かび上がるのは困難の技だ。

そんな長期沈没者の彼らの生活を見ていると、この宿はまるで養老院、つまり老人ホームと化している気もした。

ここでゴロゴロ過ごすのはいいんだけど、(自分だって道中沈没しまくってるので人の事いえないしね)この小さく固まっている、排他的でよどんだムードは自分の性に合わない。

ついでに言わせてもらうと、メキシコも中米に比べれば物価が高く何もかも中途半端でつまらない。あのギラギラした、今までの常識を覆すほど濃いニカラグアやエルサルバドルのほうがずっと面白かったし、人々も素朴で良かった。

ちょっと前までそれらの濃い国にいたのがすぐに懐かしくなってしまう。

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空港で大さわぎ

メキシコDFではスズキのディーラーでブレーキレバーなどのパーツを注文して、修理交換。
意外なことにパーツは基本的なものならメキシコでもすぐに揃うものだ。グアテマラでもフロントのスプロケットが入手できたし(その代わりぼられた)

むしろアメリカの方が125ccの小排気量なんて扱っていないだろうから供給において苦労するかもしれない。

ある用事でメキシコ国際空港に行ったときのこと。

空港に着いて、入り口の隅にバイクを停めてターミナルビルに入った。そして5分ぐらいして入り口に戻ると、なんとバイクがなくなっているではないか!

「しまった!盗まれたのか!?」

と思ったら、なんと数人の男たちがレッカー車に担ぎ上げていた。

「ちゃんとじゃまにならないところに、5分しか停めていないんだからやめてくれ!」

と叫んでも、アレヨアレヨとレッカー車は去ってしまった。

ああ、後の祭り・・・。

どうすることもできないまま、近くの職員に尋ねると、インフォメーションのガイドの女性を呼んでくれた。彼女は英語ができるので結局彼女とともに空港内の事務所や警察を周る。

小一時間後、空港警察から駐車違反の罰金が提示された。
一万円ぐらい取られるのかな、ああいやだ~なんて思っていると、罰金額は59ペソ(約800円)。肩の力が抜けた。思った以上に安いのだ(不謹慎!!)

だけど、ガイドの姉さんにこんな駐車違反の同行までさせてしまい、本当に申し訳ない気分だった。彼女はボランティアで外国人への空港内のガイドをしているので、こんな事件の面倒に付き合うのは言語道断なはず。彼女は顔では笑っていたけど

「こんなことするのは私の仕事じゃないわよ」
と嘆いていた。だから別れ際に

「ごめんなさい。本当にごめんなさい。だけどあなたのおかげで助かりました。本当にありがとうございました」
と、何度も何度も彼女に頭を下げるのだった。

その後、警察の車でわざわざ駐車場へ連れてっていただき、囚われの身となったジェベルと再会したのだった。

「それにしても、レッカー移動代と人件費、さらにパトカーで連れてってくれて罰金800円で果たして元が取れるのかな??」

川を境に世界が変わる

メキシコシティのペンションアミーゴを最後に、経費削減のためと、たるんだ根性をなおすため一切宿やホテルに泊まらないことにした。

これよりどんどん物価が高くなり、またヨーロッパのような惨めな毎日になると思うと辛いけど、とにかくアメリカを走って走って走るしかないのだ!と、一路ニューヨークを目指した。

メキシコ北部に来ると大分道も良くなってきた。道路沿いにはコンビニも点々とある。(といっても品揃えはアメリカ並みだが)メキシコとは言えど北と南では大分違うのであった。

メキシコ側のヌエボラレードから、米国テキサス州ラレードにいよいよ入国。

さあ、長かった世界一周の旅もついに終わりが近づいてきた!

そしていよいよアメリカだ!いったいどうなる!

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