世界一周22-2 テキサス編 アメリカには「道」がない!

北米編 概要

最近は、低カロリーのジャパニースフードが人気で、地方の町でも”FUJI” とか”TOKYO”といったアメリカナイズされたジャパニーズレストランがある。

そのメニューは、スシ、テリヤキ、テンプラといったもの。ラーメンとかかけそば、カレーライスなどの”日本食”は、まだNYやLA等の都市に行かないとない。

中南米でポピュラーなチャイニーズレストランは、肥満児の多い北米では影を潜めつつある。地方のスーパーでも、醤油、豆腐、わさび、テリヤキソース、米国製インスタント麺なら楽に手に入る。

USA
・ガソリン $0.42~ NYは$0.49、LA$0.52。安いとはいえ値上がりしている。
・コインランドリー$0.75~(洗濯機のない家庭ではコインランドリーで済ませる場合が多く、黒人客が多い。)
・I’NET $7.00~10.00/h (高いけど、図書館に行けば無料でできる)
・コーン缶詰$0.33~ ・ラビオリ缶$0.78 ・カリホルニャ米400g$0.50
・日清のラーメン 5~8個で$1.00。日本より安いが味はまあまあ



川を境に世界が変わる

メキシコ側のヌエボラレードから、米国テキサス州ラレードにいよいよ入国。
国境に到着したのが4月24日と、予定より大幅に遅れたので米国では走る事だけに専念である。

メキシコ出国はフリーパス。実はメキシコ入国時にペルミソ(二輪通行許可書)を作り損ねたので、ホット助かった。

国境の端を越えて、ついに最後の国・USAに着いた。
これより先は英語で、長かったラテンアメリカとは違い、全く別の世界が待ち受けているとなるとメチャクチャに緊張する。

まず料金所のようなゲートをくぐり、オフィスに入って入国印をもらう。
「オー、〇〇〇〇サン、(私の名字)オハヨーゴザイマス」
なんて言われ、緊張も和らいだ。

しかしその後、徹底的に荷物検査をさせられた。他の車はどんどんパスしているのに自分だけこうだといい気分ではない。それでも911テロ事件前だったからまだこれで済んだが、テロに警戒している現在だったらもっと大変だったと思われる。

相手の英語はもちろん完璧に話すのでよく聞き取れなかったが、「コロンビア、アルゼンチンでは動物に触らなかったか?」と聞かれた。

中南米の国境越えは、同じスペイン語圏同士なので「めんどくせー」「はよおわれー」とは思っても、この米入国のように心の芯まで緊張感を感じる事は無かった。だから今でも生々しく米入国のシーンがよみがえるほどだった

荷物を片付けて一時間で終了。米国に踏み入れた瞬間、一気に英語の標識、看板に変わる。
町を見ても隣のヌエボラレードと違い、野良犬やぼろいバラック住居も無い。メキシコ側は下町のように街並みもちまちましていたが、ここアメリカテキサス側は建物や通りの道幅が広くなり、ビルなども大きく幅広でゆったりしている。

いきなり先進国にワープした気分だった。
シンガポールの隣の島でインドネシア領のバタム島からフェリーで一時間のシンガポールに戻った事があったが、その時のギャップに似ている。

メキシコ側はカンビオ(両替商)が多く、ドライブスルー式の両替もあったが、米国側では両替商の代わりに自動車保険の代理店が目に付いた。それでもまだメキシコ人は多かった。

インターステーツの高速道路も立派。だけどボルトを踏んでいまいパンクした。GSに行き空気入れを借りようとしたら、25セント硬貨を入れないと動かないのだった。
セコイ!
今までの国は自由に空気入れが使えたのに。

ガソリン安い分コスト削減しているといえばそれまでだが、正直言って不安で先が思いやられる。
仕方ないので人目のつかないところに移動してパンク修理。汗をかきながらポンピングした。

テキサスは一つの国だった

米国には大小様々な州があるが、面積や人口の多いカリフォルニアやテキサスは一つの国のようにも見える。
事実、19世紀中頃、テキサスはアメリカから独立していた時期があった。
そのせいかテキサス州を通過するだけで一つの国を通っている気分にすらなる。

ラレードの国境から250kmの都市・サンアントニオに到着。その名の通り、アントニオ猪木のような鼻をしたメキシコ人も多いが、セントロ・・じゃなかったダウンタウン(中心街)はアメリカらしく近代都市の様相。

ラジオを聴いてみると、ヒットチャートの他に、いくつかの局はラテンミュージック専門、あとはHIPHOPなどのR&B系、そしてなつかしのオールディーズを流す局などいっぱいチャンネルがある。

メキシコと違って黒人も見かけるようになり、黒人ばかり住む住宅街もある。スーパーに入るとテキサス州では注意書きも英西両方で書かれている。メキシコと違っていろんな民族が住んでいるのだ。

サンアントニオからヒューストンまではI-10(インターステーツ10号線)を走る。
道端には昼間の制限速度と夜間の制限速度の両方の標識が立っているが、夜になって暗くなると昼間の制限が見えなくなり、夜間の制限速度のところだけ反射材の数字と文字が浮かび上がるから面白い。

昼間の制限速度は70mph(114km/h)だが、我がジェベル125はあえぎながら最低制限の45mph(72km/h)をやっとの思いで走る。風向きがよければ80~90km/hで走れるが、125ccバイクなので高回転連続走行になると確実にダメージが蓄積される。

そんなときテキサスの田舎道を走るとカントリー色満点でとても気分がいい。まるで1950年代、日本で大量に放映されたのアメリカのTVドラマのワンシーンのようだ。だけどそんな道を走っていると変な所に行ったり迷ったり結局高速に合流したりと時間を食う。田舎道だけでつなぐのは不可能に近い。

50ccで世界一周したことのある賀曽利隆さんが、アメリカを横断したとき「アメリカには道が無い」と仰っていたが、まさにそのとおりで(小型バイクにとっては)道が無いのである。

中南米だったら125ccでも充分だったが、米国だと大きいバイクじゃないとかなり辛い。パワーが無いのでバンバン追い越されるし、遅すぎてもスピード違反で捕まるし(笑)エンジンにも無理がかかり、ろくな事がない。ストレスがたまる。

大体この国では日本で言う660ccの軽自動車や原付バイクが無い。アメリカの二輪はハーレーや日本メーカーのアメリカンタイプが主流(アメリカだから当然か)

一番小さいサイズでも250ccクラス(ナイトホーク250など)だが、このアメリカだと250はもう原付みたいに見える。アメリカ人はでかいので必然的にバイクもでかいのを選ぶ。そのぶんだけ環境破壊をパワーアップさせているのは言うまでも無い。

四輪も同様で、高速道路を1000キロも2000キロも走るアメリカでは日本の3ナンバークラスが主流。エンジンが大きいから120km/h巡航でも全パワーの半分程度なのでエンジンに負担がかからない。メキシコで主流だったワーゲンのビートルなんてここでは軽自動車だ。

テキサス州最大の都市・ヒューストンに近づいた。「汲み取り便所で雲古がヒューストン」とほざきながら走っているうちに中心街が見えてきた。

何層にもからみあうように立体交差する壮大な都市高速網。渋滞しらずだ。
テキサスのみならず米国南部の中心都市とあってダウンタウンには70階のビルを中心とした摩天楼があった。

だが、中心街を少し外れただけで低層の住宅街となっており、その都市景観が驚くほどバランスが取れていて豊かなアメリカを実感。東京のように人口過密でゴチャゴチャした街並みから比べるとヒューストンが未来都市のように見える。このほかにもニューオーリンズやマイアミといった規模の都市ならアメリカやカナダでは同じように摩天楼や都市高速網がある。

ヒューストンの南側はベトナム人が多く住むアパート群になっていた。ベトナム戦争のトリートメントなのだろうか。

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