(110) タージマハルからデリーのインドの日本式高速道路

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タージマハルの都市アグラから、デリーを結ぶ高速道路。

以前は国道2号を利用していたが、アグラからデリーの区間は、日本の援助でつくられた高速道路状態で、2000年当時は車も少なく、210kmの道のりを3時間で走れた。

しかしインドのモータリゼーションの急発展により、15年ぶりに走ると、車やバイクで混雑するようになり、とても3時間では間に合わない。

そこで、もうひとつの有料の高速道路(第二高速道路?)が完成したというので、走ってみました。

第二高速道路

厳密に言えばアグラから、デリー郊外のノイダまでの区間。

なぜノイダで止まっているのかというと、アグラもノイダも同じUP州のため。

埼玉県で例えると、高速道路が加須から東京までつながってるのではなく、埼玉の南端の川口で終わってるのと同じようなもの。いずれにせよ州の面目もかかってる肝いりの事業なのだろう。

日本人でも、デリーからタージマハルへのツアーを利用された方は、多分通ったことがあるんじゃないでしょうか。

アグラとデリー首都圏のノイーダを結ぶ日本式高規格高速道路は180kmほどの区間には途中、MathuraやAligarhなどの3箇所ほど料金所がある仕組み。

全区間は、二輪は175R 340円ほど。四輪は360R 700円ほど。

日本の感覚だと非常に安いのだけど、しかし、インド人にとっては通行料が高いのでがらがら。

思えば日本で同じぐらいの距離(静岡から東京)だと、二輪通行料が3410円とちょうど10倍の値段で死ぬほど高いのに、東名高速は大渋滞。おまけにねずみ捕りもウヨウヨ。

そう思うと、日本なんか全くツーリングする気が無くなるわ。

サービスエリア

500ccぐらいのエンフィールドにのったインド人ツーリングライダーも見かけた。

日本と同じようにSAがある。食事もとても高い。地域柄、ほとんどベジタリアン。魚や肉はありません。日本だとうどんとかそばとか地元特産の和牛料理とか売るんだろうね。

じつに質素。

軽食スタンド

屋外にも暑い中、屋台がある。タージマハルにいく西洋人観光客か。

そして、一番驚いたのが、

上海的珈琲館 Shanghai Café このインドで「漢字」を見かけたのは意外だった。

なぜなら、インドは中国が大きらいなはずなのに。

しかし、いまや中国製品が世界で幅を利かすとなると・・・・

たとえばいまの日本のスマホでいうと、日本メーカーの影が小さくなり、真性中華メーカーである華為技術(ファーウェイ)のP9Liteとか中興通訊(ZTE)の端末が日本市場でも普通に幅を利かすようになってきている。

かつて携帯がガラパゴス天国だった10年前の日本では考えられないことである。かつてのZTE中興の携帯なんて、アフリカの市場で庶民向けに1000円ぐらいで売られており、安かろう悪かろうの携帯メーカーというイメージしか思い浮かばなかった。しかしそのZTEが2017年では日本市場にしっかり食い込むぐらいに成り上がっているのである。

その潮流で、インドでも中国製品が浸透すると、中国嫌いだったインドでも同じことが起こっているというわけ。

といっても働いてるのは中国人ではなくネパール人で、出てくるのは相変わらずの中華風インド料理だけど。

ひたすら野原がつづいていた高速道路だが、ノイダに近づくと、建設中の新都心が見えてくる。日本と違ってインドは人口増加大発展中。

ノイダのICを降りると終点なのだが、引き続きデリーに結ぶ首都高速がつづくのである。東北道で言えば川口JCTから首都高速になるのと同じような感覚。

それにしても、15年ぶりのデリーは急激に高速道路も整備されて、本当にいい車が走っている。15年前のデリーなんて、本当に数少ないポンコツオンボロの車しかなかったから、隔世の感である



イージーライダーになれなかった男

暑さよりも辛いのは、これまでの道中、物をなくしたりこわれたりするのが本当に辛い。

しかもハイテク製品なので日本にいれば買いなおす事もできるけど、インドだとそれができないしね。

とくにデリーに戻る前は愛用の時計を高速道路を走行中に落としちゃいました。後で気づいた時は一瞬パニックになりました

これが安物の腕時計とかなら落としてもくやしくないけど、気温や標高も測れる高いタイプなので、これから北部の高山のラダックにいくのに。タイミング悪すぎ。

映画「イージーライダー」の始めのシーンで、腕時計をシュッと捨てるシーンがある。

「もう時間なんかには縛られない、これからは真の自由なのだ」という表現なのだろうけど

悲しいかな、セコイ自分の場合はそんなカッコいいマネが出来るわけが無く、その夜は執念で捜索し、結局落としたあたりを2往復して240kmも走ったけど見つからず。

きっと誰かが拾ったんだろうね。まぢ凹みました

なぜそこまでしたかというと、それは自分にとって単なる「モノ」ではなく、アジアを共にした「旅の仲間の一つ」なわけですよ。しかもここまで高性能な時計はインドでは手に入らない。

まあしょうがない。

それでも、インドのバイク旅、第二弾は必ず何年か後にやります。毎日が非常にシビアで大変だけど、とても楽しく、とてもすばらしいので!

なのでデリーからの残りのルートは、行けるところまで行き、自然体で進むことにしました。

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