(114)♪インドの山奥でんでんむしかたつむりのようにのろのろ旅

本日8月15日、tabi1.comは新サービス開始!

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広告収益にまつわるマル秘話、解禁。

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これから向かうヒマラヤ方面のアクセスをどうするか。かといって実は山岳地帯へ向かうほどの装備も持ってない。

ヒマラヤの高山では燃費が落ちる。かつて南米アンデスを走ったときはジェベル125でも27km/Lぐらいまで燃費が落ちたので、アンデスだろうがヒマラヤだろうが、燃費悪化は避けられない。

レーからマナリへのアクセスだと、うちのFZ-Sはタンクが12.5Lぐらいなので、予備にやはり7L以上持つ必要がありそうだ。ほかにも防寒服なども必要になる。しかし、エンフィールドとちがって大荷物をつめるようなキャリアもない

西遊インディアの話だと、スリナガル~レーの道も、マナリ~レーの道も、こないだ大雪が降ったため通行止めだといっていた。といっても下界は45℃の暑さだったので、自分が向かう頃にはどうにかなるだろうけど、予断は許さない状況。

もう日程も金もないので、悩みが尽きない。尽きたのは燃えるような情熱。

とりあえずスリナガルに行こうと思ったが、パキスタン国境に面した都市で危険な状況ということもあって(まあそれはそれで逆に興味があるけど)やはりあまり気が乗らない。

それよりもクラウドファンディングでサポートしてくださっている方から「ダラムサラに寄ってほしい」というリクエストがあり、ビジネス的にもまず先にダラムサラに行かなくてはならないので、行き先変更。

ということで国境からは、北上する。ここまで来ると北緯32度と、宮崎県と同じぐらいの緯度のはずなのに、サリーを着た現地の女性の肌はみんな相変わらず黒人のように黒い。なぜだ?

逆に日本人は、美白・命なのだろう。

そろそろヒマラヤ山地に近いのか、天気が変わりやすくなる。突然のスコール。

高架橋の下で雨宿り。すでに何台ものバイクと男達がいた。そのあと、怒りを詫びたかのように突然レインボーがかすかに見える。悪くない。しかし泥だらけになった

パンジャブのはずれのここまでくるとターバンかぶったシィクの人も少ない。ヒンズー圏なのか、野良牛も見かける。

パンジャブからヒマーチャル・プラデシュ州(以下HP)へ入州。州が変わると地形が変わる。

南インドのカルナータカも高原の州だったが、HPは長野県のような山の州で、観光州である。インドに戻ってからはずっと平野だったので、HP州のヒマラヤ沿いの走りにくい山道になるとネパールに戻った気分だ

その日のうちにダラムサラに着きたかったのだが、あと60kmというところのNurpurと言う町でもう暗くなったので、今日の走行は終了。

ということで町で宿探し。ハリヤナやパンジャブとちがって、HPは山の観光州とあってか小さな町でも手ごろな宿は意外に見つかる。

3軒ぐらいあたって、商店の奥の部屋を400にしてもらう。部屋はぼろいが地味にアットホームな雰囲気。0時前に寝る

6月9日

8時に起きる予定が9時になり、それでも眠くて仕方ないのでもう一度起きたのが10時半。10時間半も寝たった。

もう旅の日程も残り少なくなり、毎日が緊張の日々で、気を張りつめていたので疲れが溜まっている。
2度寝した際、ウルトラランナーになって雨の中野宿している夢を見た

近くの食堂で昼飯にする。チキンカレーライス。例によってインドカレーは非常に塩辛いが、御飯のおかわりできる。100と高い。といっても地域にもよるがインドでは肉は昭和30年代のように「ぜいたく・高級品」なので、ノンベジになるとどうしても高くなってしまう。

インドのカレーライスはメガ盛りがデフォルト。それをさらにご飯おかわりで食べてるのだから、われながらたいした食欲だ。

暑いので、宿の商店でゴロゴロする。マクロードガンジまで75km。夕方ぐらいに出ればいいよといわれたが、そうなると自分のペースだとマクロードガンジに着くのが夜中になるので、14時前に出発。山道が続き、例によっていちいち写真を撮るので全然進めない。

峠の商店で休憩。ちょうどいいぐあいに移動型のソフトクリーム売りがいた。下まで入れてくれるアイスクリンが10と言うのは安い。日本だと同じように高知や秋田県などの国道沿いで売っているのを見るが、150円はする。

ついでに商店で瞬間接着剤も買って、メットのぴらぴらのゴムが剥がれてきたので補修。もうこのボロボロのヘルメット、インドの旅が終わったら引退させよう。

夕方にダラムサラにつき、さらに15km登った「本ダラムサラ」ともいうべきアッパーダラムサラ(マクロードガンジ)についたのは結局夜になってしまった

※ダラムサラ編は後日更新します



6月12日

ダラムサラを出発。しかしその夜は、ある町に着くと宿は満室でどこにも泊まれずひどい仕打ちを受けたので、結局町外れの川沿いの空き地で野宿をした。

これまでのインドの道中で、GPSが壊れたり、高機能時計をなくしたりといろんな貴重なもの(そうでないものもあるが)を無くして不便しているのこともあって、もう精神的に疲れきっています。インドのキツイところばかり感じて、疲ればかりが出てしまう

ひとつの国の中にいろんな世界と人間が存在するインドは面白いのだが、やはり半年もインドを旅していると、爆裂インドが当たりまえになってしまい、もう出がらしの感じになって、もう何も感動しなくなってしまってる。

だけど・・・
そんなインドは偉大すぎる!次の機会に、また行くぞ。

また好奇心をいっぱいに満たして今回行けなかった地域(ジャイサルメール・バラナシやカジュラホ・ブッダガヤ・ナガランド、そしてラダック奥地)を絞ってぶつけて行きたい。

6月13日

ということで、川のほとりで目覚めたものの、静寂と自然に囲まれながらのんびりする。

というか、体が動けない。半年におよぶ超絶倫インドにどっぷり打ちのめされてるので、気力を使い果たした。疲れきっている。

なんとか出発するも、道路もひどいざまだった。狭い山道のうえにたびたび混雑していて、そのうえ意味も無く写真を撮ってしまい、結局1時間当たり13kmぐらいしか進めておらず、自転車並のひどさ。

走るのがイヤになる。なので気分的に走る気がしなくなったし、今日こそは必ず宿に泊まるぞと、たまたま通りすがったジョギンダナガルという無名の街道沿いの高原の町で、まだ日も明るいうちに宿を探したが、これが大正解だった。

3軒ぐらいあたったら、ShankarViewという宿の、一番奥の静かな部屋がホットシャワーバスルームつきで300だというので、二つ返事でOK。

ポンディシェリのマザーゲストハウス以来の最高のコスパぶりで、思った以上にいいところなので、残り日程も少ないのにかかわらず、結果的には3泊してしまう。

走行0km

6月14日

日曜日。どこの店も閉まっている。路上の八百屋と、わずかな商店が開いてるのみ。今日あたりまでに帰りのチケット(デリー>バンコク)をCleartripで買いたいのに、ネットカフェまで閉まっている。

まあしょうがない、おもいっきりのんびりするぞ。夕方6時までヒルネして、終日テレビ(ナショナルジオグラフィックとか)を見ながらPC。ひきこもり楽しい。
11時50分頃寝る

走行0km

村のバスターミナル。

何の変哲もない建物の上に、いちごに口づけしている、いかにもエロそうなねえちゃんの看板があるが、これはムードンコの広告。インドは性に対して超封建的かと思いきや、しっかりと肉食系なのだ。

逆に日本だと自由恋愛からあぶれても、リアルでなくても、二次元とかで解決可能なところがあるから、こんな看板は日本でほとんど見ることがない。

6月15日

8時に起きる予定が、9時に起床。ねぼすけは治らず。近くの商店で牛乳、ポテトチップスを買い、八百屋で買っといたマンゴーで朝食。ホテルはオフライン環境なので、その後ネットカフェに行く。

そのうちの3G回線のUSB式で1時間50ルピーと高い。3軒目のネカフェを見つけ、30分で20ルピー。そこで決定。

デスクトップのLANケーブルを、自分のPCにつなぎなおす。何年もやってきた古典的なアクセス方法。

デリーからバンコク行きのスケジュール、中々思うようには行かない。安いフライトだとトランスファー(待ち時間)がもったいない。もう少し考えたい。

時折小雨が降る曇った天気。11時半ごろ部屋に戻って出ようと考えたが、やはり出発する気力が出ず、帰国チケットを今日のうちに予約したいので、またまたけっきょく、もう一泊。
まあ、のんびりできるのも今日ぐらいまでだし。ここは部屋も気候も快適だし、デリーに戻ってからは帰国準備で忙しくなる。

それにしても、このジョギンダナガルという、海外からの旅行者が全然来ないような、何も無い町にまさか3泊もするとは思っても無かったが、マクロードガンジのようにぼったくりもなく、素顔のインドが見えるので、逆に良いと思う。

夕方、町のレストランへ行く。チキンクリームスープ50、エッグカレー60、主食としてロティを5枚40。値段の割りに雰囲気がいい。

走行0km

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