モザンビークとベトナムのプロパガンダ



部屋にいると、さっき遠くで教会の鐘の音が聞えた。

古代中世ヨーロッパを思わせる鐘の音。思えばタイで聞くことはまず無かったこの音。

フランスの植民地でもあった街の鐘の音。

いまベトナム南部の大都市サイゴン(ホーチミン)にいる。

そして、ちょうど1年前の2009年5月22日、アフリカ南東部、モザンビーク中部の都市ベイラ(Beira)にいた。

ベイラは港湾都市で青い海のビーチもあった。そのときは暑くもなく寒くもなく快適な気候だった。でも国と場所柄、観光客はほとんどいない町だった

モザンビークとベトナムが共通するのは、かつて60~70年代に戦争や内戦が起こっていた。両国ともかつて植民地として支配され、植民地から脱却独立、60年代ごろから西側資本主義勢力とソ連側共産主義の勢力で二分され、内戦と社会主義を経験するなど、共通点が多いのである

モザンビーク南部の首都マプートとちがい、遠く離れたベイラでは内戦の痕がいまだに生々しく残っていた。かつての内戦の面影を引きずりながらこれからも生きていくのだろうか。

でもプロパガンダ的な看板はベトナム・モザンビーク両国とも見られた

写真

ホーチミン市の看板

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モザンビークの看板。雰囲気似てる f:id:stk1:20090526083028j:image

ベイラの海沿いにある、内戦で破壊された廃墟。その前に洗濯物が干してある。廃墟あるかぎり、いつまでも不法占拠者は住み着く!

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