75歳ぐらいで人生を終えたい。その理由について

今日のテーマは少しディープです。読者ウケを狙って、いつもネアカな記事ばかりだとなんか自己啓発セミナーみたいでウソクサイから、陽の部分だけでなく、陰のダークな部分も露呈したほうが、バランスあっていいんでないかい!?

前の記事でも書いたが、きのうも風がとても強かった。

>外はうるさい

>ストレス!

>しょうがないので耳栓する

>耳もきついし、ほかの音が聞こえぬ

>結局、大なり小なりストレス(´・ω・`)

人間、死ぬまでストレスに苛まれて生きなくてはならない。

そりゃあ自分もね、生きるのがいやになることもめちゃくちゃ沢山ありますよ。

よくここまで生きてこれたな、とわれながら思うぐらいだ。

人生、明るく楽しく美しく。

そうでありたいのだが、そんなキレイゴトだけで生きていけるほど世の中ラクじゃないんだよね

明日のこと、仕事のこと、将来のこと、不信の日々。

もちろん、「なんとかなるさ」と、開き直ることはできる。

今までそうやって開き直って生きてきたし。

しかしなぜだろう、人生の折り返し地点となるこのお年頃で、

自分の可能性を半分使い果たしたとなると、

後は何が残ると言うのだろうか。



人生の折り返し地点。これより後半の人生

1977年生まれ。38才。

折り返し地点だと考えています

40代になれば、まぎれもなく人生の後半突入です。

先日ある友人に会ったときの話。

その友人の祖母は90超えているのだが、

どうもわがままらしく、親族も半ば呆れていたらしい。

その祖母が高齢につき養老院に入ったはいいが、痴呆の症状が時々出てくるのか、

ある日、大問題を犯した。

それは、

別の入居者の部屋に入って、なんとその部屋で放尿したという。

その事件以来、もう別の特別ホームに移ってくれと、厄介者あつかいされているという。

そんな「有終の美」とはあまりにかけ離れた姿に

子供や孫はどう思うのだろうか。

私は、そんな無様な最後は絶対に送りたくない

高齢化して、自分の無意識のうちに迷惑がかかるとなると、そこまでして「生」に固執したくない

なので、絶対ピンピンコロリで死にたい。

生きている間に、やりたいことをやっておきたい。

たしかに今でもやりたいことやってたら、資金的に老後の生活はどうする?

そりゃあセレヴみたいに、死ぬまで金に困らず、死ぬまで遊んでくらせるのなら、100歳でも150歳でも生きたいけど、

私は金持ちはおろか、正社員ですらありません。

その現実を考えて、これまでの人生やこれからの人生や、破綻しつつある社会を考えると

70代で死んでもいいと考えてます

自分がトシを取る頃には、すでに超高齢化になり、まわり老人だらけだ。

そんな時代に、経済的に豊かな老後なんて、一部の人間のみしかない!

私の場合、年金なんてほとんどあてにならんから、そうなると自給自足か、死ぬまで稼がなきゃならんのだよ。

もちろん、最低限のお金で生きていくのは必須だが、

それでももし食えなくなったら、もしその日が来たら、潔く死を受け入れるカクゴはできている。

それがわが人生観だ。

だから、ラテン民族のように一日一日、その日を生きろ、ってこと。

DSCN7268

じゃあ、もし80歳、90歳、100歳まで生きたらどうするのか?

といわれたら、

そのときはそのときだね。

たとえば80歳の自分なんて、2057年の話しなので、2057年の社会も自分もどうなってるのか見当もつかないけど。

だけど、人の部屋に入って、尿垂らすような最後にはしたくないな。

あなたは何歳まで生きたいですか?

追記:

不治の病で寝たきりになって、植物人間の状態で延命治療なんて心からばかげていると思っていたが

日本では「医療が食い物にされている」という。

https://yomidr.yomiuri.co.jp/article/20150604-OYTEW52562/

老人をベッドに縛り付けるなんて、SMプレイさながらの監禁だ。

それだけで人間としての尊厳は失われているのに、

そして延命させると、死ぬ際に余計に苦しむのだと言う。

税金や保険代を使って老人を苦しめるなんて、

あほか!大ばかやろう!

親が寝たきりでもがき苦しんでるのに延命させようとするなんて、

それこそ極悪、最大の親不孝じゃろが!

尊厳死を認めろ!

もっとも、私が老人になる頃には、経済も衰退し、老人が激増するので、無駄な延命治療なんて自然と無くなるだろうけど。

なぜなら、変に豊かで金があるから、わけのわからんエゴが生まれて、老後の資産を無駄な延命医療というドブに捨てて、苦しまなくていいのに苦しみを受ける。

そんな腐った金なんて使いきっちまえ!

そんな金があればな、うまいもん食って、やりたい放題やって、遊びまくってきれいさっぱりお金を使いきって死ねばいいんだよ。そのほうが自分だけでなく、社会全体の経済活性のためになる。

そうやって自然に死ぬ。それが本来、生きるものの摂理だ。

なので私も、妻子もいないので、死ぬなら絶対に、苦しまず安らかに死にたい。一人で死ぬのだ。

いや、もし万が一結婚ができて妻子ができたとしても、

最後の時を迎えたら、誰にも指図や邪魔をされずに、自分の意思で死ぬ。

それが我が遺言です。

なので、いつ死ぬかわからないカクゴの上で生き、

「60代を死の入り口、70代を死ぬ準備」

とした、現実的な人生設計をしなくては。

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