ドイツ人は、アフリカで一体どんな旅をしているのか?

地球の裏側で偶然ばったり。日本以来の再会!

1月6日

昨夜は体調不良で苦しんだのだが、朝起きたら舌のいたみが直っていたのにはびっくり。体調もよくなり、リビングストンでは充分休んだので、首都のルサカへ出発しよう。荷物をまとめてキャンプ場を去る。

寄り道しながらリビングストンの町を出ようとしたら、白人の男が声をかけてきた。

一瞬客引きか?闇両替か、と思ったが、相手も旅行者だ。どうやら彼は私の荷物満載のツーリングバイクに興味があるようで、彼と話しているうちに

「君はワールドツーリングネットワークジャパン(WTNJ)を知っているか」

と言われ、目が点になるほどビックリした!

なんで知ってるの?ときくと

「自分も日本でWTNJのキャンプに参加したことがあるから」

地球の裏側で偶然ばったり。その名はミカくん

彼の名はドイツ人のミカ・クン(Mika Kuhn)

思えば2003年の5月11日。私が静岡県西部のキャンプ場で行われたWTNJ(海外自動二輪旅行者組合?)の寄り合いに参加した時、海外ツーリング中のヤマハ・テネレに乗ったドイツ人ライダーがゲストとして来ていたのを覚えている。

しかも「ミカクン」と言う名前だったので、そのとき私は美香君だのミカちゃんだの、挙句の果てには「イカクン」なんて勝手に呼んでいたのを思い出した。ま、イカクンのようにわかり易い名前だしね。

なんたる偶然の出会い!!

彼は私のことを覚えてはいないが、自分も彼があのミカクンだとは知らなかった。

その夜は、予定を変更してリビングストンに戻り、彼らと街に近いキャンプ場で泊まるのだった。

4WDで旅するドイツ人

今回、ミカはオートバイではなく、ケープタウンで1984年式のトヨタ・ランドクルーザーを60000ラント(60万円)で買い、恋人のダマリスと、ダマリスの母さんアンナと3人で旅をしていた。

古いランクルにはキャンプ用品や修理用具など一式揃っている。

ミカとダマリスは、ランクルのてっぺんに備え付けてあるポップアップ式のルーフテントで寝て、初老のアンナはバンガロー(75ドル!)に泊まる。

ミカクンとダマリスは、5ヶ月ぐらいかけて南部アフリカをまわり、ザンビアで折り返し、自然公園や野生動物などを見ながらのドライブだ。ミカとダマリスは私と同じく単車で世界一周をしたのだから、筋金入りの旅人である

アンナはザンビアでミカクンと合流し、2週間だけ旅のお供をするそうだ。

西洋人のキャンプの食事

そして夕食。停電なのでローソクとヘッドランプで食事準備。

ベークドビーンズのかんずめに、たまねぎみじん切り炒めをミックスしたものと

ゴーダチーズ、食パン。

典型的ヨーロピアン・キャンピングメニューである。ありがたくいただきます。

食べながら思ったことは、グルメ王国・日本から来た長期旅行者は、現地の素材を使ったほうがうまいことを本能的に知っているので、アフリカでも積極的に現地の食事を食べるけど、欧米人はアフリカ現地の食べ物を食べない派が少なくないみたいだ。

やはりアフリカの食事(ンシマやチキンなど)のほうが現地の素材をふんだんに使ってるから、旨味が感じられるのだと思う。

食後のレクレーション

私はPCを持っていたので、ちょうどいい具合にミカに合った時の写真があったので見せることに。楽しい夜だ。

2003年5月11日、静岡県のミカくん

なぜミカというのか聞いてみると、Michaelのフィンランド語でミカというらしく、ミハエルシューマッハ?的な名前だからだという

「東京でお世話になったとき、君と同じ名前だ、と言って、ミカという名のAV女優のヌード写真を見せられたのには笑ったよ」

ミカにとっては、この問題はいわば宿命であろう。

朝 マンゴ ミックスジュース

昼 棒型チョコアイスクリーム 66円

夜 ベークドビーンズとパン

走行80㎞

天井に常設のテントはどんなもの?

1月7日

ミカたちは、車のルーフに備え付けのポップアップ式テントで寝ていた。

こんなの初めて見た。手前の自分のテントよりも、頑丈そうだ。

広さはカプセルホテルを2倍ぐらいに少し広くした程度か。

さぞ便利と思いきや、じつはマットごとたたむので時間がかかり、畳んでも雨水が入り込んでしまうため、どうしてもマットレスも湿っぽく、臭いがするのだった。

因みに、アンナが泊っていたコテージはというと

ツインルームで中はとてもきれい

バスルームも清潔。何年も住んでもいいなと思うぐらいの居住空間。

キャンプ場を出払った後は、ダマリスとアンナで街中や市場を散策。

相変わらず怪しげなものが売られている。

パンソニック。まるで中米ホンジュラスで売っていたPoly-Stationである

世界一周21-1 ホンジュラス エルサルバドル編 超危険な国で"Poly Station"
第21章 中米 III 編 (2001年3月25日~4月14日) ●ホンジュラスの"Poly Station" ●...

そして、なぜかセガサターンのコントローラーだけが売っているのも謎。

なお、こういう場所ほど旅の醍醐味なのにかかわらず、なぜかミカは行きたがらないらしい。

偶然の出会いから一夜明け、今日はダマリスの母・アンナはスイスに帰るのだ。
みんなでリビングストン空港に行き、別れのあいさつ。

アンナを見送った後、ミカクンたちはボツワナ、ナミビアへと向かい、私は首都のルサカ、そしてケニアへと目指すのだ。
リビングストンでバラバラになったけど、偶然ってすごい。

リビングストンを出発して数キロほど走ると、米粒ぐらいの飛行機が天に向かって飛んでいくのが見えた。

きっとアンナが乗っているに違いない。

手を振ってみた。

こうして、再び一人だけの旅が、再開するのであった。

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