(58)南の島・ディウは異国情緒あふれる旧ポルトガル領!インドの国際恋愛

1月22日

8時半に目ざめたが、今日は休養日なので9時50起床。25度。Tシャツだけで寝れた

きょうは晴れているのですぐさま大洗濯。コートやヘルメットも洗う。Tシャツなどは2時間ぐらいで乾いた。

そのあとPazztaを作る。昼の3時まで一歩も外に出ず。

夕方、昨日の屋台でえびカレー100ルピーを頼む。モザンビーク・ベイラのインド料理店でもえびカレーを頼んだが、それと同じぐらいうまい!Rice40ルピー、ロティ4枚20ルピーつけあわせても安い!

やはり魚介の出汁が効いてるのでベジのみのカレーよりも断然コクと旨みがある。

僕は死んでもベジタリアンにはなれましぇん!ノンベジ万歳!



モザンビーク・ベイラのインドレストランのえびカレー、全部で780円ぐらいと高かったが、モザンビークの食事は不味くて油っこい物ばかりだったので、非常においしかった。

島のSunsetPointに行き、海に沈む夕日を見るチルアウト。ジョードプルで砦に沈む夕日を見、カッチ塩原で地平線に沈む夕日を見、そしてディウ島でアラビア海に沈む夕日を見ている。本当に自分は幸せものだと思う。

南の島・ディウで海と魚と酒を堪能したら、一気にアーメダバードにある階段井戸に行き、一気にエローラ・アウランガバードを経由してDaman&Diuの片割れ・ダマンに行く。メリハリをつけよう。

ダマンは半島の向こう側という変なところにあり、それでダマンとディウが一緒と言うのが不思議だが、バスターミナルに行くとダマン行きの路線もある。だけどダマン~ディウ間にフェリー航路があればラクなのにと思う。

走行21km

1月23日

10時起床。せっかくなのでほかの宿に移ろうかと思ったが、まあまあ快適なので今日も連泊。昼過ぎ、街を歩くが、せっかくの静かな街並みなのに、バイクが通るたびにいちいちホーンを鳴らされるのでうるさくていらつく。

これがジョードプルとかだったらにぎやかなので、ホーンをならされてもそんなに気にならなかったのだが。

しかし陽気なおっさんが作るチャイを飲むうちに機嫌も戻ってきた。

インドのケーキ屋さん看板。使用するのはすべてベジタリアン素材。

その中で、なんと「スマホ型」というのがいかにも現代的。

いつもの魚市場近くのノンベジ屋台へ。Paplet Fry100ルピー(かれいのから揚げ)

Paplet Curryにすれば「カレー・カレー」だったのに、と思ってしまったが、やはりうまい。魚を食べていると、ねこが「うみゃーうみゃー」と寄って来る。この屋台、海沿いにあれば最高なのになあ。そのあと買い物して、もういちどノンベジ屋台に戻ってフライドチキン7個100。そのうちチャパティ2枚と共に3つを食べて、残りをアルミホイルに包んでテイクアウェーする。

今日の夕焼けは、きのうよりもキレイだった。日の沈んだあとも赤い空を見ながら砂浜のベンチでPC作業。この瞬間こそ、最高の気分。白人老夫婦も見かけた。ここは隠れた隠遁地だとおもう。これより向かう西海岸のダマン、ゴア、ケララ、そして最南端のカニャークマリと海に沈む夕日を見るのが楽しみである。

夜は宿の近くにあるAtoZとというネットカフェ。

WiFiが普及しているいま、ネットカフェでネットするのはじつにひさしぶりである。とはいえインドは地方へ行くとまだまだWiFiがない。15分当たり10ルピー。WiFiではなく有線なので動画もとても速い(客は自分ひとりしかいなかったせいもあるが)。30分ネットしたが、お金だけでなく貴重な時間がどんどんかかってしまうので、ブログの更新はFreeWifiのところでじっくりやろう。

バンコクでもらったタイ米(ジャスミン米)があったので、この電子クッカーで炊く事にする。

米と水を1:1で入れて、フタをして、

コンセントを入れてそのまま20分(240V地域の場合)そして蒸らすこと8分。

炊き上がったジャスミン米は、おにぎりが作れるぐらいの日本米と同じ食感で、じつにうまい!

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やはりチャパティだけじゃなんとなく食べた気がしないので、日本人は米だなあ。

明日ディウを出発しようかな。通りからのホーンはうるさいし、ディウに長居すると後の予定がどんどんずれていく。まあ、あと何年、何十年かしたら、再びインドを一周したい。そのときは9ヶ月ぐらいかけてじっくりまわることにしよう。

1時半ごろ寝る

走行23km

1月25日

6時半起床。

グジャラートの半島の最南端のディウは、海の朝日と夕日が両方見られる、インドでも数少ない場所だ

朝日を見るために、まだ暗い中海へ行く。浜辺の気温19.3度。

雲があって少しづつ明るくなっていくのがいい。朝日を待ちながらPC作業。

雲から太陽がのぞいたのは7時30分だった。

ところで、ディウの街中で、明らかに30歳ぐらいの日本人女性と、20代前半ぐらいのインド人理系風男子のカップルを見かけた。自分の見た感じ100%日本人女性という保証はないけど、ヘアスタイルや顔立ち、化粧やファッション、相手へのしゃべり方でわかった。

インド男と日本女(あるいは欧米女)の組み合わせは意外に多い。今朝泊まっていた宿には、若いロシア女子がインド人彼氏と付き合うため二ヶ月も住んでいるといっていた

その逆の日本男とインド女というのは聞いたことが無いけど。逆に日本男はタイやフィリピン女とつきあうのは多い。

インド男にはまる理由としては、見かけやファッションが哲学的でありながら野性的であるのと(まあ、インドで生活すること自体がワイルドなので)そして「君は人生のダイヤモンドだ」などと日本男が決して言わないような歯の浮く台詞をさらりと言ってのけたりするので、ツボを付かれて感動するのではなかろうか。

ディウを出発するも、あまり乗り気ではない。グジャラートの半島の東海岸の国道は、政治的圧力なのかどうか知らないが、インフラにお金をかけていないのでひどかった。道には迷うし、片側一車線で舗装がハゲて穴ぼこだらけというあまりにも劣悪な道がずーっとつづくことに完全に嫌気がさして、走る気もしなくなり、ディウに未練がつのってきた

というのも、今日ディウを出たわけだが、明日の26日はレパブリックデーで、警察などによるパレードがあるという。もう一泊してぜひ見たらいいのに、と宿のスタッフに強くおすすめされたので、強くおすすめされたとなると、それが気になってしょうがない。戻りたくなってきた。

悪路のため、昼間6時間以上ずっと走ったのにたった160kmしか進んでいない。爆走するのはなんだったのだ。夕方6時、こんなひどい道を走り続けるとなると、心の中で「いこかもどろか」の綱引きをしていた葛藤の糸がプッツンと切れて「やっぱりディウにもどろう」と決断。帰りの160kmは一気に走って4時間かけて戻り、10時過ぎにディウに戻りDream Visionに再び泊まる。

屋台でフライドチキン100を買って、米を炊いた。残りは朝食にする。

少し大回りになるがソムナスから内陸部を経由してアーメダバードに行ったほうが高速道路になるので、そこから行ったほうが断然快適だし。

走行361Km

インド共和国の日 India Republic day in Diu

1月26日

昨夜はインド人で満室。今日はインド共和国の日のため、夜遅くと朝早くから騒がしい。

午前中はディウのレパブリックデーのパレードを見る。小学生から高校生によるマーチングバンドで、パレードの後にクリケットグラウンドに集まる。

そこで、なんとクワマン(桑野信義)に似た警察官を発見!

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会場にはたくさんのディウ島民も集まってくる。警察などのお偉いさんの話しがつづき、

まるで学校の運動会を思い出す。

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ディウにはアフリカ系もいる

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とっぽいあんちゃんたちも見物

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これぞインド版ハタ坊。

宿に戻って、テレビを見ると、

デリーの会場が写っていた。町の運動会のようなディウのパレードとちがって、首都デリーのパレードは国家の威信をかけてるのか、ソ連や中国のような軍事的パレードで、全然規模が違う。

デリーを出発して26日目。ディウではすばらしい快晴なのに、デリーではお気の毒なぐらいに雨が降っている。デリーはこの時期天気が悪いから、デリーではなくムンバイでやればええんちゃう、と思ってしまった。

テレビにはアメリカの小浜さんが写っていた。そういえばアフリカにいた頃、タンザニアやケニアとかではすごいオバマフィーバー人気だった。黒人がアメリカのプレジデントになる事は歴史にも残る事で、アフリカの黒人たちにとっても誇るべきことだった。

ディウからは半島中央部のハイウェイを経由しようと思ったが、やっぱり同じ道を通ってもしょうがない気がする。「ちくしょう!こうなったら悪路と戦うぞ!」という気分になり、昨日のもやもやも吹っ切れてきた。逃げたりくじけちゃダメだ。

やっとこディウを出発し、昨日断念した悪路を突破すると、だいぶよくなったが両側3車線ぐらいの道なので、やはり混雑するようになる

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そして夜にバブナガルという中ぐらいの都市についたが、ここはひどい町だった。なぜかというと、街中の標識には英語併記が全然無く、グジャラート語なのでよそ者には全く判らない!しかも大きな町なのに、街中を探しても、国道沿いに行っても、ホテルやゲストハウスなどの泊まれる所が一切見当たらない!

やっと一軒のホテルをみつけても無愛想にフルだといわれて泊まれなかったし、住宅街の中にあったホテルは一泊5000円はしそうな高いところしかなかった。よっぽど封建的な町なのだろう。

夜の11時半になっても全然泊まる当てなく、外は寒く、非常にみじめだった。こうなったら野宿しようと、8km西にあるドライブインで寝ることにする。

ドライブインの店員にたずねると、「ちょっと離れた店の前なら寝ていい」といわれた。すでに一人の店員が毛布に包まって寝ていた。

自分のベッドは、長い鉄の椅子を2つくっつけてベッドにしたが、ここは北緯21度と波照間島よりもずっと南なのに、夜の冷え込みは予想以上で、気温を見ると、なんと10℃を割っている。荷物になるので毛布や寝袋は一切持たず、ブルーシートをかけただけなので寒くて寒くて仕方がない。それだけ寒いくせに、なぜか蚊がめちゃくちゃ飛び回って、うるさいうえに手首などがあっという間にかゆくなる。寒さと蚊よけの二重苦のため、ありったけの服を着て、グローブとヘルメットをかぶったまま寝たが、3匹も口の中に入ってくるぐらいの蚊の多さで、拷問のような夜だった!

走行326Km

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