(72)鬼へ行く

インドには、な、なんと!!「鬼」という村がある。そしてインドなのに日本のテレビにつっこみをいれまくる、今日もマヌケな旅でござるの巻。

記憶を呼び戻す旅

15年ぶりに訪れて泊まった、とある小さな町。

しかし、その町のことは、町の名とホテルの名以外、全く覚えていない。

そこで、15年ぶりに再訪して、どんな記憶がよみがえったのか?

2月11日

蚊にやられながらほとんど眠れずむかえる朝。夜明けがおそい。5時の気温19度。

ウランの町は朝から活気がある。フランスパンのようなパン1ケ5ルピーと、牛乳500ml20ルピーを買って朝食。今朝は晴れてはいるが、ウランのJettyから15kmほど先の対岸のムンバイを見ようとしたが、ムンバイは全然見えず。

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それからはゴアへ南下する。ムンバイからゴアへの区間は、本当なら高速区間のある内陸部の国道4号でいきたかったのだが、国道17号・66号で行く。理由は、15年前のルートを辿り、そのとき泊まったチプルンという町で泊まった「ホテル・アルン」を再訪するためと、翌日向かうオニという村に行くためである。

そういえばGJ州やMH州北部ではベジタリアンの食堂しかない事が多かったが、ダマンから南へ行くと、ノンベジのレストランが増えてくる。ありがたいかわりに、なんか人々の雰囲気も劣る。人々の感じ悪い。商店でもビン入りのジュースが定価で買えなくなってきた。ビンには10とかいてあるし、店の少年に「10ルピーでいいよ」と確認をとったのにかかわらず、店の女に50ルピー札だすと、おつりを35しか出してくれないので、またコチンコチンと揉めてしまった。

ここは金は天下の回り物のインド。なのでこれ以上お互い無駄な摩擦を起こさぬよう、

「インドは地球ではない。日本などの常識が全く通用しない、銀河鉄道999にでてくる宇宙惑星だ」

と考えることにした。買う前に値段を念入りに確認して、それでもぼったくられたら柔軟な対応をしなくては。

ともあれここまで南下すると、真冬だというのにもう真夏の暑さなので、初めのころ寒さに震えながらチャイを飲んでたのがウソのようである。

チプルンに着いたのが結局暗くなった7時過ぎになった。15年前の日記を見ると、チプルン~ムンバイ間は7時間50分だったのに、今回どんなにがんばって走っても11時間もかかった。

15年前の世界一周の時はデジカメもGPSもPCもiPod touch もない、アナログ装備だったので写真を撮る事はあまりなかった。当然コンセントなんか使ったことがなかった。手持ちのフィルムも限られていたし、1まい撮るとコストが20円ぐらいかかるので、撮る価値のあるものか?と考えながら大事に撮っていた。

かたや今ではデジカメなので、撮影枚数を気にすることなく、撮るたびにいちいち止まったりUターンしたりして1日に何百枚もとったりするので昔のように進めなくなってしまった

15年ぶりに来たチプルンという町のことは全く覚えていない。しかし昔泊まった宿を探すことによって、心の奥で眠っている昔の記憶を呼び起こすのが今回の旅である。

「ホテル・アルンはどこか?」と何人かに聞いて、たどりついて、「それならあれだ」と別の名前の安宿を指されたが、そこのレセプションに入ると、

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柵で仕切ってあるバイクの置ける中庭といい、古びたレセプションといい、なんか来た覚えがあるような、デジャブな気がした。

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改めてほかの人に「ここはアルンか」と聞くと「そうだ」という。

だとしたらデジャヴではなく、間違いない!

15年前、自分はたしかにここにいた。この町のことやホテルの事は全く覚えてないが、記憶の奥底に沈んでいたのが、よみがえってきた。旅の醍醐味。

15年で、近代化に向けて多くのものが激変しているインドで、当時と変わらぬたたずまいの空間を探し出すことができて、感無量だった。

この空間。この空気。卒業アルバムなどを眺める以上の思いである。

今夜はコモンルーム(ドミトリー)なら空いているということで泊まる事が出来た。

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値段表とかを見ても英語が一切書かれていないので、インド人むけであろう。1泊112ルピー(ロッカー使用代10、コピー代2)と今回の最安値。15年前の時はシングルルームで100だったので、そんなに値段は上がっていない気がする。

共用バストイレにいくと、汚いインド式で、たしかにここに入った覚えあるかな、と思った。インド音楽をかけながら誰か水浴びをしている。自分も昨日は野宿してかなり汚いので気合を入れて水シャワーした。さっぱり。相部屋には私のほかにインド人が3人いたが、疲れたので23時に寝てしまう

走行318km

2月12日

8時20分起床。15年ぶりの宿。狭い部屋にぎっしりのドミとはいえ、二日連続の寝不足とあって、快適に眠れた。はっきりいって野宿より全然快適。蚊だらけの救世軍のドミよりもいい。

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足首を見ると、野宿した時に蚊にかまれたおびただしい数の痕があった。

蚊にやられる野宿はしたくないので、今日は走れるところまで走って日がくれたら宿に泊まる。

夜道は危険だし、遅くなればなるほど空き室が無くなり、よけいに悪循環に陥る。



セールスマンとドミトリー

救世軍のドミは、バックパッカーがほとんどだったが、ここのドミの相室の人はグジャラートから来たセールスマンで、この町に来て健康機具などを売るという。なので私よりもよっぽど身なりがいい。現地担当の人がドミの部屋にやって来て、カバンいっぱいの商品を持ってセールスマンと打ち合わせをしていた。

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1階のレストラン。ミールス風で、そろそろ南インドに近くなってきただろうか。

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15年前の余韻を味わいつつも、11時半頃チプルンを出発。今日も片側一車線の山道が延々と続く、走りたくない道が続く。全然距離が稼げない。

この路線では、二つのミッションがあった

ひとつは昨日の宿に15年ぶりに宿泊できた

そしてもうひとつの使命は、鬼という村に行き、鬼村で泊まるのだ。

そして夕方ごろ、

ついに「ONI」発見!これがオニだ!

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15年前の旅でもあったのは知っていたが、

今回の旅でしっかり鬼を検証したかったのである。

鬼につくと、国道沿いに商店があるぐらいのただの何の変哲もない小さい集落であった。

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ちょうどおじさんがやってきたので、
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「ここは鬼ですか?」とマヌケな問いをしてみたところ

「イエス、This is オニ」といわれた。

ただ、日本語で鬼というと、「ニ」にイントネーションがあるが、ここのオニは「オ」にイントネーションがある。

いっそ「ここに鬼は住んでいる?」と聞こうと思ったが、それはあまりにナンセンスなのでかわりに

「鬼に宿はある?」と聞くと、「ここは小さな村なので宿は無いよ、次の町・ラジャプルならある」

といわれた。

ウォークマンもびっくり、SONI だけどちゃんと「ONI」はいってるぞ。

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鬼といえば、インドは「オニダ」というインドのテレビメーカーがあるのだが(ぜひ見てください)

世界一周・お宝写真  爆笑編
世界のお宝写真 爆笑編 ↑最近女性の間で韓国が人気だけど、 韓国ブームに倣...

そのオニダを引き合いにすると、おじさんは大いにウケていた。

無念なことに鬼での宿泊は断念だが、

充分よしとしよう。

さらば鬼!

次ぎの町、ラジャプルという町に入ると、「フードランド」という名のレストラン兼ホテルがあったのでそこに泊まる。

フードランドと言うと、まさに日本のスーパーみたいな名前だが、当然「本日特売日」とか「水曜市」とか書いてありそうな雰囲気は無い。

部屋は2階にあり、一泊350に負けてもらう。300だと断られるので、やはり400ではなく、350が一番いいようだ。

フードランドの1階レストランで夕食。チャイニーズ・チキンフライドライス90があったのでたのむと、なんと2~3人分はありそう超山盛りの炒飯が出てきた。ここはスーパーと言うより学生食堂か。

やたら長いインディカ米に鳥肉と玉子焼きが入っており、味はまさに炒飯と言う感じでうまい。ちょうどハングリーだったので、完食。

部屋に戻り、テレビをつけると、ポケモンやドラえもん、クレヨンしんちゃんなどの日本のアニメやSASUKEをやっている。

SASUKEは英語圏向けなので「Ninja Warrior 忍者武士」といかにもジャパネスク感ただようテロップが出てくる。

会場には「SASUKE 2005・冬」と写っていたので、ちょうど10年前だ。

その挑戦者の中には、変な髪形をしたまちゃまちゃが出ていた。

まちゃまちゃって今何やってるんだろうか(笑)

走行175km

2月13日

9時50分起床。
昨夜と今朝と、日本の番組やアニメを放送しているが、なつかしいので、ついつい見入ってしまう。

ドラえもんは吹き替え。調子に乗ると「イエイ!」と叫ぶのび太。

のび太はいつからアメリカ人になったんだ!?

それにしても、ダメダメ少年の代表格のようなのび太くんが、

もし将来大人になったら何をやってるのだろう。と考えてみた。

そこで当時の世相を反映すると、マンガの始まった当初の

70年代なら「うだつのあがらないヒラ社員」になってただろうし

90年代なら「フリーター」になってたろうし

2015年現在なら、「ニート」や「契約社員」あたりになってるんじゃなかろうか。

と、

テレビつけながらパソコンをしながら、そして遠い異国のインドでドラえもんを見ながら思った。

(そういえばインドから帰国後にリリースされた、シェーシェー言う人が出てくる六つ子も全員ニートという設定だし、たしかにダメダメだった少年が将来ビジネスマンとかになったらあまりに非現実だしね。

そんなわけでまたもテレビを長々と見て懐かしさに浸ってしまったので、12時4分出発。そのかわりに一気に走る。出発からの最初の1時間で51kmも進めた。やればできる。

昨日よりは山道ではないので、走りやすかった。といっても、しばらくして集中力が途切れるとまたどうでもいい写真ばっかとってまたも進めなくなってしまう。

ゴアへの州境30kmあたりから、やっと片側2車線のハイウェイになる。

そして、いよいよゴアに入る!

1961年まで旧ポルトガル領だったゴアは、これまで訪れた旧ポルトガル領の大本山のような州だ。

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