アフリカ奥地で見た千円札 タンザニア最後の日 

そこにはいろいろな景色があり、伝説の力士も発見したりと、ドラマも多かったタンザニアの最後の日です。

4月10日

8時起床。26度。標高495m。

9時間20分も寝たようだ。もっと早く起きたかったが、タンザニアの道路は非常に危険なので、寝不足は厳禁。判断力に欠けると事故が待っている。

この道、ダルエスサラームからマラウイ間は、無謀運転や整備不良によって、とても事故が多い。

これは昨日見た事故だが、実はここからさらに5分ほど進むと、今度はまた別の事故を見たほど。今回のアフリカの旅屈指の危険な道だった。

斜めに傾く危険なトラック。そしてあろうことか、屋根に乗る人。

もはや一種の罰ゲームでしょうか?

前回の往路と同じルートで戻ったため、事故街道のうえに、ミクミ国立公園をつっきるサファリ国道を経由するのだった

朝は、朝飯前にミクミの町から19㎞ほど国立公園に戻って動物を見てきた。

そして朝食。3食連続のワリニャマ120円と、ソーダ40円

10時出発。

マラウイ国境はまだまだ先。

高原の老人

街道の少女

神秘的な黄昏が。神々しい

イガワ(伊川?)の町に到着。

宿を取り、夕食は豪勢にローストビーフ

デザートにメロンとバナナ、そしてマンダジとチャイ。

タンザニア最後の夜にふさわしいすばらしいディナー。それでも上記全部でたったの200円。思えばタンザニアは食事がとても安かったのが救いだった。

宿も240円と安いが、水道はないので、中庭のタンクに入った濁った水で体を洗い、寝る。

10日の行動記録

10:06 出発 標高495m

14:50 238km

15:35 278km

15:50 291km

18:00 403km マカンバコ 標高1615m

19:20 465km イガワの町

4月11日

7時起床。まだ夕ぐれのような空。26度。標高1070m。

8:18出発。道路も快調で、1時間で62キロも進めた。

途中見た看板。

名まえからして、タンザニアとザンビアとマラウイを結ぶパイプラインなのだろうが

このデザインが、渋い!渋すぎる!まるで中学時代に、中学生が描いた現代美術デザインのようだった。

あるいは11PMのオープニングのようでもある。

そしてムベヤに到着。電化製品の店では、なんと小錦発見!

そういえば小錦の現役時代はよくひざを痛めていたせいか、ご丁寧にテーピングも描かれている。

イメージキャラとしては、強さと巨大さというイメージだと、小錦が一番なのだろう。

アフリカ奥地で見た千円札

ムベヤの路地裏の両替所で、余ったタンザニアシリングをドルに両替しようとすると、

若い店員が「君、日本人?千円札3枚あるんだけど、両替してくれないかな?」という。

どうやら日本円の処分に困ってるらしい。

そこには、なんとなつかしの夏目漱石の千円札が2枚あった。あとの1枚は現行札だが、少し破けてるし裏はインクの染みがついていたのか、とても汚れていた。

それゆえに、レートは千円札一枚につき約800円でいいというので、3000円両替したらなんと600円も得して、ラッキーマン状態。

日本に帰えれば漱石旧札でも利用できるし(ただし店によってはいやな顔されるだろうし、断られるかもしれない)または旧札や汚れた札も銀行に持っていけば新しい千円札に替えてもらえるので、日本に住む身としては全く問題ない。

が、ここだと旧札や汚い札だと、客から受け取りをまず断られるので、なんとしても処分したかったのかもしれない。

思えば自分も、新札に17円で交換という、同じようなことをしたことがあった

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ムベヤからは南の道に行き、国境へ。ムベヤから100㎞。

南下すると山道になり、天気も雨になってきた。いかにも国境ちかい辺境らしい天気だ

そしてまたも雨がやみ、国境についた。天気が変わりやすい。

タンザニアはガソリン代が104円程度だったが、マラウイはガソリンが138円と高いので、国境の村ではしっかりマンマンにしておく

タンザニア最後のムシカキ(16円)2本と、焼きバナナ8円。串はなんと自転車のスポーク。

こうして、タンザニアを後にするのだった

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