あなたは困ってる人にお金をあげられるか?貢献と「いい人認定」

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みんな、だれもがお金が欲しい。

生活のため、遊びのため。

その貴重なお金を人にあげることとはどういうことなのか、

というのを考えてみました

このところ夏のように暑い日が続いてますね。

天気のいい日だと、暑くなるので寝つきが悪く、目覚めも悪い

転じて雨の日なら気温も一定して静かなのでよく寝れる。

これからが梅雨と暑さで大変な時期ですが

つい先日は、二人の人が寄付活動をしていた。

うちのサイトに度々登場している、まさやん(西川昌徳)のミャンマー難民への寄付や、

そして小松由佳さんのシリア難民への寄付を見て、

すなわち「困ってる人にお金を上げる」ということについて、いろいろ考えてみた。

こっぱずかしさと、うさんくささ

もしたびいちが、

「〇〇難民のために寄付を募ります」

と募ったとしたら。

自分自身こっぱずかしい。

それは、たびいちが、寄付を持ちかけるほどの高尚な人間じゃないからだ。

むしろたびいちは低俗な人間なので、やりたい放題に生きている人間なので。

そんな人間が

「めぐまれない人たちのためにご寄付を」

をとなると、

相手からしても、真っ先に、うさんくさいと思うのではないか

なお、自分がアフリカやカンボジアを旅した時でも、対価なくして人にお金を上げるようなことは一切しなかったし、今後もしない。

それはなぜか?

現地の人たちと、「対等」にならなくなってしまうからだ



Money is Magic

それはどういうことか?

それは、お金を与える者・もらう者という、力関係が生じるからだ

つまりはマネー・イズ・マジックで、お金を与えられた側は、与えた側のいいなりになってしまう。それが人間というものだ

そして昔記事に書いたんだけど

21歳女子大生の初体験!!な講演会に行ってきた
講演会というと、著名人やエンターテイナーによるものが多く、話し方も流暢で手際もいいことが多いイメージですが、 今回行った講演...

ベトナムの家にとっても、住める者、住めざるものの間で、格差を生む。支援の矛盾を思い知る。

そもそも、私は日本では、平均年収的に見て明らかな低収入なので、日本ではめぐまれない側のカテゴリーだと思う。

人を救う前に、

まずは自分が救われないと、

話にならない。

「いい人認定」の落とし穴

そして、金銭的な寄付をすると、

その時点で人から「いい人認定」されてしまう。

けど、

個人的にはそれがすごくイヤなのだ。

なぜか?

今後、ヘタなことができなくなってしまうので。

その後も無意識に「いい人を演じないといけない」というプレッシャーになるので。

その後、もし何かやらかしたりすると

「あんないい人が、こんなことをするなんて、信じられない!幻滅した!失望した」

と大きく期待を壊すことになってしまう

それでなくても社会的に見てグレー気味なこと

たとえば「夜のバス停で野宿」したりというのが、やりにくくなるだろう

それだったら、最初からちょいワルなキャラのほうがいいかもしれない

いかにもツッパリなワルワルマンが、ゴミを拾ってたりするのを見て、

「人は見かけによらぬ!感心したでござる!」

「錯覚」するのと同じ。

しかも困ったことに、本当に困ったことに、

そういうワルワルマンのほうが、

女にモテるんだよな。にくらしけど。

逆に「いい人認定」されちゃってる人のほうが、どこか生きずらい気がする。

なのでたびいちは、

いいこちゃんぶることもなく、かといってムダにワルぶることもなく、情けない自分、ダメな自分、どうしようもない自分、またはカッコいい自分、ありのままの自分を、素顔のままでやりたいようにさらしたいと思う

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お金ではなく物の場合

ただ、これはいいと思ったことは

まさやんが見ず知らずの医療関係者に、コーヒーを送った時のことだ

https://www.instagram.com/p/CPGCK-7AMdp/

このなかで

知らないひとにお手伝いをすることは、無駄ではありません。
知らないひとをお手伝いすると、知っている人になります

そして

僕はなにも自分を犠牲にして人を助けているつもりはまったくありません。
知っている人が増えたら、それはそのまま自分が生きていく糧になると信じたいからその実験をしています。

無償の愛を演じる必要は無い。

いわば助け合いではないかと思う。

だったら、自分ができることをやればいい

自分が、人に貢献できることとは何か?

と考えた場合。

たとえばたびいちの場合は、たびいちドットコムと、YouTube。

コーヒーやお金は、贈っていくと減っていくけど、

記事や動画は、全く減ることが無い。なのでシェアし放題だ。すばらしい贈り物だ。

それどころかネットで経験や情報を披露することによって、自分自身も日誌として役に立つし、みんなに役に立つ

それでコロナの暗い世の中でも、読者に笑ってもらったり、元気が出れば、それだけですばらしい社会貢献になるからだ

もちろんコーヒーを無償で送り続ければ、逆に別の人から無償でコーヒー豆をいただいたりできるけど、そういう循環をキープし続けるのは、かなりの社交性と労力が必要だ。

しかしネット上で書いたりなら、自分のペースでできるし、人づきあいする必要もないので、たびいちにはぴったりだ。

だからたびいちドットコムは、これからも経験をつづっていくのです。(6月10日)

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