AUS15 野生の趣あるバイロンベイとバブルなるゴールドコースト

オーストラリア
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バイロンベイでは、石垣島で会ったオージー女子のところに泊まった。

そこで男女何人かがハウスシェアで共同生活をしていた。

私が泊まったのは、家の外のキャンピングカーの中。その中には別の一人が泊まっていた

肩肘張らぬ、典型的なオージースタイルだ。

ここに住んでいるのは、場所柄、ヒッピースタイルなオージーもいた

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車の中は狭いが、必要充分

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ここが家の中のダイニング。みんなが集う

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オーストラリア大陸最東端のバイロン岬

オーストラリアは大陸の割りに人口が少ないので、大陸の最北端などに行くのは容易ではないが、最東端ならバイロンベイからも近く、一番行きやすいので、観光客も多い。

バイロン岬は、NSW州の最果てともいえる場所なのだが、日本人観光客が多い。

なぜだろうと思っていたら、ここからだと、QLD州(クインズランド)のゴールドコーストのほうが近いのである

すなわち、バイロンベイは、同じNSW州の州都シドニーよりも、ゴールドコーストはもちろん、QLD州都のブリスベンのほうが圧倒的に近いのである

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ゴールドコーストと、バブルの思い出

ゴールドコースト(GC)と聞くと、

私の年代だと何が何でも!どうしても!

「バブル時代」

と言うイメージになってしまう。

バブルの当時「金余り大国」だった日本は、投資目的もあって、こぞってGCの物件を買い漁っていてGCがブームになっていた。

といっても、マンションの一室などを買ったはいいけど、日本人は仕事が忙しすぎるためGCに訪れるヒマもないとなれば、本末転倒、何のために買ってるの、アホじゃなかろうかとすら思っていた。

成金で金持ち国家になれても、あくせくがつがつしていて品性が追いつかず、お金はばらまいてるけど海外から見ればエコノミックアニマルのみっともない国。そういうかつての日本に対する情けない思いが、自分の少年時代に深く焼きついていた。

まあそれはともかく、バイロンベイからはGCが近いので、せっかくなので寄ってみることにした。

小笠原諸島のようにのどかなバイロンベイ村から来ると、摩天楼のGCはあまりにも大都会に見えてしまう。

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GCのサーファーズパラダイスは、写真通り&文字通りのサーフィン天国だ

そのためか、ワーホリも多い。

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大都会なので、単車はショッピングモールの地下駐車場に置いて散策した。

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こうして、GCを味わったあとは、のどかなバイロンベイに戻ったのだった

現地の仲間の家で過ごす夜。

夕食は、どんなものが出てくるんだろうと思ってたら、ポークステーキのグレービーソースがけと、皮のついたままのジャガイモを8等分に切ってそのまま揚げたものだった。まさにオージースタイルだ。

お返し代わりに、私は日本の焼きそば(日清インスタントやきそば)をつくったげた。くわせてみると、日本の味は、向こうの人にとっては微妙だったかな?

そのあとは、ドレッドの白人がジャンベをたたきながらすごす、のどかな夜であった。

バイロンベイで過ごす、ロングツーリング3日目。

現地友人の家に2泊したわけだが、きのうも今日も、朝食はダイニングルームの冷蔵庫にあった、冷凍のミートパイだった。これぞオージー式。

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そして、きょうは朝出発し、その日のうちにシドニーに戻るのだ。
今思うと、せっかくだから、もう少しいればよかったかなと思う

 

8:35出発

帰りのルートも、ちょうど行きのときと同じ


ルートで帰るのである

9:10 バイロンベイを出る。

10:16 81km
12:45 253km Coffs Harbour
14:16 350km Kempsey
15:38 428km Kew
17:37 628km New Castle
19:05 765km North Sydney
19:52 799km Sydney(Rockdale) 帰着

前半は、フリーウェイではないので、あちこち寄り道しながら帰った。
そのひとつが、ニューイタリーだった。

ニューイタリー イタリア人がやってきた

国道沿いに、ニューイタリーというところがあり、そこにはイタリア資料館のようなものになっていたので入ってみた

https://en.wikipedia.org/wiki/New_Italy,_New_South_Wales

イタリア人は、北米アメリカや南米アルゼンチンなど世界の多くの国に移住しているが、ここオーストラリアにも多くのイタリア人が移住している。
大英帝国・英連邦ひとつのオーストラリアは、紅茶の文化なのだが、シドニーではイタリア人の影響もあって、コーヒーの店が多くカフェ文化を築いている。

新イタリアなので、New Italyだが、そういえば南米パラグアイにもNueva Italiaと言う地名があった。

現地化して分散しているのか、この展示館がイタリアの面影を残すのみとなっている。

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12:45 253km Coffs Harbour モーテルがいっぱい

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狭い道の区間もある。60km/h制限厳守のこと。

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14:16 350km Kempsey 人口28000の田舎の町なのに、チャイニーズの店もある 金時は、金太郎か?

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15:38 428km Kew きゅうの町

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キュウの町からは、ちょうど後半地点となり、高速道路・フリーウェイが続くようになるため、後はシドニーにむけて一気に走るだけ。

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フリーウェイを普通の速度で走っていると、ビクトリアナンバーのばかっ速い車があっというまに追い抜いていった。
これはチャンスだと、すぐさま追いかけてやる。
しばらく後をおって全開でかっ飛ばすと、フリーウィンド650は7000回転を超え、150~160km/hで走りまくる。超高速で流れる景色。血がさわぐ!

 

しかし相手の車はそれ以上の速さだったので、全開にしても少しずつ離されていく。なのでレッドゾーンに近いとエンジンのダメージになるので、「もうこれぐらいにしといたる」としばらくして離脱。再び普通のスピードに戻すと、あっという間にビクトリア車は消えていった。

自分ひとりだったらようやらんけど、おかげで距離も稼げたし、意図的に全力でかっとばしたのでアドレナリン全開、眠気も退散した。

19:30 気がつけばシドニー市内。11月10日。これからが夏。まだ明るい。

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19:52、帰着。
疲れたので、料理する与力もないので、大英帝国名物・フィッシュ&チップスを買って帰った。
もちろん英連邦のオースでもメジャーなファストフードだが、5ドルの割りに、これだけ!ショボかった!という落ちでした。

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