2012年のブログ記事まとめ

2012年に書いた過去のブログ記事を、この1か所にまとめました

’12

あけおめです 良い年越しはできたでしょうか。

毎年恒例の、「昨年を振り返る」コーナーは 昨年の出来事はというと311(の大震災) 2011年と聞いて、即座に浮かぶのは311。 それしかない。

恐怖と絶望に支配されたあの日。しかし、そこから希望の光を与えることができるのも、我々自身である。

ほんの微力ではあるが、復興の一助となるべく被災地にも訪れて、ただただ立ち尽くすしかないあまりに広大な惨状に、あふろは泣いた。

悲しんだり笑ったり逆に勇気付けられたり、いろんなこともあった。

ちょうどその頃は、自分のこれからの半生を模索していた悩ましいお年頃でもあった(笑)

そこに311がきて、自分の人生観が変わっただけでなく、社会までも変わった。今年はと言うと、まだまだこれから。 たたかいの物語はまだはじまったばかり。

と、書いているうちにえらい堅くなってしまいましたが、あと6月にタイに行けたのも楽しかったです。 311のストレスが溜まっていたということもあるけど、あのころはどういうわけか、タイに行きたくて行きたくて、悶え死にそうなぐらいだったわさ。 ということで今年もよろしくです

17日で17年。そのとき17才だった  凍てつく祭囃子

1995年1月17日。あの日、テレビに映ったシーンは、311ほどではないにせよ、それに準ずる位のおぞましさに目が点になった。ところが東日本では普段の生活は全然変わりなかったので、ぜんぜん現実感がなかったのが正直な気持ちだった。

その点11年3月11日は、テレビを見ると117を上回り、何十回も続く地震。狂気と絶望を心から味わった。

96年3月に神戸に行った。市内では普通の生活に戻っていたが、やはり路地に入ると倒壊している住宅がいくらか残っていた。テレビでおこっていたことは現実だったと認識したあの日だった

当時の日記より:「3月14日12時に通天閣を出発。大阪から神戸に向かう途中、復旧工事の最中のためか、路肩にはいまだにヒビが入っていた。13時半、神戸三の宮に到着。路地に回ると、崩壊寸前のような木造の古い建物が残っていた。ここで長居すると申し訳ないので、早々と姫路城に向かう」

凍てつく祭囃子

ここのところ、寒気大爆発な極寒が続いてますのお。

今日はパタゴニアのような、かかー殿下な空っ風が吹き荒れ、そとに出るのがいやになるぐらいの寒さ。寒くて仕方がない。

冬の中の冬、と言う天気。風だけでなく、空気が乾いているから余計寒く感じるのだろうか。

というのも、同じ5℃でも、こないだみたいに雨が降っていた5℃のほうが断然温かい。

ある集会所の前をとおると、毎年聞き覚えのある、あの太鼓と笛の祇園のお囃子が聞こえた。中で夏祭りの練習していた。氏ぬほど暑い灼熱の真夏の祭り囃子を、志ぬほど寒く凍てつく真冬に聴くのは格別だった。

顔が冷たい帰路、この時間(18時)で用水路は凍っていた。ありえん。

この凍りつく寒さ、タイでは絶対味わえないね(あたりまえか、笑)

今年も!かき氷をつくってみた

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今年もやっちゃいました

今年は寒い割に、どうもこのへんは雪がなかなかつもらなくて、今シーズンはなかばあきらめていたのだが、よりによって4年に1℃のオリンピックのような、うるーな日に10cmと昨年以上の大雪。

昨年同様、鎌ヶ谷の芸術家氏の庭で採れたレモンのほかに、今回はチューブのチョコミルクをフレッシュな雪にかけた。うまい チョコアイスの味だった。

氷を削るかき氷とちがって、口どけもさらさらして最高。これぞ冬の味覚!

かき氷ができるほどの大雪は降るかどうかわからないところが運任せ。ロマンがある

英語:あの社内公用語化はどうなったか

当初は眉唾ものだったけど。

通算4年間海外に居て、そのときほんの少しは働いてた事があるのでわかるのだけど、英語のコミュニケーションのほうが、変な尊敬、謙譲語関係だの、上下関係とか回りくどさを一切気にしなくて済むから、上下関係なく意思の疎通が平等になる。

ビジネスマナーにしても、日本でしか通用しないビジネスマナーはガラパゴス。一歩海を出ればくその役にも立たない、どころか弊害になることもありうる。文化の違う者を相手にするのは、狡猾でありシビアな世界でもあるから、適度な大胆さも必要だ。

書けない漢字を無理して書かなくていいし。使うのはアルファベットだけだからある意味、楽だし、効率がいい。無駄に複雑化させるより、Simplifiedされたほうがよい。

漢字はFrill、ようするに単なる「お飾り」みたいなものだから、小学生レベルの1000字ぐらい書ければもうそれで十二分じゃないかと思ってます。その分の時間で英語やいろんな役に立つこと覚えたりしたりすればいい。

自慢じゃないが、中学時代は漢字テストは好成績だった。けど、今はどんどん忘れてるので、おそらく小学生レベルの漢字も書けない(笑) でも自分としては「それがどうした」と思ってるし、日本独自の文字「ひらがなカタカナ」をより使ったほうが他者にとっても読みやすくわかりやすいし、なによりソフトなかんじがしていいのだ。



まとめ:

英語ってのは、使わないとどんどん忘れてくものだから、会社でタダで英語がきたえられて、さらに給料もらえれば言う事なし。

グローバル化は進んでいる 「将棋に国境は無くなった」

ポーランドの大学生が女流棋士降す

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20120519-00000063-mai-soci

昔は将棋をさすには必ず相手が必要だったし、さらに腕を磨きたければ月謝を払って町の将棋クラブに行ったりする必要があって、将棋は牛丼のように日本限定のドメスティックな男のゲームだったけど、いまはネットやアプリがあるから、世界のどんな国にいても、ひとりだけでも気軽にできるし、腕を磨けますね。

ヨーロッパでは日本のアニメを見る子も多いし、将棋もルール的に小学生でもわかるので、いままでは想像もつかなかった外国の将棋指しがこれから自然にどんどん増えてくるでしょうね

ジャンクのノートPCをNETでGET!

ジャンクのノートPCをNETでGETしました。同じ機種なので、状態がよくわからないので、果たしてスペアになるか?それとも部品取り用になるか?福袋のようなギャンブルである。

ゲットしたPCは、HDDなどいくつかのパーツがなかったが、HDDを差し込み起動すると、ジャンクとは思えないぐらいきれいで、状態がすばらしい!大当たり!

いま使っているほうのほうが、よっぽど汚い(笑)いまのがこわれたら、買ったのを主役にして、スペアとしてパーツをとっかえひっかえすれば、あと10年はつかえるぞ

メモリ、HDD、ファン、DVDドライブなど、いじりがいがある。

まるで単車をいじるのと同じ感覚で面白い。

単車と違い、PCのパーツ交換はドライバー一本でできるし、思った以上に楽。手も油汚れないし

これを応用すればPCも自作できる。 さすがにそこまではしないけど。

ハイエンドのPCが安く買える時代だけど、こうしてジャンクを買ってPCをレストアするのは面白い。

メカに強いぐらいしかとりえのない人間だけど、我ながらやっぱり男の子だなああ

PCが突然こわれたりした場合、iPod touch やスマフォなどでも応急対応できなくはないが、やっぱりPCの操作性や作業性では断然かなわない。今後、仕事でも本格的にフル活用することになるので、予備のスペアPCは必須。

Windows 8

2012/10/31

すでにみんなiPadやAndroid端末などに慣れてしまっているから、もはや斬新でもなく、すでに置いてきぼりをくった、というか、いまさら、という感じだろうか。

iPod touch 4G などの大人のおもちゃを買って一年経つが、PCのほうが作業性や見やすさでは断然かなわない。無理にタブレット的な要素を組み込むと、逆に中途半端になるのでは。

いま使っているXPに充分満足だし、これまでの周辺機器の互換性を考えると、何年かは8はおろか7を使うつもりはないね。

それに比べ、17年前、Win 95の発売をテレビで見たとき、本当にすごかったのお。パソコン本体でもなければ、ドラクエのソフトでもない。単なるヲタクのマニア向けのOSソフトなのに、それを求めるためになんでみんな異常に熱狂しとるんじゃい!とおもったけど、同時に、単なるOSソフトなのにあのただならぬ熱気は「これはなんだか新しい時代の幕開けになるんじゃないか?」というのは印象に残ってるね。

当時のネタのひとつに「Windowsって知ってるか?」の問いに対し

それは「窓の複数形だろう、」というギャグがあったなあああ。

新生児のなまえ

2012年の新生児の名前ランキングに、ここあという名まえがランクインされたなんて、正直、

あいたたたたー、

ですよ。 まあこの時期寒いから、いくらココアがうまいからといって娘にココアと名付けるのは、痛すぎる。

「心愛」で検索すれば一番にAV女優が出て来るってのに(^^)

もうすこし常識的な本名をつけなさい。自分の娘はペットのネコじゃないんやぞ。

ただ、ハンドルネームとかは、「アフロづらあきら」のようにおバカで結構、自分の意思で自分の通称を好きにつけるのだから、それはかまわん。

それどころか「大巨乳ハゲ吉」とか「きゃりーコエダメまたしゃぶ郎」など、バカをバカバカつければいい。

でも戸籍登録される実名は別。そこんところを履き違えると、「親の顔が見てみたい」てことになって、人生が不幸になる。

まだ10歳ぐらいの頃までとか、あるいは70歳以上になって

「ココアおばあちゃん」

てのもまだかわいげがあるかもしれない。

だけど、40代のおばさんになったらどうよ?

思春期で生意気盛りの息子から

「うるせいや、飲みもんのくせに!カカオマスと同じくせに!

なんて言い返されたら、心愛(42歳・主婦)の威厳がなくなるではないか

Cruel Sea

震度4。結構な揺れだったが、物も落ちなかった。これぐらいの地震なら大した事ないわい、と強がりつつも、いいようのない微妙な不気味さ。地震の少ない西日本がうらやましい。と思うようになった。

昨年は津波の被害を受けた南三陸町にいた。そこでの支援活動で、多くのものを得ることが出来た。活動が高じて、新たに南三陸に住み始めた仲間もいる。

しかしその反面、比較的安全で自然災害が少ないサバンナのような内陸に住んでいる私は、正直「ここに住むことは出来ない」と思った。関東でも地震が多いのに、南三陸は地震の数がずば抜けて多い。そして現地の人(高台にずっと住んでいる南三陸町の住民)でさえ「海を見るのが怖い」と言っていたぐらいだ。

同じ海でも、タイのパタヤと、南三陸は、ぜんぜん違うように見えた。

世界中の観光客が集まり、とても楽しげでいつまでも眺めていたい南国パタヤの海と違って、被災した南三陸の寒くひっそりとした海は、哀しみと、いいようのない恐怖しかなかった。

パタヤよりも空も海も蒼い三陸の海。狂える海となり邪悪で残酷なる力で無慈悲に町を滅ぼした津波の映像。それらが重なるとトラウマである。

先祖代々住んでいて、これからも三陸の海とともに生きる人は、自然のさだめを受け止める強さを持っている。でも、自分は、そこに住むことは出来ない。三陸の海と共にくらせるほど、自分は強い人間ではない。

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