2015年1月1日 0時0分!
その瞬間、パハールガンジにいた。メインストリートから外れたどこかの横丁で太鼓を叩いて踊りくるっているグループ発見。
まさに狂喜乱舞。見知らぬ人からもHappy New Year!!と言いあい、インドに来てよかったと思った瞬間だった。宿に戻り、スタッフにもHNYとあいさつ。
レセプションで新年のテレビを見ると、ムンバイのダンスホールらしき会場が中継されていて、インドでも大人も子どももクラブ・ディスコのように踊っている。他の国でもそうだけど、新年は踊るものなのだ。これ見て自分もゴアとかで踊り明かしたい気分になった。
他のチャンネルを見ると、歌謡ショウをやっていたが、Greater Mumbai Policeと書かれている。俳優と警察官が学園祭の演技のような歌謡ショウをやっている。インドの警察もずいぶん変わったものだ(?)
2015年の、これから始まるバイクの旅にふさわしい幕開けだ。(と、出発前は能天気に思っていたが)
これまで私が海外で年越しを迎えた国は以下の通りです
2001年南米 ラパス
2004年シドニー
2005年チェンマイ
2009年アフリカ ザンビア リビングストン
2015年インド デリー
7時30分起床
ひさしぶりの早起き。初日の出は見れなかったが。
日本の元旦と違い、デリーのパハールガンジは正月でも普段どおりの活気だった
お世話になった西遊インディアのAさんたちにあいさつしにいく。
Aさんたちに見送られて、いよいよ出発!
タージマハルのあるアーグラーに行こうと思ったが、空気も悪く視界も見えないし、天気も悪くなりそうという予報なので、4月ごろにデリーに戻るのでタージはそのときでもよいなと、ジャイプルへ向かう。その前にMGロード駅あたりの屋台でちょっと昼食。あまりおいしくないヴァーダ(揚げパン)とカレー汁で20ルピー。OLやサラリーマンが昼食していた。インドでは正月でも普通の日らしい。
グルガオンから先のNH8は、高速道路のような道が続くが、時々混雑したり途中道に凸凹があったりで、状態が良くない場所もあるが、おおむね進みやすい。
ちょうど空腹だったので、Hotelと書かれたドライブインを発見。いろいろ食べて請求書を見ると、215ルピー(430円)。高い!ぼったくってるのかと思ったが、たしかに、ヒンディー語のメニューに値段が書いてある。マッシュルームカレーが140も取られた模様。ナーンが40、スイートラッシーが40、食後のチャイが15。デリーの安食堂よりも高い!
肉入りのノンベジならまだ許容できるが、ベジで215は高すぎ。しかも地方ではレストランに入っても相変わらずカレーばっかのマサラ漬けの毎日になると思うと、一気に気分が萎える。いかに自分はデリーでぬくぬくしてきたか。
しばらくNH8(国道8号)を走ってるうちに、とても単調になってきたので、
やはり気が変わり、ジャイプールでは無くタージマハルのアーグラーに進路変更する。しかし、国道8号から国道2号に行くのに大いに迷ったり変な方向に向かったり行き止まりだったり道が凸凹で時間がかかったりで、日がくれて結局今日のアーグラーはムリ。最初からいったんデリーに戻って2号に南下すればずっと高速道路なので速く済んだのに。
しかもそんなときに限ってライトスイッチがまた付かないので、しょうがないからパッシングスイッチを押しっぱなしでハイビームを点灯させてるので指も疲れる。途上国は夜になると路上の犬とぶつかりそうになるわで危険度が一気に増すので走りたくないので、州道25号線沿いにレストランを見かけたが、そこの宿がたいした部屋ではないのに、なんと1500ルピーと高すぎる。
やっとの思いでついたアルワールの町Alwarにはあまり宿がなく、見つけたホテル(といっても実際はボロ宿)でも1泊800もしてやりきれない。そんなの払えないといって出ようとしたところ500(1000円)に負けてもらえた。その代わりに、チェックアウト時間がなんと早朝6時。
しかもホットシャワーが出ないので、バケツに湯をくださいといっても、Noの一言。たしかにどの部屋にもないのか、近くにいたほかのインド人女性は、もう何日もシャワーも入ってなさそうな感じ。だけど自分も荷物も砂埃まみれになってるので、かなりきつい。これからは野生児モードに戻らねば。
2015年の初日、インドツーリング初日のふたを開けてみると、思った以上に物価が高く、夜も危険で、目的地にもたどり着けず、とても辛い結果になった。いかにデリーで甘い生活をしていたか(笑)。宿代も、競争の少ない非観光地だと高いらしい。そして観光地は満員御礼のピーク時には宿泊代は何倍にもなる。今はまだ寒いからしかたないけど、このまま宿代が高いままだと、やはり野宿をすることになる。
走行265km