(105)カトマンズ~ポカラの道とルンビニ村 FZ-Sのエンジントラブルの原因

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日本は仏教がメジャー宗教だが、そんな日本人として外せないのがブッダの生誕地・ルンビニ。といってもコンビニではありません。なお、バンコクにある公園の名前は、ルンビニではなくルンピニです。

5月19日
11時半頃チェックアウト。ポカラを後にする

出発して20kmほど走ると、突然ガス欠のような症状になってエンジンが止まった
やばい、こんなとこで動かなくなったらネパール出られない。
だけどちょうど近くに修理場があった。店には少年兄弟ふたりがいた。
まずは彼らにエアクリーナーを開けてもらい、清掃。叩くと砂埃が出てくるが、さらに自前のカメラ用のブロワーでホコリを吹き飛ばしてみた。

そして、キャブレターのドレンボルトを緩めると、ちゃんとガソリンが出てくる。
それでもエンジンがかからないので、プラグを開ける。プラグはだいぶヨボヨボの真っ黒になってたのでプラグ掃除は自分で工具を借りてやった。

その後キックしまくるとエンジンがかかるようになり、あとは問題なく進めるようになった
原因はわからないが、「エアクリーナーが詰まって、かかりにくくなった」
「キャブレター内にゴミか何かが詰まって、ガソリンが気化できなかった。ドレンボルト緩めてガソリンを出した際にゴミも流れて元に戻った」
と思われる(しかし、後になって誤解となる)

ルンビニ・インドを目指して進むが、一気に走りたいのにどうも気分が乗らず、くだらない写真をとりながらぐだぐだダラダラ走ってしまい全然進めない。6年前にアフリカを旅したときとぜんぜん成長していない。

そのときAさんの会社の支店がカトマンズにあることをふと思い出し、そのままインドへ向かうか、それとももう一度カトマンズに戻るか、悩み始めるようになる。

カトマンズの支店はどんなものか見ておきたいし、そこの様子を伝えておけば会社の人も少しはよろこぶのではないか。2日ぐらい余裕ができたから、カトマンズに戻ってみるか、と言う思いが込み上げる。

ポカラから100km進み、ポカラとカトマンの中間の分岐点の町についたのが17時20分。たかが100kmの道のりに5時間以上かかってしまい、情けない。

そこの町のFreeWifiの店でネットしながらカトマンに戻るか、それともルンピニ・インドに向かうか考えた結果、やっぱりカトマンに戻ろう、そして一泊だけして明日カトマン出てインドに戻ればいいや、と思うようになった。絆で天丼が食べたいし。

今後ネパールに行く事は無いかもしれないので、後悔はしたくない。

それからは100km東のカトマンへ向けて一気走り。6時出発。分岐の町を少し過ぎると、テントの数が一気に多くなる。このあたりから地震の被害が大きくなる。

カトマンズ手前の峠からは、なんと煌びやかな夜景が見えた。震災直後の4月28日に来たときには無かった光景だ。
国道沿いには街灯や明かりが少しつくようになっただけど、環状線を過ぎて中心部に近づくに連れ、まだまだゴーストタウンの雰囲気だった
震災直後に来たときは、全く電気が無くて、完全なゴーストタウンとなっており、非常に不気味だったことを考えると、少しづつ復興は進んでいる

21時40分ごろタメルに戻った。首都の繁華街とは思えないぐらい相変わらず暗くて活気が無い。タメルにくるとより陰鬱になる。そのうえ交差点には兵士が配備されており、まるで戦争中の臨戦態勢のような雰囲気である。

311のときの東京と大阪もそうだったけど、地震の被害を受けていないポカラ(大阪)のほうが断然平和で明るい。
前回と同じ宿・部屋に泊まり、部屋に戻ると、「はああ、何でカトマンに戻ってきたんだろう」と言う気分に苛まれる。
発作的に戻ってきたカトマンズ。インドの旅はまさに双六。振り出しに戻った気分だ

洗濯をして、日記を書いて2時に寝る

走行km

穴があったら入りたいぐらいの初歩的ミス

20日
8時半起床。絆に行って天丼を食した後、正午にチェックアウトする

もうネパールルピー(以下NR)が無いので、両替屋で5000円札を両替しようと思ったが、5000円全部両替しても余りそうなので、3000円をNR、残りの2000円を千円札二枚にしてと言ったらダメといわれた。

だけどNR1に対して、インドルピー(以下IR)1.6の固定相場らしいので、NRが無いときはIRで払えば問題ないことに気づく。NRはネパール出れば紙くずなので、うまく使い切らねば。

件のカトマンズ支店をさがしてみたが、見当たらなかった。またもいろんな人と話してるうちに夕方になり、カトマンズを出発して分岐点の町まで目指すことに。
そしてまたも災難!今日も急にまたエンジンが止まってしまった
しかも今度は全然かからなくなり、汗が流れる。プラグを確かめたくても、あいにくプラグレンチを持っていない。
とにかくキックしまくってると、近くを通りかかった地元の人から「エンジンがかからないのかい?近くに修理場があるよ」といわれ、彼の案内で2分ほど押して店に着いた

「オイルが減っている」といわれ、まずはオイル交換。そしてプラグをはずしてピストンの圧縮を確かめていて、プラグ口からオイルを注ぎ始めた。そして再度圧縮を確認して、プラグを新品に替えると、何の問題も無くエンジンが威勢良くかかるではないか。

ようするに、プラグが消耗して死んだわけだ。

昨日のエンストの時点でプラグを確かめた時は、だいぶ電極が減っていても、ちゃんと火花が飛んでいたのに。
だけど電極が減って粗悪な火花だったのでエンジンがかからないというのもある。

昨日の時点でプラグを新品に交換すればよかったのだが、怪しげなメーカーのプラグだったのでやめにしておいたわけだが、盲点のようなミスをしてしまい、情けない。

お代は1000NRと言われて、ちょっと高いけどNRは無いので、600IR(960NR)で取引成立。

偉人列伝 そこにレジェンドがいた!

前を走っているトラックを見たら、

なんと!

李小龍の生き様を見よ!とばかりに。因みに、

ブルースリーは、いきり立つと上半身を脱ぐタイプだが、

ジャッキーチェンの場合は、いきりたつと下半身を脱ぐのだとか(笑)

そしてそのトラックの横には

ブラジルの黒き真珠・ペレの姿があったのだった。

(106)ネパールの最後は、仏陀のふるさと・ルンビニで

5月20日

突然起こったエンジン不調の原因も解消され(といってもプラグ交換)修理を行うともう20時になってしまった。もう先へ進むのはあきらめるしかない。かといってまたタメルに戻ると、またぐだぐだしてしまいそう。

なので、夜道だけどとりあえず進めるところまで進むことに。

峠を越えて、宿をさがす。峠を下った食堂の前に止まると、おじさんがやってきて「食事はどうか」と勧めてきた。「そこは部屋はある?」ときくと、あるというので、部屋を見せてもらう。

言い値は400NRだったが、臭い共同バスルームで400は高い。300に負けてくれといっても負けてくれず、「うーんごめんなさい、じゃあ他に泊まる」と言うと、200IR(320NR)でOKにしてくれた。

それにしてもネパールは値段もインドよりも若干安いし、国道沿いにいくらでも宿があるので助かる。

それに引き換えインドはクオリティの割りに値段が高く、しかも観光地以外の大都市や、田舎では外国人は宿泊拒否にあったり、警察の取調べにあったりすることもあるので、とにかくめんどくさい。インドに戻ったら野宿復活だ。

0時半ごろ寝る。

21日
7時15分起床。道路沿いでやかましく、せんべい布団で堅かったのだが、意外によく眠れた。よしこの調子。これまでは沈没的生活だったが、今日からデリーに一直線と言う目的があるため前向きになれる。

8時38分出発。途中には湧き水や滝などもあって、けっこう景色もよく、きれいな湧き水は飲むこともできる。そんなわけで早々スムーズには進めず、分岐点の町に着いたのが12時半過ぎになった

前回泊まった宿のレストランでダルバート(ネパール式定食・ターリー)。野菜だけだと150だが、鳥肉付きだと250(300円)になる。こうしてみると実に高い。日本でものり弁でも298円で買えるわけだし。食事の高さは、日本とそこそこ変わらない気がした。

インドでもネパールでも、アフリカのときと同様、手で食べるのが流儀なりけり!?

ほかに食べるものと言えば、せいぜいポテトチップスやビスケットぐらいしかないので、カトマンズを出てしまうと、食の種類が乏しくてやりきれない。

そのてん、タイは屋台も充実して、コンビニ行けばいろんなものが安く食べられるのでなつかしい。

13時10分、分岐点の町から南にいく。谷沿いの道がつづき、山からの湧き水も豊富にある。暑いので野人のように湧き水を飲んで渇きをいやす。

途中、ワゴン車がやってきて、ジャージをきた軍人たちが水を汲みに来た。といってもここの湧き水はそんなに美味しくないんだけど(笑)

谷沿いの山道がおわり、今度は森の中を進む。そして町に入り、そこから西へ進む。

途中、道路から外れた空き地にて休憩。特撮ヒーローのバトルフィールドのような場所で誰も来ないので静かである。デジカメのデータがいっぱいになったので、ついでにPCに注入!

そのまま平原の道を進んでるといきなり山道が始まり、640mぐらいの峠を越えると、再び平原の道になる
国境の町に到着。もう真っ暗。ルンピニまであと20kmぐらいだが、もう疲れて疲れて疲れの極みなので、その20kmがとても遠い。ここで泊まることにする。

何軒かあたって、安いホテルに投宿。そこのレストランでダルバートを食して寝る。

ルンビニの村

国境に近いルンピニの村は、人々はネパールというよりインドに近い。

場所柄、スピリチュアル系の学校とか店があったり

適度にバックパッカー向けの店もあるが、正直言ってどこか近寄りたくない気分なので

やっぱり私は、現地人に混じってくつろぐのが一番で気楽でごじゃる。井戸水で作られたチャイはうまいし安い。

暑さをしのぐため、満員状態で距離近すぎのローカル式カフェテラス。

目の前にいる、やくみつるのようなおっさんにみょうに癒される

そして、とにかく暑い!!
幼少期の仏陀も暑さに耐えながら生活してきたのだろうか

ルンピニに来たからといって、何があるというわけではない。

とくにちょっと前まではこのあたりも危険だったらしく、開発も進んでいない。ブッダガヤのほうが賑わいがあることだろう。

しかし、よけいな開発をされずになんにもないところが、かつてブッダが過ごした原風景と重なるので、とても染み入るのである。

ルンビニの村はずれ。ブッダのときと変わらぬ野原だが、なぜか日本の企業か団体が立てたであろう鳥居だけが残っている。

そもそも鳥居は仏教ではなく神道だし!

こうしてみると、まるでバブルの遺産みたいやな。

法華ホテル(といっても広い敷地に平屋建て)の近くにある、日本山妙法寺の世界平和仏舎利塔。 キザなネパリが観光に来てるだけで、日本人の姿はいない。

Do as Romans do.ということで、さっき現地人カフェの傍らにあった井戸の水を飲む。

ブッダも飲んだこの地下水は、ミネラルウォーターでは味わえない、本物のブッダの味だ。

その井戸水の味は金気のある水で、昔、田舎の祖母の家に泊まったときと同じく、なつかしい水の味だった

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