最後まで島めぐり!九州鹿児島・大分・四国・しまなみ海道

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南西諸島が終わっても、まだまだ続くよ島めぐり。次の島は、九州という島だった。

4月25日

長かった南西諸島に別れを告げ、フェリーは鹿児島に着いた。九州上陸。北上したので、より朝の空気が寒く感じられる。

鹿児島から沖縄を結ぶ国道58号がここから始まり、

九州を囲む3号と10号がここで終わる。

その始点のオベリスクとして、西郷どんの銅像がデーンと立っている

鹿児島市内のカメラ屋でデジカメで撮った写真をメモリーカードからCD-Rに焼き付けてもらう。待っている間ブックオフに行って立ち読み。興味を引く懐かしい内容のマンガ本があったので2冊買う。

自分の単車に戻ろうとしたら、小学生女子がいたので、二人が出るまで、我が単車は出せずじまい。

西日本では小学生でも制服だったりする。

この女の子かわいいかわいい

(とはいえ、写真で振り返ると2002年の写真でもついこないだのようにかんじるけど、じっさいこの2017年現在では、この少女はもう20代前半の大人になっているわけなので、月日がたつというのは実に不思議なものである。)

48MBのコンパクトフラッシュカードが4枚だが、カード一枚につきCDR1枚焼き付けなので4枚になり1500円も取られてしまった。
しかしそれでも1000枚近く撮れたのでデジカメは偉い。本当に買ってよかった。

その後市内の城山公園から桜島を見る。南イタリアのソレントから見たベズヒオ火山を思わせるが、4年前に鹿児島に来たときと違って、この日は噴煙はとても少なかった。

当時鹿児島の運動公園でテントを張ったのだが、朝起きたら極粒子の砂のような火山灰がテントとかに付いていたからだ。

大噴火したときの写真。

夜だとはっきりいって、こええ。

城山公園の、西郷どんのコスプレ。

眠りこけてる姿が、おそろしいぐらいにリアリティがあった。

そして鹿児島を出発。

その後はR10で北上。宮崎市内に来るころには夜になってしまった。

南国宮崎で張り合う、キリンとアサヒ。

そして23時、延岡まで走った。

川の中州にはグランドゴルフ場があって、お粗末な屋根のついた休憩所があったのでやはり4年前はそこで寝たのだが今回そこに行ってみると、まったく変わらぬ形で残っていた。うれしい。

寝袋を敷くと、4年前の日本一周の旅が甦ってきたのであった。


4月26日

沖縄から鹿児島までフェリーで戻り、きのうはそこから宮崎・延岡までやってきた。

きょうも引き続きR10で延岡から大分へ北上。

途中R10からバイパス的役割のR326へ。その道での途中、有名な「ととろ」のバス停へ寄る。

そこでのととろの名の由来はあらしがやってきて龍がとどろいた、というからととろになっており、アニメ版とは脈略は全くないのだが、

となりのトトロの舞台にふさわしい時間が止まったようなとても静かな山の田舎で、いいととろだった。



大分の湯布院温泉郷では銀の湯(100円)に入湯。

寒かったので暖まる事も出来たし汚い体も洗える。気持ちいい。

別府と言えば、血の池地獄

その後は岩下コレクションと言う昔の道具やバイクを展示した博物館に行く。

昭和40年ごろの電話ボックス、とのこと。

乗客はみな白人なのに、なぜか西鉄観光バスというのが渋い。

目的は、世界一周をした「うひょ」こと荒木利行さんのバイクを見るためだった。

うひょさんのバイクはなんと20万キロも走っており、めちゃくちゃボロイのだが、傷だらけゆえに過酷な世界一周を無言のうちに物語っていた。

その他にもどろどろに汚れ破れたジャケットやパスポート、装備品、粉薬のように盛られた世界中の砂など、数多く展示されて、植村直己のように威厳を感じてふだんうひょさんとお会いする時と違って、まるで彼がスーパーヒーローに見えた。

寄せ書きのノートを見るとみんな圧倒されてうひょさんの世界一周を褒め称えていた。日本では散髪代がもったいないと言ってバリカンで坊主にしているうひょさんからは想像つかない英雄ぶりだった。

九州ラーメンと替え玉

夜は、大分市のR10沿いの博多長浜ラーメンのチェーン店で食事。九州ラーメンの店は今日全国どこにでもあるのだが、麺をお代わりできる替え玉と言うシステムがあるのは、九州ならではだ。

しかもこの店は平日は替え玉無料。貧乏ツーリングにとっては神のような存在だ。日本では外食嫌いの私だがこういう店ではしっかり入る。

1玉分は少ないので他の客も遠慮なくさらに1玉は替え玉する。そんな中私はどんどん替え玉。5玉や6玉はいけそうだったが、無理して食べてもつらいだけなので腹十分の4玉でやめにする。玉をお代わりするうちにスープの味も薄くなってくるし。

しかし店員曰く、ある客はやせているのにダブルでラーメン注文、なんと26玉も食べたそうだ。とはいってもテレビに出るような有名人でもない。女子高生でも店の顔なじみになれば5玉は平気で食べると言う。

そのあと、別府のフェリーターミナル駐車場で野宿。

4月27日~29日

大分佐賀関からは国道フェリーで愛媛県三崎港。今治から尾道までしまなみ海道を走る。

しまなみ海道は全て橋で連結されているので走って本州四国を行ける。

そしてしまなみで一番恩恵を受けているのは原付と自転車である。自動二輪126cc以上や車になると高速道路のほうを通らなければならないのであっという間に通り過ぎてしまうし、その上通行料金がばか高い。

だけど原付なら7つの橋を通ってもたったの510円しかかからない!四国から大島間の全長4.1kmの橋でも200円だからなんと安い事か。ものすごく得した気分になる。

その上それぞれの島、そして無人島まで寄る事が出来るのでもう言う事なしなのだ。だからサイクリングの自転車や地元の原付がわんさか通っていた。地元の若者のバイクもCB125Tだった。

しまなみ海道で島巡り

と言っても、沖縄の離島の島巡りのような南国的な情緒はもうない。

南国・琉球諸島に比べると、どこか現実的なかんじがして、ここは日本の本土なのだ。

といっても沖縄も九州も四国も本州も北海道も、全部「島」なんだけどね。

それでも特に愛媛県の大三島は印象深かった。5年前来た時は大三島から広島県の島まで橋がかかっていなかったので、いかにも田舎の島だった。だけど橋が出来たおかげで大きい道の駅は出来て観光名所になるはコンビニは2件も出来るはで大きく変わっていった。

注:四国の写真は、まちがってフォルダごと消してしまったため、写真はありません。くやしい!)

17時30分尾道からは埼玉へ向けて一気走り!もう早く帰りたいし、蓄積されたストレスを最後に思いっきり爆発させるためにも一気走りだ!

ひたすら夜のR2を福山、岡山と経由して姫路からはR372を通る。R372は大阪や神戸を大きく迂回する田舎道なので、渋滞もなく時間がかからなくていい。

夜中の一時にそろそろ眠くなったので京都・亀岡の体育館の軒下で野宿。526km走った。この場所のこの時間なのになぜかうるさかったが、ひたすら疲れてるのであっという間に眠りに付き、翌朝8時にはまた走り出す。

4月29日・京都の朝。この頃はまだルーズソックスだった。

その4年後ぐらいからは、紺色のソックスが主流になり、気が付けばはたとルーズを見なくなってしまったが、いつからルーズソックスが根絶されてしまったのだろうか?女子高生の流行と言うのはとてつもなくシビアだと思った。

きょうは最後の日。とにかく帰りたいので、ひたすらひたすらひたすら走り続ける。東海道(R1、23、1、246)で愛知、静岡と経由して、厚木からは北上。15時間連続589kmでへとへとになって埼玉の自宅に29日の23時についたのだった。

(完)

スズキ GN125E 1989年式

2002年 3月13日~4月29日  47泊48日

走行距離 7676km 燃費 約 39km/L
総費用  195,600円

フェリー代(15回乗船)  80,935円
ガソリン代   20,261円
宿泊費(キャンプ、居候の謝礼)  11,600円
食費、土産、その他   82,804円

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