タイに行くときに、たびいちが必ず行く場所。それがみなさんもご存知のカオサンロード。
1998年2月、20歳の時に初めて触れたカオサン通りの魔力。
そして今年47歳になって感じた四半世紀以上の変化。
1~3年に1度の割合でタイに行ってたので、27年の間にカオサンを「定点観測」してきたのでいろいろ述べていきます
(後日、カオサン動画もここにアップします。)
過去のカオサン記事もご覧ください
2018年のカオサン

2023年のカオサン

以前カオサン通りは2019年に再開発されたとはいえ、
https://www.shikoku-np.co.jp/national/international/20190919000411
クリーンな観光地になったかというとそうでもなく、
カオサン通りの独特の混沌ぶりは、結局は27年経っても相変わらずどころか、さらに毒気を増したと思いました
それは、ひとことで言えば、
バックパッカーの聖地から「緑の葉」の聖地みたいになってしまった
コロナ後に、カオサンでもパタヤなどでも「緑の葉」の店が、雨後の竹の子のように林立し
まるで「葉っぱで街おこし!」といわんばかりに様変わりした。
旅行代理店やイスラエル料理店は、草の店に代わってる。
最近、タイ政府はそんな行き過ぎてしまった緑の葉緩和政策をまた規制に戻そうとしてるが、
2年後再訪すると、すっかり店が定着化している
それは、不良外人向けに売れば儲かるからだろう。
いいものは1グラム2000~3000円ぐらいかそれ以上するらしいので、タイ庶民には手が出せないと思う。税収増とインバウンドのための規制緩和かもしれない。
緑葉の店員求人募集も、英語必須ながらも月給25000バーツだから、普通のレストランなど(12000~15000)の2倍。
いわば金のなる木ならぬ金のなる草なので、禁止して金が闇に流れるよりも、多少風紀が乱れてでもいくらか公認にして税収にしたほうが得策なのだろうか。
だけど堅気なエッセンシャルワークで汗水流しながらまじめに働くよりも、鼻くそほじりながら草売るほうが給料2倍というのは、倫理的におかしくないか?と違和感を感じた。
そんなあちこちで草さ漂うカオサン通りは昔にもまして毒気に満ちあふれているので、一度来たら今年はもういいやという感じ。まあ、昔はニセ学生証やらを堂々と売ってたほどの邪ぶりだったし。
カオサンがバックパッカーの聖地だったころは、旅人の交差点で、自分自身も日本から来たたくさんの仲間とカオサンで再会したりしたけど、日本で重罪になるものをあちこちで売りまくってると、必然的に日本人は寄りにくくなる。おかげで日本のメディアやガイドブックは以前とちがってカオサンは紹介しずらいのではなかろうか。
カオサン近くのバス停。00年代、この近くにあったネットカフェで国際ネット電話やネットをしてたが、いまはもうとっくにつぶれてた

そんなこともあってか、カオサン通りをざっと歩いて観察したところ、
1月下旬は学生旅行のシーズン前もあるけど、かつてあれだけいた日本の若者はもう全然見かけなかった。日本人だと元バックパッカーであろう中年夫婦を一組と、見るからに草好きそうなラスタ風日本人を見かけたのみ。
そして3月21日夜のカオサンに再訪すると、この時期ならかつては日本の学生旅行者であふれかえっていたが15分ぐらい歩いてみたら、日本人の姿も少ないながら、いかにも日本人的!な人は3組ぐらい見かけたろうか。
そのうち女子大生ぐらいの二人がテンポラリータトゥー入れてインスタ映えな写真を取り合ってたが、バックパッカーというよりも短期の卒業旅行といったところか。
「してみると良き」と書いてあるのがナウなヤング

自分のようにタイ人のごとく日焼けしてる長旅系の旅人や、外こもり風情の日本人は見かけなかった。やはりカオサンの日本人は明らかに減った。
カオサンの中央部は、夜は踊る阿呆に見る阿呆の、これまでにないぐらいのパリピ大爆発のド派手なクラブ状態爆心地なのだが、それを抜けカオサン通りを少し外れるとだいぶぐっと静かに人も少なくなったなという印象。過去に比べカオサン全体の勢いはかなり減ったと思います。夜になると閉店している店も多くなったと思う。一極集中型。
よかったことは、偶然通りがかったシャーベット売りの屋台。たったの10バーツといまの時点で驚きの安さで観光ぼったくり価格と、良心的ローカル価格が同居しているのがタイらしい。
世界中で人気沸騰中の日本のシティポップ。
カオサンの外れやバンコクの街角では、店から(小さなバーやディスペンサリーの前など)がときどき流れていて、杏里が流れていると、異国で聞くシティポップにテンション上がったりした。
カオサンロードはもはや安宿街なのか?
90年代後半のカオサンといえば、日本人旅行者にとっては「目指すはまずはカオサン!」というぐらい全盛期な人気で、80~100バーツで泊まれる質素な安宿もたくさんあった。
東京都心のドーナツ化現象と同じ、ワット・チャナソンクラーム(寺裏)の安宿はいくらか健在とは言え、そうでないボロ安宿は高額のおしゃれなホテルに建て替えられたり、同じ昔ながらの安宿でも当然日本円換算で何倍も高くなっている。
なので日本人旅行者にとっては、ありし日のカオサン通りは熱かった。
貧乏旅行者や外こもりが集まるカオサン通りには、様々なドラマがあった
かつては、たったの10バーツで食べれた「ワッタナーさんラーメン」や
1泊70バーツの超激安ドミトリー日本人宿もあった。古汚い部屋に若い女子もおっさんも一緒くたという、今ではあり得ないごちゃまぜぶり。
そんなカオサンの日本人社会では「バンコクでホームレスをしていた無一文の日本人が、バックパッカー宿の大番頭へと登り詰めた!」といった「立志伝」もあったらしい。
同じ日本人社会でも、駐妻ひしめくスクンビットとはアウトカーストな異世界であった
昭和レトロのデパート・タンフアセンに再訪
カオサン通りから北西にある、1962年創業の昭和レトロ全開でありし日のニチイに似た、カオサンから来ると癒しのデパート・タンフアセンは2年ぶりに来ると、明らかに元気がない
建物の間にある路地のカレーそうめん屋台もやってないし、かつて盛況だった1Fの食料品売り場も、商品陳列も半分ぐらいにガラガラになってしまった
4階のカフェなどもやってないし、売ってるものも20%オフとか50%オフばかりで、まるで死を待つ老人のような店内だった
店の片隅には、よく見るとなぜか空き瓶を5バーツや10バーツ売っていた。レアなビンテージな瓶ではなく、日本でビン・カン回収の日にあるようなたんなるただの空き瓶で、こんな我楽多市場のようなのを売って、今時のタイ人からはだれも見向きもされないと思うと、さらにもの悲しい。
もはや風前の灯のような店内。
次来るときは、閉店してるかもしれない。建物も60年以上経っているが、日本みたいに取り壊されずタイではそのまま残るのだろうか。解体費用がかかり、地震も少ないので。
まるで日本の地方都市のデパートのような衰退ぶりなので、見ていて哀しい。
まとめ
27年の間にアジア通貨危機、タクシンデモの内戦・戒厳令、国王崩御、カオサン通りの再開発、コロナ、大麻解禁、と様々な変化の荒波にもまれながらも、変わらぬ派手さを貫いている。
ワッタナーさんラーメンもなくなり、屋台も少なくなったり、カオサンの安宿もどんどんなくなり宿泊代の高騰で、旅人の交差点からインバウンドがハッスルするようなエリアに変わっていく。
カオサンと赤バスは我がタイ旅の原点なので、今後の27年もどう変わっていくのか、これからも、老人になっても、カオサン通りの定点観測を続けていきます 2026年1月13日
参考元:
https://www.lgt.golf/spot-information/entertainment/khaosan.html
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