2024日本一周73 突然のあっけない結末

日本一周2024
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天気:はれ
7時10分起床

朝食をいただき、郵便局に行き、そして。

朝10時12分、旭川空港にやってきました

空港は木曜日なのか割と静かで能登空港を少し大きくしたぐらいの広さ。

でも、

なぜかこんなところに?

空港にやってきたと言っても、

いつものバイクではありません。

親の車に乗ってきたのです。

ズバリ、

この日が日本一周最後の日なんです!

 

意外かもしれないけど、実を言うと
日本の国内線の飛行機に乗るのは
これが初めてなのです!!
これまで飛行機には世界で何十回も乗ってるのにね。

それまで日本の移動は
バイクや列車、フェリーなどで事足りたので。

国内線バージンが初めて乗って、どう感じたのか?
ジェットスター搭乗は人生初の国内線なので、また後日書きます

 

両親の見送りを受けた後は、手荷物検査をすぎて待合室へ
いままで国際線ばかり乗ってきたので、テレビからは普通のテレビ番組が流れてるのが、空港らしくない

これが飛行機のスケジュール

GK 800
旭川     (AKJ)12:00
東京(成田) (NRT)13:45

12時、旭川空港離陸
空から下北半島

成田空港。タイ以来の3タミについた

いつもの本州に戻って思ったのは、そんなにひどい暑さじゃないということ。
きょうの北海道は普段よりとても暑く、逆に関東は普段よりそんなに暑くない。
そのためこの日の最高気温はなんと旭川も熊谷も33度。

成田空港にいたっては14時で30℃と、同時間14時の旭川33度よりも3度低い。
でも北海道には無いむわ~っとした熱帯的な熱気が、まるでタイに帰った気分だった

荷物が多く重いので、空港駅から日暮里は京成本線で一本で行こうと思ってたら、できなかった。
ダイヤ改正によって空港駅から日暮里や上野に行くためには、
アクセス特急にせよ、京成本線にせよ一度は乗り換えしないといけない

アクセス特急なら青砥、
京成本線経由なら、始発駅が空港駅ではなく成田駅に変わったので。

まあ、ただでさえ混雑する通勤電車に始発から大量のインバウンド(しかもでかいスーツケース付き)が乗りこまれると通勤通学の沿線住民は大迷惑だろう。

なのでいつものようにアクセス特急に乗ると、乗客の3割ぐらいがインバウンドではないか?てぐらいに多い

北浦和駅あたりでジンギスカンや帯広豚丼の店を見たときは、帯広から戻ってきたばかりなので感慨深かった

こうして夕方18時過ぎ、熊谷の自宅に戻ってきました。

まさかのまさか、旭川から埼玉まで、その日の明るいうちにいきなり家に帰れるなんて、人生初のことなので、自分でも田舎者のようにめちゃくちゃびっくりしてます。
普通だったら北海道からだと下道とフェリーで何日かかけて南下して帰るのに。

そもそも行きの時なんか旭川にたどり着くのに2週間もかかったのだ。

 

最後の日は飛行機で突然帰宅という意外な展開。
暑い地元に帰ると、日本一周したのが夢のように思える

成田空港から家までこうして歩いて帰ってきました

合計18kgと重かった(バックパック11.2㎏ ウバッグ7.4㎏)
蒸し暑かったのでさらにきつかった。

おまけに目立つので
地元の中学生に遠くから「Uber Eatsだ」と言われ恥ずかしかったぞお。仕事してないのに。

 

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そして、Vストローム250はどうなった?

突然の瞬間帰宅で、

苦楽を共にした愛車はどうなったのか?

 

それは当分の間、旭川の家に置くことになりました

旭川の家にはガレージがついているので、Vストを長期保管するには申し分ない。

キャンプ用品などは、この日の出発当日の朝9時に郵便局に自宅宛てに送った。ドラゴンフライのボトルは機内持ち込みできないかもしれないし。

120サイズだと、クロネコヤマトが2270、ゆうパックのほうが2220円と安かった

緑ナンバープレート(熊谷18号)と書類は外し、雑多なものは残置。

 

Vストや、何年かはここで眠っておくれ。

これから仕事に専念して、お金を貯めないといけない。

そしてまた会おう。

 

 

今度はこの島を抜け出して、

一緒に海を越えて、

大陸に果てしない大冒険に出よう。

 

日本一カッコいい250㏄バイク・Vストローム250で
UberEatsで全国各都市を働きながら
日本一周。

今思い出しても、大好きなバイクに乗りながらハイテクによって全国の旅先で配達をして、いろんな店に行き、様々な料理を全国の先々で届ける。

人の役に立てて、お金をもらいながら旅ができるという、若い頃では考えられないことができた、夢のような旅だった。

心が十分満たされた。

最後は出がらしのようになったけど、そのぶんだけ充分おなかいっぱいにやり切った

私のVストローム250日本一周の欲望は消えていった。

 

さて、

両親が旭川にいて、

バイクも旭川となると、

これまで住んでいた熊谷市の家はどうなったのか?

と思う人もいるだろう。

 

じつは、

すでに熊谷市船木台の実家は手放していて、

現在はもう住んでいない。

 

またその辺のことは気分が乗ったときに書いていきたいと思う。

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