(65)生まれて死ぬまでベジタリアン。インドのベジタリアンと宗教観

本日のお題は、「インド人のベジタリアンはなぜ生涯ベジタリアンなのか?」そしてエローラの洞くつと料理作りです

2015年2月1日

8時40分起床。21℃。きょうから2月。デリーを出発してきょうでちょうど一ヶ月が経った。丘の上の村・マンデゥの見掛け倒しのボロ宿で迎える朝。

マンデゥの広場の店には、日本語を少し話す男がいた

日本のことをどれだけしってるか?ときいてみると、「ナインティナイン・オカムラ」といいだした

ほかに日本のことを知ってるかと聞くと、「ジャイアン。ファットマンだ」

そして彼は「カジュラホからきた。エロエロの町から来た」といいだし、なぜマンドゥで土産屋をやってるのかと聞くと「ここにはたくさん友人がいるからだ」とのこと。

マンドゥは自分としてはあまりぱっとしないところで、しかもGSが無かった。かわりに商店でペトロールを持ってきてくれたが、400mlで40(リッター200円!)と非常に割高になるので、ちびちび入れる。

エローラ・アウランガバード方面に向かうべく、そのまま南へ進むと、なんと行き止まりだった。しょうがないのでもう一回商店で入れて、行きに来た道を引き返す事にした。ガス欠を気にしながらもGSにたどり着いたときの安堵感と言ったら無い。タンクにマンマンにして国道に出る道へ行く。夜来た時には気づかなかったが、マンドゥは山の上にある村だったのだ。

今日は田舎の村を撮ったりしたのでちっとも進まなかったが、NH3(国道3号)からは念願のハイウェイ。走りに専念できるので一気に距離が稼げる。80km/hでかっとばす。

しばらくいくと、MPに入ったときと同じタイプの州境のチェックポイントが。まるでEUである。

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生まれて死ぬまでベジタリアン

チェックポイントを出たところの食堂に入ると、50歳ぐらいの店主(写真右)が

「君、日本から旅しているのか?私のおごりだから一緒にチャイを飲もう」

といいだした。

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チャイといっしょに、インドの国民ビスケット・パールGビスケットと食べる。チャイとビスケットの組み合わせはインドのティータイムの定番だし、私のインドツーリングの休憩時でも定番中の定番だ。

「日本は仏教徒が多い国でとてもいい国だ。私はヒンドゥーだが、君は仏教か?ヒンドューや仏教はいい宗教だが、(人を殺す)イスラムは嫌いだ」と首を切る仕草をして言った。おそらくIS・イスラム国のことだろうけど。

だけど、インドには沢山のムスリムが住んでいるし、インドのムスリムがISのように人を殺すとは思えない。そう気になったので、

「だけど、ジョードプルであったムスリムの人はとてもフレンドリーにしてくれましたよ」

と店主につっこむと、

怪訝そうな顔になり

「君の宗教はなんだね?仏教?ムスリムか?」といわれた

やはり、ヒンドーの人ムスリムの人両者に対して良くしてもらったのは、自分が第三者である日本人であるからだと思う。

このレストランはベジタリアン食しかなく、店主も厳格なベジタリアンらしく、玉子とか肉は食べた事がないのかと聞くと、「玉子や肉?とてもとても!」と言った。ということは店主の人生50年で一度も食べた事がないようだ。

旅行などに行って、現地のうまい肉や魚を食いたいと思わないのだろうか。それどころか屋台のオムレツを食いたいと思わないのだろうか。

自分なんかステーキや焼肉が食いたいと思ってる、ヒンドゥーから見れば超ばちあたりな男ですが。

けど彼らと会った事によって、インドのベジタリアンの実態が少しずつわかってきた。

それは、かれらにとって菜食主義というのは、宗教、人生の指針のようなもので、人間も動物だし、牛や鳥も同じ動物である。それら同じ仲間の肉を食べる事は、それこそ人肉を食するぐらいの罪悪、と思えばわかりやすいかもしれない。あらためてインドの奥深さを知る事が出来た

MPからMH(マハラシュトラ)州に入州。デリーをしのぐインド最先端の都市・ムンバイ(ボンベイ)が州都の州、といえばわかりやすいかも。

今日は気温も寒くないので9時10時ぐらいまで走る予定だったが、MH州に入ってShirpurという町ではじめてホテルを見つける。高架橋の下のホテルは「RosePalace」という、周囲の環境とはあまりに不釣合いなおしとやかな名前が気になり、ためしに部屋を見る。昨日にくらべれば広くてかなりきれい。値段を聞くと500のところを350に負けてくれたので即決。あっけなく今夜の宿が決まった。

「バラの宮殿」という名前のわりに、店員も客も、みな男。そんな男だらけの世界の毎日なので、インドは全然色気の無い国。男子校のように女気に飢えているので、夜になると疼いてくる。水面下のストレスもたまってきてるようだ。

ルームサービスでサブジー(カレー汁)とチャパティ3枚持ってきてもらい、やっと夕食。部屋で食べるのは実に落ち着く。チップ込みで100ルピー。11時半に眠くなったので寝る。

走行228km

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2月2日

9時起床。

9時間以上寝たのに、なぜかだるい。インドの田舎だと食事もあわなくなり、連泊せずに毎日移動しているので、疲れが溜まっているのだろう。朝は部屋でのんびりして、あとは一気に走ろう。始めの頃は連泊していたので、でもそれだと全然先に進めない。

デューレの町から片側1車線の田舎道になり、結局夜にエローラについた。15年前に泊まった「エローラロッジ」に再び泊まるべく探していたが、見つからず。

客引きに「エローラロッジを探しているのだが」と言うと、ついてこいといわれ、連れてこられた宿はエローラロッジではなく、エローラB&Bだった。

「こんなとこじゃない!」と言いつつも、念のためなんぼなの?ときくと500?それは高い!「ここはエローラロッジではないので、見つかるまで探すよ。ごめんね」と言って去る。背後から「300でいい!」と聞こえた。

それから自力でエローラロッジを探すもみつからず、あきらめてEllora B&Bに戻り、300で泊めてもらう。

「あのさあ、15年も経つと全ての物事は変わるんだよ。昔はエローラロッジだったところは、今ではつぶれてるかもしれないしほかの名前に変わってるかもしれないんだ。」とエローラB&Bの人に説得されてしまった

結局ここでも昔の面影はみつからず。泊まってみると、住宅街の中にあるので、10時になるとじつに静かだ。一軒家に自分ひとりの状態なので、物音だのホーンだのが聞こえてこない。

部屋の中で鈴虫が鳴いてるが、蚊もいたのでおすだけべーぷを一発すると、聞こえなくなった。ご臨終か?

走行236km2月3日

9時起床。今日は節分。めざすエローラ遺跡は定休日。

鬼は外!
従業員も外!

ということで、タイミングが悪い。

もう一日いようと思ったが、今日は休業日なのでとりあえず荷物をまとめてチェックアウト。

アウランガバードに行く。アウランガバードに行く目的は、ただ一つ、ミレニアム・イヤーの2000年に泊まった宿「ツーリスツ・ホーム」を再訪・宿泊する事。

15年ぶりのデジャブ

このインド一周ではコルカタ、デリー、アーグラー、エローラを15年ぶりに再訪しても面影が見つからず。

しかしこのアウランガバードで、ついに我が記憶の面影を見つけることが出来た!ついに昔と変わらぬ場所を発見!

15年前の事なので、当時のことはだいぶ忘れてはいるが、ツーリストホームは駅近くなのですぐに見つかり、

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中庭にあるテーブルを見て一気になつかしくなった。

そうだった!このテーブルで夕食を食べた事がある!

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かつて食事をしたテーブルで、ビン入りのジュース200ml、20ルピーを飲む。節分のいまは、暑くも寒くも無く、とても快適な気候。

転じて15年 前の2000年4月に泊まった時は、最高気温が42度以上という地獄のような暑さに苦しみ、ひたすら体調不良でのたうちまわっていたのを鮮明に思い出す。

死ぬほど暑くて病気に苦しんでいたことと、中庭の間取り、駅への道は覚えている。実際再訪すると中庭の間取りが狭く感じるのはなぜだろう。

明日は結婚式会場になるため、部屋はあいにく満室。かといってかつてあれほどいた外国人バックパッカーは、もう誰もいない。

あれから15年経ち、イ ンド人の所得も5倍ぐらいになり、お金に余裕のある中流階級以上のインド人が増えた現在、いまや外国人バックパッカー&旅行者を呼ぶよりも、結婚式会場に したほうがずっと儲かるのだろう。

15年前1泊80ルピーだったのが、なんと400ルピー!日本円で4倍になったのだ。

たかが15年で、インドはあっという間に時代は変わってしまった。

ともあれ、コルカタ、デリー、アーグラー、エローラを15年ぶりに再訪しても面影が見つからず、このアウランガバードで、ついに我が記憶の面影を見つけることが出来た!

しかしここにいたインドの若者たちはスマホをいじっており、時代を感じた。「15年前は、(ここにいる若者)もまだ小さかったんだ」と笑う宿主。

15年前は一部のビジネスマンとかがノキアの黒くてでかい携帯を持っているのみだったので、この15年でインドは別の世界のように変わった。従業員に聞くと、15年以上前とは給料も5倍になったと言う。そのぶん、宿代も自分が泊まっていた部屋は5倍の400ルピー(800円)。15年前は80ルピー(当時レート200円)で泊まれたのに。

結婚式が終わったあとの5日なら泊まる事ができるかも、といわれ、どうもタイミングが合わない。

となると、もうアウランガバードに用は無いので、エローラのB&Bに戻ってもう一度泊まることにしよう。

エローラの宿に戻ると、鍵がかかっていた。待ちぼうけていると、隣の民家(といっても掘っ立て小屋)のおばさんに招かれて、彼女の携帯で宿主にかけてもらった。掘っ立て小屋に住んでるのにかかわらず、いまや所得・生活の高低にかかわらず、誰もが携帯を持っている。

30分後に戻ってくるとのこと。そしてようやく再チェックイン。

そういえば15年以上昔、日本でもまだネットが普及する前の頃でも、インドのホームレスは、既にに自分のメールアドレスを持っていたという。

ホットメールのフリーアドレスを使って、ネットカフェに行ってメールの送受信をしていたと言う。

そして2016年。プリーの漁村では、いまやLTEが入ってるのにかかわらず、砂浜に行くと相変わらず男達が野具祖しているのだから

掘っ立て小屋や野具祖と、ITと理系と哲学が見事に混在する。それがインドだ。

インドで料理をつくる

一息ついたところで、村へ買い物。今日は料理に挑戦だ。

サリーを着たばあさんが商う路上の野菜売りにて、玉ねぎ一つ2ルピー。中ぐらいのトマト1個、2ルピー。合計4ルピー。ミニトマトサイズのトマトをおまけしてくれた。少量の野菜をとても安く買えるのはありがたい。

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ほかに買ったものは、商店にて牛乳400ml 20ルピー。路上の果物屋で、種無しぶどう1房20ルピー。マギーのインスタントヌードル10ルピーなど。

宿に戻りキッチンへ。あいにくガスがとおってないので、鍋を拝借して自前の電気クッカーで調理。トマトと玉ねぎを少量の水で煮て、台所にあったトマトケチャップと塩を入れて、ゆでたマカロニ(170g、15)を混ぜるだけの料理。

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インドに来てから初めての本格料理だが、まずくも無いけど、うまくもなかった。全部食べきれず残った分は、マギーのインスタントメンを合体させてみる事に。

限られた材料で作るので味は全く期待できないが、普段バイクで走って写真を撮ってばかりの毎日なので、ステージをがらりと変えて、料理を創作するのはじつに楽しい。ベジとマサラの毎日なので、ゴアに行ったらビフテキが食いたい。

眠くなったので0時半頃寝る。

走行83Km
2月4日

世界遺産・エローラの洞くつを撮影!

10時20分とのんびり起床。今日は連泊。昨日の玉ねぎトマトマカロニの残りと、マギーラーメンを作る。日本で言うカレーラーメンの味だけど、やはりベジ食材オンリーなので、味に全然コクが無い。

それにしてもマギーのラーメンは実にショボい。私はうまいラーメンが食いたい人間なので、こんなラーメンしか売ってないインドには骨を埋めたくありません(笑)なのでマザーテレサすごいね。

洗濯をして、昼からはエローラの遺跡へ。15年前に行った洞くつを再訪。

まさにRPGに出てくる、ラビリンス、ダンジョンである。

あのとき「こんなに広大な遺跡をよく作れたものだ」と感動したのがよみがえってくる。

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あのころは、エローラのつぎはさあどんどん西へ、パキスタン、イラン、ヨーロッパへ、そして南米、アメリカへ!と、世界一周の無鉄砲な熱意ととてつもない夢に満ちあふれていた。

インドの経営哲学

ここのところ忙しかったので、いくらか休養できて体調もよくなってきたかもと思ってたが、やはり昼間、遺跡を歩いてる時はだるさのピークだったので、やはりちゃんとしたものを食わんといかん、と思い、夜はレストランに行くが、インドのレストランは、まずいくせに高い!

カレーセットのターリーなど80以上するが、ベジ食材だけなのではっきりいって味覚に合わない。うまくて安くて種類もたくさんのタイの食事が本当にがなつかしい。いまにでもタイに帰りたいぐらい。

しょうがないのでエローラの町からアウランガバード方面に5kmぐらいいくと国道沿いにレストランが何軒かあるのでそこに行った。

念願のノンベジの店を発見したが、チキンカレーがとても高く、ちょこっと肉が入ってるだけで150(300円)もとられてはたまらんので、やむえずエッグカレーにしたが、これも具の無いカレーにゆでたまごが二つ分入ってるだけで75(150円)とふざけた値段。街中の屋台なら、同じようなゆでたまごが20で買えるのに。だからどうりで客がいない。

普通だったら、日本のように競争原理で安くして、たくさん客を入れて儲けようとするのだろうけど、インドでは経営哲学とか味覚とか食に対する概念(ベジタリアンとノンベジなど)が宇宙のようにちがうので、料理の質の割にムダに高いので失望する。だけど焼きたてのロティ10×4枚が食べられたのでよしとする。

結局、町に戻って、屋台のゆでたまご20と牛乳500ml20と、ぶどうとバナナ40を買って帰る。

これなら安いし、ハズレなし。何とか栄養バランスがとれる。

でも、わびしいよお。

走行24Km

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5日

8時起床。朝はまたエローラ遺跡の続きを見る。また例によって遺跡をあちこち見だすと止まらなくなり、せっかくなので見納めておこうと思うもキリがないし疲れたので1時で切り上げる

もう一度アウランガバードのツーリスツホームに行こうと思ったが、特に用事も無いのにまた片道30kmかけて行くのはめんどくさいし、それであちこち寄るとキリがなくなるし、あれこれつまらない写真まで撮ってしまうとさらにキリがないしよけいな仕事が増えるのでやめにする。

本当ならちょっと休憩したら、ダマン、そして最南端へ向けて少しでも走りたいのだが、もう午後の3時でチェックアウトはもうダメ。なので部屋でのんびりする。ダラダラすんのもいいなぁ・・・・

明日からは西海岸を味わいながら力いっぱい走り、なんとしてでも2月いっぱいまでに最南端に到着しないと、後のスケジュールが押し迫っている。

さすがに田舎のインド飯にうんざりしてきたので、日本からわざわざ持ってきた秘蔵のインスタント「評判屋中華そば」を作る。

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めんはボロボロになってしまったが、やっぱりうまい。醤油と出汁の効いた繊細な味。

日本だと何の変哲もない袋ラーメンだが、貧食のインドにいるからこそ、うまさがめちゃくちゃに身にしむる

19時、買い物。ゆでたまご屋台にはオムレツバーガーみたいなのを作ってたので買う。20。これがうまい。そのほか、果物や牛乳など、昨日と同じものを買う。いろいろ買っても120ルピーで収まるので安い。これで高いだけのレストランに行かなくても、なんとかなる。

走行6km

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