(77)世界遺産ハンピの生情報と、FZの修理交換

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日本人の間でも大人気の世界遺産観光地・ハンピに行き、そして手を汚しながら愛車の整備をしました。

ゴアを出発。走りに専念しようと思っても、街が続き、ついつい景色や看板や建物などを撮ってしまう。なので何百メートルか走っては止まって撮るの連続で、全然進めなくていやになる。(そのときは、撮り損ねて後ではげしく後悔するよりは・・と言う思いなのだが、後になってみるとやはりどうでもいい写真が多いので、自分の性格がいやになる)

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いよいよゴアとお別れ。山に入る手前にチェックポイント兼料金所があって、小さな街になっている。かつてゴアが「ポルトガル領・インド州」だったころは、ここがイミグレーションだったのだろうか。

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チェックポイントをすぎると、まもなく山道にはいる。

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山道を登りつめて、峠に差しかかると、

ここが州境(旧国境)になる。

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これより南インド カルナータカ州

ここでゴアからKA(カルナータカ)州に入ると、そこからは標高600~700mの高原地帯となり、しばらく行くとKA側のチェックポイント(旧インド側イミグレーション)になる。群馬県から国道18号で、長野県軽井沢にはいる感覚だ。そこも小さな街になっているが、英語オンリーだったゴアとちがって、カンボジアのクメール文字にビルマ文字をちょっとミックスしたようなKAの文字と、英語の併記になる。

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KAからは、食堂ではMeals readyの看板が出てくる。MH州にはなかった。ゴアにもミールスはあったが、田舎の町にもMealsが普通にあるということは、ついにこれより南インドにやってきたことになる。

ゴアからKAに入った途端に一気に道が悪くなるり、穴ぼこだらけの道を過ぎてロンダの町に入る。有料道路の看板が(二輪・三輪は無料)でて小躍り。有料道路になれば道がいいのでどんどん進めた。

ムンバイ(ボンベイ)からベンガルール(バンガロール)、チェンナイ(マドラス)を結ぶ国道4号につくと、首都高入り口のような料金所もあって、地図上では高速道路扱いだが、ここの区間は片側1車線の高架道路で、新潟から郡山までの磐越道を思い出す。磐越とちがうのは、センターラインに変なポールとか立ってないので、おそいトラックを追い越す事も出来る。

22時10分ごろ、フブリの町に到着。15年前に泊まった「ホテル・アジャンタ」を探す。例によって、ホテルアジャンタはどこと人に聞きまくり、駅の近くの角を曲がると看板を発見。「お、あった!あった!」と思わず叫んでしまう。大きなホテルだった。

ただ、チプルンのホテル・アルンのときは思い出したが、ここではレセプションにしろ、部屋にしろ、15年前の面影は思い出せなかった。

たしかに、レセプションを見ると、来たことがあるような、ないような。でも忘れた。

フブリには沢山泊まるところがあるが、そのなかでアジャンタを選んだのは、当時バイクを安全に停められるところを探していたんだと思う

当時1泊110ルピーだったが、今回の場合、一番安い220の部屋(バストイレなしテレビつき)は満室だったが、385(バストイレつき)の部屋に泊まった。エレベーターもついていながら、割安であった。

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それにしても15年でずいぶん変わったものだ。部屋にあるハイアールの液晶テレビには、テレビショッピングをやっていたが、Androidのスマホやタブレットを売っているのだから、タブレットも4999ルピー、9千円台で買えるのだから、本当に時代が変わった。

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でも料理はやっぱりインド料理。

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婦人服はやっぱりインド服。洋装ではない。

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いまでこそホテルの部屋にあるのは液晶テレビだけど、昔は白黒テレビのホテルもあったからなあ。

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20日

10時20分に起床。南インドになると、チェックアウトは24時間制で、22時45分まで部屋にいることができる。なので、午前中のんびりしてから1時半ぐらいにチェックアウトすれば、充分ハンピにはつく、と思いつつも、いざ時がきても、どういうわけか全然出る気が起こらず。やはり、疲れが溜まっているのだろう。

いっそのこと、22時45分に出発し、夜中走って夜明けにハンピにつけばいいとすら考えたが気持ちと体調次第なので、直前にならないとわからない。快適な方向か、不快な方向か、どう転がるか一寸先は闇。

仕事していた時、いつも仕事はつらかったかわりに、毎日「何時に起きて、何時何分の電車に乗って、会社に行け」という日々でも、それに従ってればいいのでその面ではラクだった。

が、「いつ行こうがどこへ行くのもあんたの自由だよ」となると、優柔不断な私にとって、逆に毎日毎日どうするかどこ行くかと細かいことで悩みつづけてしまい、結果として重荷になってしまう。

「そんなのぜいたくな悩みだよ」

と言われそうだが、たしかに1週間、1ヶ月ぐらいならいいが、それが二ヶ月、半年も続くとなると、実際はかなりの負担になる。

22時45分にチェックアウトして、夜通し走ってみようかと思ったが、夜道なんて危険だし、めんどくさくなったので、結局もう一泊。このホテルは15年前に泊まった事だし、値段の割りにリッチな感じがするので、2泊払ってもよしとしよう。

走行0km

2泊泊まった、ホテル・アジャンタ。

この日は、宿にはチベット僧が多かった。ダラムサラからやってきたのだろうか。

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余談ですが、東京でもチベット料理が味わえるよ

【うまい】チベット式うどん・トゥクパ ”インドと新宿で食べ比べ”
チベットのうどん・トゥクパ。日本のトゥクパとインドのチベット亡命政府のあるダラムサラで食べたトゥクパはどう違うのか?比べてみまし...

フロントには、列車の時刻表のほかに、インドらしく、映画上演案内もあった。白い紙には上映のタイトルが書かれている

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日本のデパートのエレベーターガールのように、ここにはエレベーターマンがいた(もちろんいつもエレベーターにいるわけじゃない)気さくな、しかもはだしのあんちゃんだった。人生、このぐらいテキトーなほうがいいのだ。

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2月21日

9時25分起床。27℃。フブリの15年ぶりに泊まったホテルで迎えた朝。いくかやめるかでウジウジしてた昨日とはちがって、今日はすぐに出発できた。パワーが戻ってきたぞ。

フブリからハンピ間は、国道を東へ。

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しかし標識がわかりにくく、気がつけば国道ではなく変な田舎道を走らされる。GPSを見てるうちにおかしいことに気づき、すでに50kmぐらい遠回りしてしまった。

そのかわり、カルナータカの超田舎の風景がみえた。

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男はスカート型の南インドの腰巻・ルンギーを履いており、南インドに入ったことを実感す。

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おもいっきり遠回りになったが、脱穀している田舎の風景が見えたので、よしとしようか。

ハンピまであと少しというところで、海が見えた!

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といっても、実は海ではなく巨大な貯水湖でした。対岸が見えるし

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大幅に遅れてハンピに到着。

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川に面したArchana Guesthouse。2泊で700にしてもらった。

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トイレ共同のぼろい部屋だけど、珍しく部屋までWiFiが届いている。インドの普通の宿やホテルではこうはいかない。なので気がつけば朝までネット三昧。夜が明けた6時40分ごろ寝る。

22日

12時半頃起床。FZを見ると、後ろ左のウインカーがぶっこわれてるではないか。

配線も切れているので、牛がぶつかったような感じではなく、誰かが意図的にやったように見える。なんとも許しがたい。

ハンピは町が狭いので、なにもかもがツーリストプライス。この町の商店は、西洋人向けに必ずトイレットペーパーやスニッカーズが売っているのが特長。当然食堂はおろか、旅行者向けレストランはもっと高いし、ベジタリアンの食事しかないようなので、ハンピから12kmのホスペット市までいく。

ノンベジの食堂で、チキン80とケララ風パロタ(パイ生地のようなもの)13を2枚、116ルピー。

メニューを見るとこの食堂は、ノンエアコンルームとエアコンルーム、Parcel(お持ち帰り)でそれぞれ料金が違う。お持ち帰りはそれほど差はないが、エアコンルームで食事すると1割ぐらい高くなるようだ

ハンバーガーショップもあるし、小さなスーパーもあるので、アイスクリームも安い。なので物価の高いハンピでは果物ぐらいしか買わず、大方の食料品はホスペットでまとめ買いしている。

そこがバイク旅のつよみである

そしてバイクの修理

その後FZの修理。ヤマハの店は閉まっていた。代わりにパーツ店を見つけたので、そこで交換することに。

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クリケット選手らしき丈夫そうな人が描かれた、インドの特上オイル。

このオイルで10000km以上もつって、ほんまかいな!もし事実なら、日本でも売るべき。

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買ったのは

オイル250  フロントディスクブレーキパッド250  ウインカー150

計650ルピーととても安く済んだ。ヤマハのワークショップで純正部品を使うと、もっとかかってたと思う。

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オイルとブレーキパッドは工具を借りて自分で交換。

ブレーキパッドはベースメタルまで磨り減っていたDSCN4838

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そして、ウインカーの交換はあんちゃんたちにやってもらうことができた。自ら手を汚してオイルやパッドを交換したから、自分に対して好意的に見てくれたのだと思う。

やはりバイクの国から来たのだから、ある程度は自分で修理交換できないとカッコ悪いしね。

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工賃はかからず、パーツ代だけで済んだ。とくにウインカーは、壊れたその日のうちに修理できてしまった!

オイルは2500kmで交換したのに、ちょっとしか廃油が出なかった。ディウでオイル交換したときよりも状態が悪くなってるようで、これからはオイルを継ぎ足して走らねば。

ハンピの情報について

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カルヤンゲストハウス

日本人の奥さんが住んでることで有名な宿。

すぐそばに岩山がそびえ、門の前には黒い山羊らしき生物が何十匹もうろつく、めちゃくちゃワイルドな宿でもある

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そのとき奥さんのさきさんはバンガロールへ出張しに行ってたため、不在。残念。バンガロールには日本人コミュニティがあるからだ。

ハイシーズンのためか、ダブルルームの部屋は、1泊1000ルピーと高かった。安く泊まるなら屋上で寝るか、ドミトリーになるのだが、ドミはというと、鉄製の物置のような小屋で、昼間は暑そうな感じがした。

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しかし、朝食のほかに奥さんが作る日本食もあり、そして安い。食事だけでも食べていきたかった。

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ウクレレを弾いてる日本人旅行者。プリーロックフェスに出演するために練習してるのだという。

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プリーのロックフェス?まるで日本みたいだな、と思ってたら、3月上旬にサンタナホテルで開催されるという。

なお、奥さんのさきさんは本も出版されているので、読んでみては。
インドの生活はやはり大変のようす。

ハンピの川をこえると

ハンピで特異なのは、遺跡やカルヤンのあるメインタウンの南側の河南の村と、川を挟んだ河北の村では、一気に趣が異なる。

南岸のメインタウンは、遺跡ののある聖地とあってか真面目そうな西洋人やアジア人など、普通の旅行者が多いが、

北岸はやはりディープな人間がすむ、ゴアのシャポラのような香ばしいディープエリア。

とくに決定的なちがいは、南岸は聖地なので肉と酒はダメなのに対し、北岸にはバーがあって肉と酒がある(キングフィッシャービールもあるよ)ということ。

日本じゃ考えられないけど、バラナシのガンジス川同様、川を挟むと別の国のように世界とルールが変わるので、インドはおもしろい。

川はボートでわたる必要がある。(旅行者のバイクは乗せてくれない。何とか頼み込むか、チャーターするかインド人より多く払えば運んでくれるかもしれないが)

ボートは夜は運行してない様子なので、夜まで飲んだくれたら河北の宿で泊まるしかない(だけど、泳いでわたったツワモノもいるのも事実。

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まるで佐渡のたらい舟みたいで笑える。

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北岸は夕方になると、西洋人らは近くの小山に登って夕日を眺めに行く。

建物などやアートなどもちがう。北岸は自由に満ちている。酒を飲むのはKA州ではまったくの合法だが、聖地の南側からくるとモロに俗界に見えてしまう。

見比べてみると一目瞭然。

河南の町(聖地)

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河北の町 (俗地)

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この違いを味わうのも一興なので、ぜひボートを越えて行ってみてください。

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