タンザニア再入国 北部のアルーシャ

東アフリカ
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国境の町ナマンガの学校見物を終えて、ケニアを後にして、タンザニアに再入国しました。

国境の値段 ハイブリッドな料金設定

ケニアとタンザニアの国境は、現地の人なら自由に行き来できるのだが、

ここで気になったのは両国の物価だった。

国境の町では、国境を挟んだ町では、それぞれケニアとタンザニア両通貨で払えるのだが、

その価格差が気になったので調べてみたところ・・・

 

たとえばGEISHA(芸者)という石けんを買う場合。

ケニア側で買うと

ケニアシリング払いだと70KSH タンザニアシリング払いだと1500TSH

同様に、タンザニア側で買うと

ケシリ払い80KSH タシリ払い1200TSH

 

すなわち、当たり前だけどその国の通貨で払ったほうが得だということです、

そしてタンザニアでは、ケニアシリング払いだと、地域によっても違う。

BICのボールペンは、タンザニア国内では1本200TSHだが、ケ・シリ払いだと20Ksh。しかし南の村に行くと50Kshもかかる。

 

タンザニア側のナマンガの商店。ビスケットは250Tsh(20円)あめ玉は3個で50(4円)らしい。

そんなわけでタンザニアに再入国しました

ビザ期間内の再入国なのでビザ代は無料。

入国したとたん、道路に人だかりが。日本でも、田舎の祭りを思い出すね

景色自体はケニア側と変わらないけど、もうケニアじゃない、タンザニア。

ナマンガから96㎞、アルーシャの町に到着。

そこで泊ったのが、Arusha Bright GH 10000(800円)というこの町の中級宿。高かったけど、シーツとかも清潔で、まわりにバーとかが無いのでそのぶん静かだった。

自撮り。我が姿、砂埃まみれ。

自撮りその2

アルーシャはサファリの基点の町とあってか、宿も多く、バックパッカー向けの宿もあった

上海飯店。タンザニアに来ると、中国の料理店がめだつようになる。タンザニアは社会主義路線をとっていた。

館林自動車教習所?

マサイ族も多い

アルーシャから、キリマンジャロのふもとの町モシへ向かう

タンザニアは危険な道。それは交通事故だけでなく・・

竜巻が見えた!

身近に見る竜巻。それほどたいしたものではないが。

英語の国はジェントルだったが・・・

ケニアからタンザニアに入国すると、はらがたったりする事が多くなる。マラウイからタンザニアに来た時もそうだった。

なぜならタンザニア来ると、平気でぼったくるし、なれなれしいし(それはケニアも同じか?) そして平気でウソをつく者もいる。そしてだまそうとする者もいる。

ウガンダとケニアではあまりそんなことなかったのだが。

明らかにケニアの方がまともに感じる。ナイロビを去るときなんか、女に恋焦がれたかのように、なかなか去りがたかった。

思えば東アフリカ三国でも、タンザニアの言語はスワヒリ語なのに、ウガンダは完全に英語の国になる。ケニアはその間ぐらい。なのでウガンダやケニアでは言葉が通じたのに、タンザニアでは言葉が通じないことも多くなる

スワヒリ語の看板。英語とちがってなに書いてるのか不明

そして、英語国家のウガンダのほうが、人々がジェントルだった。

ウガンダの学校にいたときも、教育のカリキュラムや制服なども、いくらかイギリス的だったと思う。

レディース&ジェントルマンの国の言葉を使ってるのだから、言語によって自然と意識も変わってくるのではないか?と思い知るのだった。

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タンザニアで旅の後半。旅に疲れた男

モシでとまっているコーヒーツリーホテルは、夜は外がうるさいのでリラックスできない。部屋の構造も廊下とかの音が丸ぎこえ、何を考えているのか。
うるさくてとにかく煮えたぐる気分だ。

さっさとガンガン走ってンカタベイのビッグブルーにもどって湖のほとりでのんびりすごしたい。もうこのタンザニアはいい。

後は南ア・ケープに戻るだけ。単車の状態や、物価の高く、危険で寒い南アのことを考えるとこれまたゆううつだ。

もう目標も少なくなってきて、単車のトラブルも多くなりつつあり、自分も車も燃えつき始めて疲れてきたのかもしれない。

 

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