2009年のブログ記事まとめ

本日8月15日、tabi1.comは新サービス開始!

https://note.mu/notes/nb6de56650b9e

広告収益にまつわるマル秘話、解禁。

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2009年に書いた過去のブログ記事を、この1か所にまとめました

帰国後あれこれ

シンガポールの事やアフリカのことを書くつもりだったが、気がつけば書くことがものすごく多すぎる、

そのうちアフリカツーリングについては自分のHPに載せます。

とりあえず、帰国後のことを書きます

7・26

今日は柏ねぶたに参加。3年連続である。しかも今日はひさびさの夏らしい天気。気分も高揚。

柏ねぶたは自分にとってねぶたファンになるきっかけとなったものだし、(柏では跳人も観客も一緒に跳ねて叫んで盛り上がれるので)青森ねぶたに行く前の前哨戦のようなものだ

思えば、2月のケニアの真夏の赤道熱帯ビーチではねぶた日記を作成して今年のねぶた参加に思いをはせていたし

今月の上旬ナミビアの荒野を走っているときは、来月はねぶただ!とヘルメットの中でラッセラーと発声練習をしていた

それだけねぶたは胸踊る祭りなのだ。日本のカーニバルである

そんな待ちわびたねぶたなので、狂ったように跳ね叫んだら、思いっきり声が枯れてしまった。

でも声が枯れるまで叫んだのは、完全爆発した証拠。大成功である。

今年はアフリカで手に入れたペンダントや腕輪を身につけ、アフリカンパワー全開で挑むのだ。

しかしこの後の二次会では、ともすけとかねごんが私の使ったアフリカのペンダントをつけたまんま帰ってしまうハプニングもあったが、跳人も観客も一緒に盛り上がる柏ねぶたは実にいい。満足の夜だった。

7・23

ケーヅデンキで持ち運び可能な外付けハードディスク320GBを買った。HD-PFU2-BKだ。

8200円ぐらいだったか

PCに入っていた写真やファイルは60GB 分だが、充分余裕がある。

以前買ったときは80GBで1万以上したけど、時代の進化は、偉い。

日本のハイテク製品は質の良いものがたくさん売っているので、帰国したらいろいろ買うぞと期待していた

それだけ旅先でこわれたりしてたってことね

7月22日

皆既日食。この日のために私は帰国をしたのである

でも曇って雨が降ってで日食もくそもない。

だけど日食の間、おぼろげながら空が夕方のように薄暗くなったのが判った

夕方からは今年初のママチャリをこいで熊谷うちわ祭りを少し見物。

この日は陰湿な天気で、次第に雨が降ってきて、人もまばらで、まるで盛り上がらなかった

日本一の暑さを売りにしている町なので、これじゃあちっとももうからないのではないか。

やはり祭りは夏らしく暑くなくてはダメだ。

(そういえば、昨日のラジオ聴いてたら天気予報では東京33度、熊谷では35度になるでしょう、と言っていた。このとき東京と熊谷の気温しか言わなかったから、この町もずいぶんと存在感が増してきたものになった)

R17の歩行者天国も9時で終わる(以前は10時だった)

しかも、うちわ祭りのオリジナルのうちわは百円出さないともらえない。

バブルのころはタダでたくさんもらえたのだが。不況なのか

7・21

8ヶ月ぶりの帰宅。

家はとくに変わってはいないけど、でも自分はまだ半分外人。

こないだまで、ちっとも落ち着かないドミトリー(相部屋)や、うるさい安宿、そして野宿と言う日々だったのでやっと落ち着く。

アフリカでは上記の他にも、強盗だのという治安の悪さに絶えず闘いながら過ごしていたので、治安がいいということは、なんともありがたいことなのだ。

ねぶた@シンガポールスリング

先日ねぶたから帰ってまいりました。

跳ねるのはもちろんのこと、ねぶたキャンプは想像を超える面白い旅人が集結して本当に楽しいです。夏に合わせて日本に帰ってきた甲斐がありました。やっぱ夏は祭りだ!

今年も私はひたすら国道を走り、バス停や道の駅で野宿しながらの青森ねぶた貧乏ツーリングでした。使った合計金額は11日間でたったの22000円!この貧乏旅スタイルは十代の頃と変わっていません

アフリカのヘタな安宿よりも、屋根付きのバス停の方が快適だったりします。日本は治安がいいし、設備が整ってキレイだからホッとするね。

12月1日より7月15日までアフリカにいて、3日間ぐらいシンガポールで過ごした後、先月20日に帰国しました。

なので今年のねぶたは半分外人状態で出動しました

そのシンガポールのブギス(Bugis)駅近くにあるショッピングセンターの中に「恵比寿星商店街」という大きな日本食レストランがあり、そこの店の前にはなんと、ねぶたが飾られているのであります

ねぶたを愛する私は、長いアフリカの旅の後に、しかもねぶたが来月ということで、この異国の地で見るねぶたに独りで興奮!

そして先日本場の青森で内山龍星氏のねぶたをみてもう一度興奮したのであります。

PSここで食べたミニラーメンとうな重のセットは、16シンガポールドルと高かったけどおいしかったよ。ぜんぜん日本と変わらん。

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竹馬で縦断か、人力車一周か

青森のねぶた祭りはやっぱり最高。

ねぶたに参加して叫んで跳ね回ってスカッとするのはもちろんだけど、

なによりねぶたキャンプ場では、日本全国、さらに世界から面白く粋のいい旅人がばんばん集まるので、これがとてもいいのだ!

その中でも、今年はさらに常識を超えるような面白い旅人がいた。

「竹馬で日本縦断」

「人力車で日本一周」

共通するのは、

二組ともアベックである

二組ともねぶたキャンプ場に行き、ねぶたに参加していたこと。

竹馬も人力車も、徒歩よりもおそい超スローな旅。

女性のほうはどちらも美人でかわいい(笑)

「なんでこんなおかしなことをやる女子がこんなにかわいいんだろう?」

とは、さまざまな旅人を取材している元世界一周チャリダーX氏の弁。

まずは、竹馬夫妻。奥さんも美人。

彼らもねぶたキャンプにも泊まっていたが、私がはじめて出会ったのは8月9日のいか焼きの村の手前3kmぐらいのところ。

単車で走っていたら、なぜか竹馬で二人が歩いているのを発見!なんじゃこりゃ!と思い、すぐUターンして彼らの前に戻りました。

話を聞いてみると、どうせ日本縦断やるなら竹馬でやってみよう!という冗談のつもりが、本当に竹馬でスタートしてしまったという。

だんなのほうは日本語の話せるオージー。なのでオーストラリアの話でもしようかと思ったが、自分は時間がなく、大変な旅をしている二人のじゃまをするのもあれなので、10分程度話しただけでお別れしてしまったのがちょっと残念かな

竹馬ブログ

http://www.savepongo-japanese.blogspot.com/

新聞記事

http://www.toonippo.co.jp/news_too/nto2009/20090814201624.asp

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人力車のほうは、奥さんはスーパーかわいかったです。

そのラブラブ度は、もううらやましいぐらいに。

夫は寛黙な反面、奥さんはよくしゃべってた。

ブログを読み進めてみると、本当に博愛的というか性善的というか、純粋なまでにポジティヴ。

だから奥さんから心から愛されるのね。

ねぶた祭りではねぶたの曳き手も体験。確かに毎日人力車曳いているしね。

日本文化と人間を愛する真性日本男児。

人力車ブログ

http://kazepro.org/

http://mixi.jp/view_community.pl?id=2627923

新聞記事

http://www.daily-tohoku.co.jp/news/2009/06/17/new09061709top.htm

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竹馬の旅も人力車の旅も、徒歩旅よりもおそいから、日本のどこかでかち合うんじゃないかと思っていたら

ついに9月26日、富山県でMIXしたそうです。よかったですねえ。

おめでとうございます。

オンボロ軽トラはMTだった

先週末、えらい古い、青いポンコツ軽トラに乗った。しかもマニュアル車!(ダイハツ・ハイゼット)

1998年(前世紀だ!)に1トントラックをなんとか運転して以来、11年ぶりのマニュアル車です。

いくら車も買えない貧乏人とはいえ、レンタカーなどで乗った車はすべてオートマですよ。

なにより、ゲーセンでドライブゲームをする時でさえ、いつもオートマを選んでいたほどだー(笑)

軽トラには相方と二人で乗ったのだが、目的地まで半分ほど着いたとき、ついに相方と運転を変わる事になった。

11年ぶりの操作で、ものすごい緊張したが、広い駐車場があったのでまずはクラッチの練習。

そして公道へ。何とか走れる。でも発信時アクセルをふかしぎみになる。しかしだんだん慣れてくると、言葉では言い表せないぐらい楽しい。オートマティックに比べれば「本当に車を操っている」という楽しさ。

たしかに、ATよりも緊張するし、クラッチを多用する左足は疲れる。エンストもする。

でも、面白い!

そしてMTはシフトミスをする。4速から5速にシフトアップしようと思ったら3速にはいってしまい、当然車体はエンブレが聞いて前のめり、エンジンは唸ってしまう

でも、面白い!

考えてみれば自分が普段乗っている単車なんて、筋金入りの正真正銘・偽りなしのMTなのだ

半クラやシフトタイミングやクラッチミートの感覚は二輪も四輪もまったく同じ。

思った以上にすぐによりを戻せ、20kmほど走るとスムーズにギアチェンジができるし、減速して最加速する時も、ベターなギアを選ぶ必要があり、その分頭を使うので脳のトレーニングにいい。

しかし、MTの欠点としてこんな事もあった。

運転していた相方が先に車を降り、後で助手席に残っていた自分も降りた途端、なんと軽トラが勝手にバックした。

彼はギアをニュートラルにしてサイドブレーキを掛け忘れていたのだ。

AT車なら、Pレンジに入れておけばサイドブレーキを忘れても勝手に動かない(というか、Pに入れないと鍵が抜けない)

そういうニッポン的過保護親切設計に慣れてしまうと、荒削りだった昔の車は、凶器にだってなる。

とっさに私は運転席に戻り、サイドブレーキを掛けてストップさせたが、もし助手席に乗っていた人が免許無い人だったら、パニックになっていただろう。

毎日長距離を運転するのならATのほうが断然楽だが、

たまに運転する分ならATよりもMTのほうが面白そうだ。

以前、うちの友人がMTの軽トラを新車で買ったとき、

「なんで玉数も少なく、しかも面倒なギア操作をしなければならないMTをわざわざ買うんだろう」と不思議に思っていた

だが、MTを運転して以来、友人がMTの軽トラを買った理由と言うのがよくわかった。

26年ぶりの再会!

先日、26年間行方不明だった曲(懐メロ)と、再会することができました

自分が小さい頃、家族でドライブに行ったとき、乗っていたダイハツの軽ワゴン車のカセットデッキからよく流れた曲で、夏の海岸をドライブしているときに相応しい、さわやかですごくいい曲だった。

それ以降、ことあるごとにこのメロディーがよく思い浮かんできた。

なのに、その歌は誰が歌っているのか全く判らなかった。

メロディーの流れから「抱きしめて 離さないでしょう」ぐらいはかろうじて推測できたが。

それでもわからないまま時は流れて、20代になってインターネットの検索ができるようになってからはいろいろ調べてみたけど「抱きしめて 離さない」ぐらいじゃ手がかりはなく、インターネットで検索してもさっぱり。

しかしさらに何年か経ったこの先日、このサイトで

http://www.uta-net.com/

http://www.uta-net.com/user/index_search/search1.html

もういちど丹念に探しまくった結果、

アーティスト名は「ハイ・ファイ・セット」

曲名は「素直になりたい」(1984.1.21)という事がついに判明!

しかしハイファイセットなんてグループ、ここで初めて知りました。いわんや今の若い人は多分知らないと思う。

だから再び日の目を見ることなく、今まで26年間わからなかったんだろうなあ

もしこの世にネットがなかったら、この懐メロに再会することはまず無かったでしょう

1984年の子供は、25年何ヶ月か経ち三十路になり、当時の両親と同年代になってしまった(大笑)

なので、今度は自分が家庭を持った気分になって、「素直になりたい」を聴きながらドライヴしてみたいね~。

では、お楽しみください。

ついにETC、げっと!

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といっても、手に入れたのはETC「カード」だけです

しかも、車もありません!

もちろん自分の単車にもETCレシーバーはまだありません。

でもね、ETCカードを作ったからといったって、この32歳のボンビーマンは、車は買いません!

そして今後も車を買うことは、まずないでしょう!

じゃあなぜ作ったんだよ、というと、3割は見栄です!(笑)

でもあとの7割、いや10割は役立つからです!

というのも、いまやほとんどのレンタカーにはETCがついているので、自分のカードを持っていれば高速1000円の世界を享受できるわけ。

作ったきっかけは、ETCカードの年会費は[無料]なので。

もし年会費に300円でもかかったら、ETCカードにはまず加入しなかったでしょう。

実際、レンタカーを借りることなんてあまりないし、さらにETCを使う機会はさらにないだろうし。

だけど備えあれば憂いなし。

車の運転は好きだけどマイカーは要らない、レンタカー志向のあふろでした~

‘00

そういえば、今年で00年代が終わるんだったっけ。今日気付きました

ってことは、あさってからは10年代なのね!

年月が過ぎるのは本当に早い。まだ00年代の半ば過ぎか後半ぐらいにもかんじるぐらいなのに。

ううむ、自分にとっては60年代とか90年代と言う表現がなじんでるので

10年代、ってのはどうもピンと来ないわい。10代みたいで。

とくに、「’00年代」なんて、実はいままでどう呼んでいいのかわからなかったんですわ!

ゼロゼロ年代とか、あるいは二千年代とか?

新聞では「ゼロ年代」と呼ぶようで、00年代の最後の最後になってやっと読み方が確定しました!(笑)

でもゼロ年代だと、「’0年代」になってしまい、なんかおかしくないだろうか。

思えば昔は(前世紀のころね)80年代とか90年代と、10年一区切りにされたけど、00年代に関しては21世紀の最初、さらには二千年代(2000~2999)の最初という意味合いが強かったせいで、10年区切りの印象が乏しかったのかもしれない。そう思いませんか?

さて、私にとっての00年代は、激動と栄光の10年でした(と自画自賛!?)

年齢的にも22~32歳なので、まさにこの10年こそ肉体的、精神的にもに自分の絶頂期だったわけです。

00年代の略歴として

00 世界一周

01 世界一周

02 日本

03 9月よりオーストラリア

04 9月までオーストラリア、12月からアジア

05 4月までアジア

06 日本(1週間だけ韓国)

07 日本

08 12月よりアフリカ

09 7月までアフリカ

この10年のうち、なんと3年4ヶ月も海外にいたことになるのよね!

自分が90年代の時は、「00年代は絶頂期になるぞ」と考えていたので

いまこうして振り返ると、やりたいこともできて満足の10年だったと思います

あと、この10年はインターネットの10年だったですね。

STK 1もそうだけど、

だからこうしてネット上で書いてるわけでありまして。

それではさらば00。

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