先日、ツイッターを見てたら、
ある興味深いツイートを見かけました
それは、いまの日本社会の縮図のような気がしたからです
外国人観光客に対する怒り
それは
どういうことかというと
2、するとアジア系らしき外国人女性観光客二人が、バイクに手を置いて記念撮影
3、それを発見し「勝手に人のバイクで記念撮影するな」と激おこツイート
というものです。
まあ、自分だってね
お調子者の外国人たちが、
今持っているVストローム250に
勝手に跨って「うぇーい」と叫んで、
「ぐいんぐいん」なんてやられたら、
そりゃあいやですよ
なぜなら調子に乗って倒されて、
ヘルメットが転げ落ちたり、ウィンカーが割られたりしたら、自分でも頭に来ますよ。
しかし!
しばらくして、よくよく考えたら、
女性観光客がちょっと手を添えて写真撮ってるぐらいで
イカりだすのは、
大人げないのでは?
と思うようになった
彼女らだって、悪気があってやってるわけじゃない
彼女らだって、憬れの国でもある日本に、お金を貯めてはるばる観光にやってきたのかもしれない。(もしかしたら社員旅行とかならば、そうでもないかもしれないが)
美しい桜に、そこに祖国では見かけないような、いいバイクが置いてあれば、
「せっかくのチャンスだから一緒に撮ってみよう」と思うのは、
ちっともおかしなことではないと思う。むしろ「人間の好奇心」として普通だ。
そこに目くじらを立てると、
結果的に自分に負の要素が跳ね返ってくるだけなので。
日本人の特色として
私自身、海外の旅や生活が長かったので、そこから日本に戻って思ったのは
自分(自分たち)で「聖域」を作り上げて
領域に踏み込まれると、
烈火のごとく攻撃的になる
という気がするんだよね
閉鎖的な価値観が合わさり合うと、
「自粛ケーサツ」みたいなのになって、
結局は自分たち自身に跳ね返って、息苦しくなっていくのでは。
このツイートのコメント欄を見ると、「文化の違いだから・・」とわかっていても、「勝手にさわるのは許せない!」「ドン引き」「許せん」「最悪だったね」という意見が圧倒的に多く、みんな相当ストレスたまってんだろうなと思う。
まあ私はこういった偏狭な人たちとは、まず友達にはなれないけどね。
そして、日本人の外国人に対する「差別意識」もどこか見え隠れするんだよな。
日本の会社は、異様な働かせ方をするのでストレスがめちゃくちゃ溜まる
↓そのかわりにお金はあるので、いいバイクや車を買う。
↓やっとこさの貴重な休日にツーリング・ドライブ
↓しかし無邪気な外国人観光客が一張羅の愛車にさわる
プギャー
という図式ね。
日本でも外国人によるバイクや車の盗難が非常に多いから、
外国人が愛車に近づくと、反射的に危機感を露呈してしまう。
でも、ここは観光地だよね。女性が手を添えてるだけだよね。
逆に自分は、ストレスフルな日本の社会に尻を向けて、
「ストレスをためない愉しい生き方をしてやる!」と意気込んでるので。
良いように解釈すれば、記念撮影されるということは、それだけ自分の愛車が認められてるという意味なのに。
なのにそういう攻撃性が、自分にはぜんぜん理解できないんだよね。
苦労して稼いで何百万円もかけて買ったバイクやオープンカー。
でも、自分にとって非常に大事で大切がゆえに
盗難にあったらどうしよう
豪雨で浸水したらどうしよう
事故にあったらどうしよう
ちょっとでも触られてキズが付いたらどうしよう
などと、いちいち恐れなくてはいけない。
心の中は不安だらけなので、せっかく愛車を買ったのに、どこか心の奥底から楽しめないというか。
もったいない、と思ってしまうね。
そもそも目立つバイクやオープンカーを観光地に置いたら、
好奇心旺盛な外国人観光客が寄ってくるのは当たり前だ。
そんなに触られるのいやなら、手放したほうがよっぽどラクなのでは?と思う
そこそこの値段のバイク車に買い替えたほうが、その分注目されないし、お金もかからないし、いたづらや盗難確率も減るし、生活も楽になるから、よっぽど気分もラクなのでは?と思う
同じ単車乗りとはいえど
そのため、私もバイク乗りとはいえ、
「愛車が生活の中心だ」
という考えは好きじゃない。最近は以上なこともあって辟易さえしている。
それは以前にも似たようなこと書いたんだけど
バイクや車なんて、どんなに安かろうが高かろうが希少価値があろうが、
ただの「物体」でしかないんだよな。
しょせん金属とプラスチックの複合物体。
物体なんぞ、しょせん死んだときに墓場に持ってけないし。
人生において大事なのは、
とどのつまり「自分自身」なのだから。
頼るべきものは、愛車ではなく、自分自身なのだ。
誇るべきものは、愛車よりも自分自身でないといけない。
そう考えれば、
ちょっと触れて記念写真撮られたぐらいで、激おこにはならないと思う。
自分もバイク乗りとはいえ、旅先で出会う、いやにお金かけてそうなライダーたちとは、無意識のうちに距離を置いてしまうのは、そういう事なんだと気づいた
日本独自の、聖域と排他性。他者に対する厳しさ。そして不寛容さ。
インドやアジアなど世界にどっぷり浸かった自分にとって、日本のツーリングがどこか100%楽しめない理由の本質の一つがそこにある気がした。
「おたがいさま」という概念 では逆の立場で考えると?
とはいえ、
日本にいる外国人のマナーの悪さや無作法を見て、頭にきて、
「国に帰れ!」と思うのは、
正直言って、誰もが思ったりすると思う。
自分ですらいろいろ思うぐらいだしね。
自分自身、世界で揉めてしまったり、歯向かったり抵抗したことは数知れず。
ただ、
彼ら外国人の「それはおたがいさまだから」という言い分があるように
逆にわれわれ日本人が一歩海外に出れば、無意識のうちに、相当迷惑かけてたりしてるよ。
これまで自分がしてきた旅でも、
日本ではごく普通なことだと思っても、
現地の人から見れば
我ながら散々迷惑をかけまくってきたな、と思うことがいっぱいあるからだ。
そもそも、海外でもっとひどい傍若無人なくそみたいな日本人なんて、
うんざりする程見てきたし。
まとめ 文化の違いで起こるあつれき
世界帰りの私にとっても、日本に来る外国人と文化の違いというのは、マナーや習慣の問題もあって、国際交流というキレイゴトだけですまされない、難しい問題だと認識している。
文化の違う人間に対して、人によっては向き不向きあるから、別に無理して国際親善しろという気はないし、無理して外国人と仲良くなる必要もない。
だけど、結論を言うと
もうすこし相手に対しておおらかになったほうが、
結果的には自分にとってもいいのにと、本当に思う
さっきのコメント欄について「勝手にさわるのは許せない!」という意見が圧倒的に多い中でも、ある熟年の方のコメントは・・
「トイレ行ってる間に中国人に勝手に跨って写真撮られてました(笑)
逆に素晴らしいと思ったよ」
そんな円熟したおおらかな気持ちに至れば、
あっぱれですな。