マラウイ再入国 山奥の天空の町リビングストニアと、謎の東洋人

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その山の奥に向かった先には、どこか現実離れした不思議な世界がありました。

ということで、東アフリカ編を終えて、行きのときと同じルートを通って、2009年4月11日にタンザニアからマラウイに戻ってきました。

タンザニアマラウイ国境を行き来する人々

マラウイ入国

特に問題なく、1時間ほどで出入国手続きを終える。ただ強制保険に加入することができなかったので捕まると心配。

東アフリカから東南アフリカ圏に入ったので、1時間の時差がある

スワヒリ語のタンザニアから、マラウイに戻ると、看板はほとんど英語になるので、再び判りやすくなった。

最も、タンザニアの場合はスワヒリ語がメインで英語がサブだったが(と言ってもビジネスでは英語を使う。そこはケニアと同じ)

逆にマラウイでは英語が主要言語で、現地語のチェワ語がサブになる。

それにしても食事代などが高くなった。タンザニアに比べるとさらに貧しいので物資も乏しい気がする。

2009年なので動画が荒くて恐縮。怒りの大八車は、おっかねえ。こんな派手なパフォーマンスは、私のためにサービスしてくれたのかも。

マラウイ最北の町、カロンガに到着

19時(タンザニア時間で20時)に、RestHouse(安宿)に泊まる。

サッカーを見る人々。酒臭い。

今日のマラウイ初の夕食。

Beef&Riceは、あれだけ毎日食べてたタンザニアの国民食・ワリニャマと同じ料理。ただし300kw(205円)とタンザニアより高い。Straight Tea(タンザニアやインドで言うチャイ)は26円と、これもタンザニアより高かった。

部屋は一泊325円という安さの割に、まずまずのきれいさ。

21時半(タンザニア時間で22時半)に寝る。

4月12日

6時半(タンザニア時間7時半)に起床。

ムスリムの多いタンザニアと比べてこの町は酔っ払いが多くて雰囲気悪し。朝からうるせえので原辰徳。タンザニアではとにかくうるささに参ってたが、やはりここもアフリカだ。

タンザニアのガソリンスタンドで400円で買ったオイル(Total Quartz 20W-50 1L)で、オイル交換。そしてチェーンを張った

出発前の部屋。扉に書かれた部屋番号の9という字が怖い。日本の民宿じゃ出せないホラーセンス。

8:50出発。そのまえに街の食堂で朝食。Pap’n Beef 195円 菜っ葉の煮物45円 このボタモチみたいなパップはひさびさである。東アフリカ圏から南アフリカ圏に戻った証だ。

そういえばタンザニアからマラウイに入国すると、レベルがかなり変わってしまった。まるで昔の中国みたいにバイクは少なく自転車だらけ。だが、東アフリカ3国同士だと、国境超えてもほとんど同じようなもんだった。

マラウイ湖がおまちかね

眺めが非常に良く、ほとんど車も少なく、北海道よりも最高かもしれない。

目的地・ムズズまで140㎞

途中の村

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マラウイの隠れ里 リビングストニア

すばらしい湖沿いの国道から、いったん方角を西に変えて、湖とは反対側の山側にあるリビングストニアの村に行くことに。

探検家リビングストン一行がマラリアを逃れて高所に逃げ延びた場所である。その後山奥にかかわらず、町として発展していった。

この入り口から山に向けて15㎞登るとリビングストニアにたどり着く。

しかし村人たちは15㎞もの距離を歩いて行き来するのだろうか?子どものころ、田舎の里帰りで祖母たちと未舗装の道を歩いた、あの夏休みの日を思い出してしまう。

林道のような道。

中腹から見たマラウイ湖。対岸はモザンビークだ

と思ったら、中腹の村に到着。まだまだずっと先。

さらに登ると、

さすがに歩いてる人はほとんどいない。そして

雲よりも高いマラウイ湖の眺めは、天空の城のような気分!

そして林道を上りきると、高原状ののっぺりとした広間に出る。やっとリビングストニア!

湖岸から1時間半かけて到着。マラウイ湖岸は標高465mで、リビングストニアは標高1285m。実際のトリップメーターは20㎞も進んだ。

宣教団による入植した高原の町とあってか、きっと大正時代あたりの軽井沢もこんな趣だったかもしれない。

この町に生活感はあまりなく、学園研究都市と言ったところ。そのため山奥にかかわらず、身なりのきちんとした人が多かった。

こうしてリビングストニアの後は、来た道を戻り、山を下りて、マラウイ湖岸の入り口に戻った

そしてふたたび国道を進み、ムズズへと向かう。

マラウイに来ると、日本のJICAなどの看板をよく見かけるようになる

この看板は、日本の協力によるマラウイ僻地の医療向上プロジェクトで、産婦人科病院の建設。

日本の政府と「人々」より、と描かれてるのが、日本人としてうれしい。

日本で我々が納めている税金が、こういう場所で活用されてるのを知るべきだと思った。

本日の行程

9:56 0km カロンガ出発

12:26 106km リビングストン入り口

14:02 126km リビングストンの町

15:25 143km リビングストン入り口

17:38 233km Rumphi

18:01 242km  JCT

19:01 300km   ムズズ

こうして夜7時に北部州都ムズズに到着したのだった。

マラウイ北部の州都で中心都市ムズズ

は、体がかゆくなるような地名の小さな町です。

ムズズに到着した夜、マーケットから少し登った所にあるCCAP(しーしーえーぴー)というアフリカの長老派教会が運営するゲストハウスに泊まる。

前回来た時よりも気温が低く、20度しかなく寒い。アフリカと言え確実に冬が近づいている。その分天気は前回より良い。

https://tabi1.com/malawi-mzuzu-karonga

ツインルーム617円。雰囲気はいい。

朝食

神も怪しむ交際疑惑?

ここでは、慈善奉仕活動しているであろう、若くきれいな白人女子らも泊まっていた。

が、実態はというと、夜は少しうるさかった。

というのも、これまでのYWCAなどのキリスト教会系の宿泊施設とちがい、聖なる雰囲気や禁欲的な雰囲気がなく、ぶっちゃけ男女の仲がどーも怪しいのである。

そりゃあ、DJ風の若い現地の黒人たちと、若い美人白人たちが一緒の屋根の下にいれば、ね。

ま、この教会で結婚式をあげれ効率いいし、どうぞ日本人に代わって出生率をあげてください。

21:40、眠いしまわりが騒がしいので寝る。早寝早起き。

4月13日

7時起床。室温20℃。寒いと思ってたら標高1180mと思ったより標高が高かった。

この町ムズズでやるべきミッションは3つ。

現地通貨クワッチャへの両替

保険加入(マラウイの自賠責保険)

チェーン交換

まずは、現地のお金がないことには始まらないので、この町で両替したくてもできず困っていたら、通りにいた現地の少年が「両替できる人を呼んでくるよ!」といってきた

そしてしばらく待って、少年が連れてきたのは、日本人か?

とおもったら、中国人だった

スリルあふれる両替

といってもアメリカ人のようなワイルドなファッションなので、中国人らしからぬ格好だった。

そして意外なことにかなり英語が話せる。珍しいことに華僑社会のなかでも一匹狼のような雰囲気。

その男は小さな商店を経営しており、彼の四駆(トヨタ・ランドクルーザー)で事務所へ向かう。

事務所でお金を取り、二人して車に乗り、別の場所に行き、その車内のなかで両替するという念の入れよう。

男にドル札を差し出すと、男は本札であるかをじっくり確認し、200ドルの両替で33500クワチャ分の札束(500クワ67枚)と交換した。

わざわざ車の中で取引するあたり、まさしく闇両替にふさわしいシーンで、まるでチャイニーズマフィアのやりとりだが、これからバカンスするンカタベイの町では両替屋は皆無(商店とかでできてもレート悪い)なので、ここで多めに両替して正解だった。お互い納得のいくレートだし。

アフリカの中国人の実態

スリル溢れる両替を無事に終え、彼の店(中国雑貨店)に戻ると、妻と子供とひとりの黒人ローカル店員がいた。

店内には食べかけの炊飯器が見えたから、雑貨のみならず食料品までも全て中国から持ってきているのだ。

あふれんばかりの中国製品をアフリカで売りさばくために来ているから当然なんだけど、世界のどこに居ても中国製品で囲まれて生活できる。恐るべき中国流入植者。

そこで疑問なのが、

店内は駄菓子屋程度の広さで、中国の日用品が売られているとても質素な店内だったが、この最貧国でなぜ男は、高級車ランクルに乗ってるのか?

マラウイでちょこちょこ雑貨を売ったところで、どう考えても商店の売り上げでいきなりランクルなんて買えるわけもない。

となると、

きっと彼は、雑貨屋は表の顔で、裏の顔として母国との赤いつながりや黒い人脈、裏稼業で儲けてるのかもしれない。

でも、現地の少年に連れられてくるぐらいだから、現地の人と何らかの信頼と実績があるということなのだろう。

マラウィ流自賠責保険に加入

その後、街の保険代理店 Nico General Insuranceで単車の強制保険に加入。

週末だったのでこれまで買うことができなかった。代理店で買うため、行きの時に加入したときよりは安かったが、最低1か月が2020KW(1300円)と安くない。

それでも国境の代理店でぼったくられるよりはマシである。

結論から言えば、どうせマラウイに戻るのだから、初めてマラウイに入国した時に半年分ぐらいの期間で加入しとけばよかった。

金額的にはひと月でも半年でもたぶん同じぐらいだろうし、そしたら戻った時にいちいち新しい保険を買うことなく、そのまま使うことができたからだ。

北端の国境からムズズまでは無保険だったので、もし捕まったりしたら罰金など厄介な目に会ってたろうし。

それにしてもムズズの不動産は安い。3部屋で高くて150万円、安くて25万円ぐらい

マラウィ流チェーン交換の仕方

そして、町外れの掘っ立て小屋の単車修理屋でチェーンも交換してもらう。日本メーカーの修理も承ると書いてあるが・・

タガネか何かでチェーンのピンを外し、チェーンを外す。そしてナイロビで買っておいた新しいチェーンに交換。工賃は130円。


Oリングチェーンなんて売ってないが、よくよく考えたら普通のチェーンは安いし、交換も簡単で工賃も安いので、そんなに苦はならない。

両替、保険、チェーン交換。このみっつをムズズの町でやっておきたかったが、案外目標が達成できたのでとてもすっきりした。

昼食はムシカキ(牛炭火焼)は65円、バナナ6円。6円のキャッサバは安いだけあって苦いし砂交じりだった。

ムズズからマラウイ湖畔の町・ンカタベイまでは50kmなのだが、中途半端に時間があるおかげで、走っては止まって写真を撮る。

看板や道に落ちているゴミなど、本当にくだらない写真ばかり撮っている。

そんな自分のアホさかげんにいやになってくるのであった

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