ミャンマータチレク情報 3 ご町内探訪・謎のコンビニとタイ再入国

国境の町は両国入り混じった独特のクセと、醸し出る面白さがあるので、ミャンマータチレク2日目も町内探訪してネタを掘り下げていきます。

3月31日 9時半起床 室温27度。

ホテルの部屋でネットをしながらテレビを見る。タイとミャンマーと中国のチャンネルが見れる。ミャンマーの番組を見るとドラマをやってたが、バンド演奏したり恋愛したりのような、昔の青春ドラマのようなものをやっていた。国政も不安だらけのミャンマーだが、それなりの自由はあるみたいだ。

正午前にリバーサイドホテルをチェックアウトして、ホテルのレセプションで荷物を夕方まで預けてもらう。

そのあと自転車で国境橋前に行くと、英語の話せるインド人ふうのおばちゃんの天ぷら露店を発見。

揚げ物多国籍軍。かき揚と春巻、サモサ3個でそれぞれ10.川原にもって行き、隣国タイを見ながら食す

かき揚は日本のかき揚げそのものだし、春巻きはビーフンが入った中華風だし、とくにマサラ味の効いたじゃがいもの入ったサモサの味こそが、インドに帰った気分になった。

思えば、タチレクはネパールを思い出す。
メーサイからタチレクに来たときは、インドからネパールに来た時に似ている
見慣れない文字。人々の顔立ち。インドほどじゃないけどクラクションにあふれる道。背後に迫る山。中国語の少し混じった街並み。それらがネパールによく似ているのである

タチレクのミャンマー人。タイ人と比べて浅黒く、ミャンマー人という顔付をしている。

国境橋付近のロータリーは一気にビルマ語

すいちょくゲートから、宙を舞うポリタンク

日本から直輸入された軽トラは「ヤンゴン」と書かれたまま

ミャンマー・タチレクは右側通行なのに、タイに近いのか走ってる車は右ハンドルのままの日本の中古車がほとんどだった。

街の便器売り。遠目から見ると飴玉みたいでおいしそう。

タイじゃあまり見かけないけどインドやミャンマーで見かけるもの。それがロードサイドのテイラー

ミャンマーの販売許可標示。色合いやビルマ文字が完全に宇宙的で、異様にそそる一枚。



謎のコンビニ発見

7 GOLD?なんですかこの店は?

そして別の店に行くと、今度は7 SHESIN ?

7はついてるけど、妙な名前である

どうみてもこれらは7-11のパクリのように見えるけど、じつはこれらの店、ちゃんとタイの711の商品を販売しています。

ただしタイよりも2~3割ぐらい割高で販売。(タイでは6バーツのパンがここでは7バーツ、など)

店内は、個人商店をコンビニっぽくしたような雰囲気。だけどタイとちがって統一のユニフォームではないので、店員のひとりのねえちゃんが、店員なのにショートパンツ姿。なまめかしかったぞ。

市場に戻ると、ヨーグルト売りがいたが

これもまたローカルなインドっぽいので、「これはラッシーか?」と聞くと、「ラッシーではない。ダヒーのようなものだ」といっていた

ミャンマー出国・タイ再入国

あれこれ散策してるうちにあっという間に日がくれた。国境は何時まで開いているのかとイミグレに行って確認すると、夜8時までという。タイとミャンマーは30分の時差がある。とはいえ自分のPCや腕時計はめんどくさいのでタイ時間にしたままだけど。タイ側は、タイ時間夜9時になると完全に閉まる。

どっちにせよ、暗くなったら市場も閉まるし、夜は治安の面もあるのですみやかにタイに戻ったほうがいい。

18時ごろ、リバーサイドホテルで預けた荷物を引き取る。ホテルから国境橋へは割と近い。

ミャンマー出国

入国許可証を返却すると、出国スタンプの押されたパスポートを返してくれた。わいろなどの要求もないし、スムーズで問題なし。

タイ再入国

入国カードに記入して、タイに再入国。30日ビザゲット。

5年前の時は15日のみだった代わりに、何度もビザランができたが、今年の場合は30日ビザの代わりに、ビザランは暦年(今年なら18年の元旦から大みそかまで)で2回まで。

自分の場合、再入国日が3月31日なので、4月29日までタイにいることができる。

税関では荷物をX線検査されるのだが、同時に身体検査をさせられた、腰のあたりにお金を入れていたので、腰をまさぐられた際に「これは何?」といわれ、マネーベルトだと答えると、開けよといわれる

バーツやドルや日本円が入ったマネーベルトの中身を見せる。これが国によっては「ニセ札検査」と称してちょろまかしたりするので、一番緊張する。

とくにいじられることなく、お金をさっと見て終わり。それどころか「いやいや調べさせてもらって申し訳ない。ご協力ありがとう」と、イミグレのおっちゃんはやさしかった。

タイに戻ってもリバーサイド

こうして無事にタイに再入国できてメーサイに戻ったわけだが、感想としてはとにかくほっとした気分。ミャンマーは非法治国家なので、もしカード類や許可証などの盗難や紛失などのトラブルに巻き込まれた場合となると、タチレクしか行動できないから厄介だからだ。タイ側ならシステムも整ってるし、チェンマイに領事館があるが、タチレクだと管轄がヤンゴンの日本大使館だし。

タイに戻ると、バックツーザヒューチャー。どこか現代に戻った気がする。そして一気に食べ物のバリエーションが豊かになった。コンビニは種類も豊富だし。ミャンマーは数が乏しかった。

ミャンマーにはなかった、いか焼きなどの海鮮屋台もある。タイの海から1000㎞離れているのに。

ヘルメットなどを預けてもらったリバーサイドリゾートに戻り、そこに泊まろうとすると何と満室。

そこで、前回満室だったメーサイゲストハウスに行くと、逆にやっと泊ることができた。

一泊400Bで、以前泊った一番安いバスルームなしのバンガローは、もう老朽化でつぶれかかってた。そのためバスルーム付きのバンガローしかないが、交渉すると一番ぼろいバンガローなら安く泊まることができた。昨夜同様、バンガロー越しに本日お世話になったミャンマーが見える

1998年のレポートより

今夜はメーサイゲストハウスという150バーツの宿に泊まったが、部屋はバンガローになっていて、部屋の窓を開けると、目の前には異国ミャンマーが川を挟んで見える。しかも目の前だ。ウヲー!喜びと感激のあまりまた発作が起きた。

目の前の異国を見ながら素朴で南国風バンガローで寝るというのは島国日本では絶対不可能な話で、日本人の私にとって、一泊500円そこそこの素晴らしい宿を知らないなんて、世の中みんな不幸な人は多いと思った。ただ、ミャンマー側からの民家から聞こえてくる大音量のミュージックが気になったが。

翌日のレポート:

国境に戻り、川をながめる。川で体を洗ったり、漁をする人々。国境というイメージはまるでない。泳いで対岸に行くぐらいだからなおさらだ。

タイに再入国。無事に戻れた。夜はコンビニでしこたま買い込む。安い。日本のコンビニはとても高いので利用しないが、タイにはいたるところにあるから便利だ。

バンガローに戻り、ベランダでミャンマーを見ながら飲み食いする。今日行ったミャンマーのことや今までの人生のこと、これからの生きざまに思いを馳せるが、この時の自分はなんて幸せなんだろう。ここまで来られてとにかくうれしいのだ。

初めてのタイでは牛のように興奮していたが、メーサイGHにはもう何度も泊ってるので、帰ってきた気分。

そのあとバイクでアメリカのような近代的スーパー・テスコロータスに行く。さっきまでミャンマーにいたのに、キレイでピカピカの店内を見ると、現代に戻ったような錯覚を受ける。これも国境の旅の醍醐味だ。そのためあってかミャンマーナンバーのバイクや乗り合いトラックがよく来ている。

閉店が9時だが、8時55分に来てしまった 文字通りの閉店間際なので、割引食材を探すもほとんど売り切れ。しかし唯一売ってたのがカオニャオやブラウンライス。一袋12バーツのブラウンライスがなんと1バーツや1.5バーツで売っていた。2つもいらないかなと思ったが、タダみたいな値段だし、投げ売り処分品の有効活用にもなるので、全部買っておく。

おかずは売ってなかったので、国境前の屋台で買おうにも、大方の店が閉まっていた。屋台の点心があった。かにかま巻はいまいちだったが、焼売はうまかった。

24時の気温 24度
朝 チョコパン5 ココナッツバー6(タイでは5バーツ)
昼 かき揚げ、コーン天、サモサ、春巻 30 ヨーグルトダヒー
夜 ブラウンライス2.5 屋台の点心(焼売20 かにかま巻20)手羽先串 5×3

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