40歳ニート、タイに行く。

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日本脱出の日がどんどん迫ってきました。

そこで私たびいち、吹っ切れることにしました。

黄金のニート、

輝くニート、

青春ニート、

不屈の燃えるニートだっていいじゃないか。

40歳のニートがタイ・インドシナに行ったからと言って、

そこに何が待ってくれてるわけでもない。

しかし、何かが待っている。


なぜタイに行くのか 2月8日

たびいちです。旅のウェブサイトを作っておきながら、これまで旅をしてませんでした。

しかし、旅のウェブサイトを立ち上げたからには、金と時間がなくても、旅をしなければならない。

もしお金と時間があれば、いまごろ常夏のタイなどを旅していたところです・・が

ついに念願がかないました!

そこで!ついにやります!
いよいよやります!

旅のテーマは

ちょうど2年前は、たびいちドットコム旗揚げ記念として、青春18きっぷの旅

「目指すは青函トンネル!極寒と試練の青春野宿貧乏旅行!」

東北・函館・18きっぷの旅 1・2 装備編
たびいちです。旅のウェブサイトを作っておきながら、これまであまり旅らしいことを書いてませんでした。 もしお金と時間があれば、...

をお送りしましたが

第2弾は、

舞台が変わって念願の、そしてひさしぶりの常夏のタイ!

「20年前を思い出せ!灼熱のタイ・青春20きっぷ・めざすはノマドワーカー!?」

と、わけのわからんテーマですが、なぜまた青春なのかを書きます

初めてのタイから、20年。

私が初めてタイに行ったのは、いまから20年前の1998年2月から3月の1か月間。20歳の時。

20年前の20歳の時だから、記念すべき「20&20」なのです。

おもえば、98年ごろはユーラシア横断や深夜特急など、テレビの影響もあってか、バックパッカーなどで旅に出るのがブームだった気がする。

98年2月当時のタイは、アジア通貨危機直後のためもあってか、とても物価が安かった。人も良く、旅もしやすく、とにかく何でもかんでも安かったので、楽園のように感じられたため、日本にいるのがあまりに莫迦らしくなり、こうしてタイにはまり、そして世界に目を向ける決定打となったのでした。

それ以降、何度もタイに行き、訪タイは今回で9回目になる。

しかもタイの周辺国を含めると、合計で1年以上タイやインドシナにいました。といっても、外こもりもかねてるので、自慢なようで自慢にならないんですがね。

20年前のタイの旅が、より刺激的だった理由

20歳の時の旅は完全アナログの旅。当然ネットもなかった。

当時からネットもあったことはあったが、まだ一部の人しか使わず、速度も激遅で、いまとは比べ物にならにぐらい難しく不便で、まだ実用的ではなかった。

とうぜんストリートビュウなんかもなく、タイへの情報を仕入れるとしたら、書店や図書館にあるガイドブックや、情報本や紀行書ぐらい。

なので情報は、紙面に書いてある文字や写真だけがすべてだった。だからこそ、未知の世界だからこそ情報に踊らされることなく、より楽しめた。

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で、タイではどんな旅をするの?

今回の旅の目的のひとつは、20年前と同じことをする。

とはいえ、この20年でタイは発展し、物価も高くなり、ついにタイでも新幹線が作られるような時代となった。

そこで20年前の道をたどり、どう変わっていったかをリポートしたい。20年前のタイと、今のタイを比較する。変わるタイと、変わらぬタイを。

でも、アナログ旅だった20年前と同じことをするだけじゃ能がないので、それプラスどこまでノマドワークできるか、パソコン片手にブロガーとして、できるだけリアルタイムで実況をすることです

いつ行くのか、期間は?

ということで、ほんとならとっとと寒い日本を抜け出して2月には行きたかったが、チケットや前職の都合で3月1日になりました。

タイやその周辺国を含めるので、旅の期間は3か月弱を目途にしてますが、状況によってはさらに長くなるかもしれません。

そして・・なぜタイに行くことになったのか

突然決まったタイ行きですが、実をいうとこないだまでは、べつにタイに行こうとは思ってませんでした

でもなぜ行くのかというと、その理由はズバリ、




ここでは仕事のことは一切書いてこなかったけど、晴れて自由の身にされてしまいました。

若いころは、人より不器用なため職場でもうまくいかないことが多く、職を転々とせざるを得なくなり、おかげですっかりひねくれてしまい、仕事が嫌いだった。

しかしそこの会社は、給料もけっこう良かったし、仕事は大変だけどやりがいもあって仲間にも恵まれたため、そこでずっと長く、何年でも働きつづけたかったぐらいだ。

とはいえ、人生うまくいかないのが、世の習い!

そのため思いもよらぬ戦力外通告されたときは、お先真っ暗でほんとうにハラがたってしょうがなかったが、自分の席がない以上、もうしょうがない。

とはいえもちろん正社員じゃなかったので、このようにいつふたたび「自由人」にされるかわからないので、今後の生活を考えて、仕事の後に遊んだり飲み会とかにも行かず、堅実に超めちゃくちゃ節約したおかげで、そのぶんお金もたくさんためることができたので、今回の運びとなりました。

もちろん、いまのたびいちドットコムの収益だけではまだ生活できないので、いずれはまた仕事を探すにせよ、はやくたびいちドットコムで生活できるようにしなくてはと、真剣に考えるようになった。

となれば、当サイトは旅のサイトなので、新鮮なネタを増やすためにも、3月よりタイに行ってきます。

常識に尻を向けろ

40歳が失業して無職・ニートになると、当然世間からは

「いい年こいてニート?」「早く次の仕事探せ」「身をかためろ」

なんて思われるでしょう

とくに日本だと、ニートは日の目を見てはいけないような風潮である。

そして「ニートのくせに出しゃばるな」と言う者も出てくるだろう。

しかし、私の場合はサイトを運営している以上、「無職だニートだ」という後ろめたさがあると、その心の引っ掛かりがどうしても出てしまい、たびいちドットコムがつまらなくなってしまうだろう。

だったら、

自分がニートであることをむしろあざけって、

「ビバ!ニート!」

と強引に豪快に笑い飛ばしたほうがええのねん!

南国の日差しを浴びる、暑いニート。汗まみれのニート。砂埃まみれのニート。

そんな南国のワクワクトロピカルニートをめざすのだ!

そういえば、体重が2kgも増えてしまった

前の職場の時は、女子社員も多かったので身なりや体型維持に努めていたが、ニートの現在はデブデブ進行中。

でもまったく気にしとらんよ。

タイに行けば、無駄な出費はしないため、タクシーに乗らず、現地の安いバスや列車、そして歩き回るから、体重はあっという間に元どおりにやせるだろう。

暗すぎる過去をのりこえつつも

私が子供のころの1980年代は、将来はサラリーマンになるのが当然だと思ってた。サラリーマンで終身雇用で定年まで働くのが当然と思ってた。

そして、定年退職してから、やっと悠々自適に好きなことができるという、今思うともったいない生き方だと思う。還暦すぎると身体能力が衰えるわけだし。お金を使いきれぬうちに死ぬのはもったいない。

しかし、90年代後半から不景気が本格化・確実化し、雇用の仕方や終身雇用のシステム自体が打ち砕かれて、自分もその波に見事に呑まれたのだった。

若いころは氷河期世代のどん底だったのでロクに仕事が見つからず、今でいうコミュ障(?)だったこともあって、見つけた最底辺の就業先でいやな目や大変な目にたくさん会い、職を転々としてきた。

だったら、世の中や社会は信頼できないとなれば、力いっぱい好き放題生きてやるしかない。見返してやりたい。

あの時にしいたげられた強烈な憎しみと怒りと屈辱が、125㏄バイクで世界一周をするための爆発的な原動力になったのだけど。

成功者からのダメ出し

しかし、何もかも憎んでは、結局己に跳ね返るだけ。

役に立つことを与えないと、人はついてこない!!ということがわかった。

どうやって生きていくか、稼いでいくか、そして成り上っていくか、など考えながら、気が付けば40歳になったわけです。

そいでこないだ、三井昌志さんからメールをしてたときに、いろいろダメ出しされました
こんな人です

なぜなら、みついさんは超一流の写真家ですからね。旅で家族を養ってる人ですよ。そんな方からアドバイスをもらって生かさないのはもったいないです。


試練の旅?

なので、旅で生きれるようにするためにも、タイの旅では、これまでとは違った一面を見せていきます。

タイの旅は、たびいちドットコム初の現地更新でもあるため、たびいちドットコムにとって試金石。

つまり、今後の私の人生は、当サイトの人気にかかってるといっても過言ではないのです。今回の旅と現地更新によって、どこまで読者を増やせるかで、けっこう緊張してます。

どんなように吹っ切れるかは、現地からの更新にてご期待ください!!

注:ニートには、Neatという意味もあります。

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