ウガンダの首都カンパラで、日本の青年海外協力隊員に会う

東アフリカ
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海外で活躍する青年海外協力隊。そんな隊員たちとの出会いのきっかけは、まさに街角での突然の偶然だったのです。

 

3月5日

7時ごろ目覚めたら、緯度の都合でまだ暗く、変な空だった。再度寝て9時起床。

今日、トゲを踏んだようだ。トゲを抜こうにもトゲが抜けず、拾ってきたボルトを踏んで、針で穴を開けてまた踏んで、やっとこさピンセットでつまんだ。

ピンの先を見ると、さとうきびの繊維のようなものがくっついていた。こんなのが刺さるなんて。でもトゲが他にも足の中に残っていそうで不安?

朝食は ビスケット13g 右の黄色いビスケットには力士がいるが、

この相撲取りは、いわずと知れた貴乃花親方である。

このときは横綱時代で、サンタフェの宮沢りえと破局した頃だろうか。って大きなお世話か。

 

午前中は肌着と寝間着を洗濯。13時ごろ、PC編集終わる。肌着も乾いている。夜はズボンも洗濯した。このホテルにさらにもう一泊することに決定。

昼食は ウガンダのローカルフード 192円

チキンと、真ん中の皿は時計回りにライス、マトケ、ウガリ、菜っ葉、イモという炭水化物のオンパレード。例によっておかずのわりに多くてくえないので、残りは持ち帰った

つづいて、別の店に行き

ヌードル192円。味がうすく、そんなにおいしくなかった。でも全部食う。

東アフリカではこんな携帯が主流のようだ(2009年)。音楽プレーヤーも兼ねてる機種

 

飛び入りで海外協力隊員の宴に参加

夜、市場の中にある中華料理店の前を通ったら、日本人のグループがいた。

 

しかし彼らとは面識もないので、そのまま通り過ぎる。

すると、黒人の店員が駆け寄ってきて、わざわざ私を呼びとめた。

「君も一緒に混じれ」と。

ようするに店員が「まあ、同じ日本人なんだからみんなと一緒に話していきなされ」というシンプルなアフリカ人的配慮で勝手に呼んだのだろう、

とはいえ日本人同士とはいえ、お互いいきなり見ず知らずの全く何のアポイントのない人間同士なので、席に着くなり、自分も相手もおたがい恐縮していた。

話を伺うと、やはりJICAの協力隊員だった。しかし自分は協力隊員に興味があったので話を伺うにはちょうどいい機会である。

そのテーブルには十二人ぐらいで、日本隊員とローカルスタッフが半半ほど。日本隊員は女性が多く(教育や芸術関係担当)、そのあと男子隊員が二人ほどやってきた

居酒屋の打ち上げみたいな雰囲気だけど、ここでは酒も煙草も無い食事会という感じで、リラックスした雰囲気ながらもみんなまじめな感じが良い。こういう飲食のさいは、お金のある日本隊員側がおごる事になっている。

おいしくない焼きそば、炒飯、おいしくないヌードルスープなどが次々と出てくる。

協力隊員の待遇や給料、アフリカの日々、ローカルスタッフとのつきあい、赴任前の話など、旅行者とは違った話がいろいろ聞けて、とても楽しく有意義なひと時だった。

しかし野球を通じて村落開発を担当している男性隊員に
「自分も帰国後の進路のひとつとして、JICAを考えてます」といったら

「でもそういう考えでは、現地に来ても長続きするかはわからないですよ。」

とみたいなことを言われてしまった。

う~む。やはり、彼は貧しい人や国のために本気で尽くしたい、文化的にも豊かな国になって欲しい、と願って活動している人なので、そんな真摯な態度に対し、海外のロングステイ気分の生半可な考えでは、ね。

赴任期間は2年だし、協調性を要する団体生活が続くので、途中でイヤになったからってやめるわけにはいかない。きっと彼もそういう挫折したり絶望した同期をたくさん見てきたのだろう。

彼の言葉の厳しさは、自分の心に足のトゲのように刺さったのだった

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バックパッカーと協力隊員の微妙な距離

そういえば、アフリカの旅の道中では、アフリカの街中で日本人の協力隊員とばったり見かけることがたびたびあった。

しかし、女性隊員側はバックパッカーなどの旅行者に対して距離を置いてるように感じた。
(といってもナイロビのケニアロッジで出会った旅人は、元隊員が2人(男)もいたけど)

単車で旅をしていた私の場合は、目的意識があったせいもあってそんなにでもなかったが、バックパッカーに対しての視線、なかにはヤクをやりまくってるダメ旅行者もいるとなるとなると。

彼の地で真剣に頑張っている隊員に対し、同じ日本人としてあまりにも質と考えが違う上に、そういうダメ旅行者のせいで日本人に対して現地の人からの白い目で見られて評価が落ちるとなると、仕方がないかもしれない。

夕食はやきそば192円など。のち、ホテルの部屋でいつもの焼肉串4本と昼の食べ残したマトケやウガリだった

現在のアフリカでは、援助と開発いう名の新植民地化が進む中でも、日本の協力隊はこれからも地道に活躍してほしいものだと思いました。

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