世界一周08-1 トルコ編 これより近代的な国へ。

●セクシイ冒険ライダー
●暗黒峠と色のない風景
●タイムスリップ
●洞窟大好き
●飛んでイスタンブール

概要:
ヨーロッパに入ると、物価が高くなるので、毎日野宿となる。
レストランにも入れなくなるので、食事は全て自炊となった。
ただ、トルコから先の欧州では、日本のようにショッピングセンターが
あるので、主婦顔負けにスーパーで買い物すれば、清潔で自分の欲しい
食料が手に入る。(★印は新通貨がユーロに変わる国)

トルコ
通貨 10000リラ=1.74円 (2000年6月) ・ガソリン 100円
・宿 520円から ・キャンプ場 174円から

・トルコのフランスパン(うますぎる) 13円
・シーチキン缶 123円  ・きゅうり1本 4円
(以上の材料で、ツナQサンドを自作。うまいパンと絶妙の味わい。トルコでは主に
これを食した)
・イスタンブールの食堂でチキン(104円)とライス(52円) ・ケバブサンド
52円
・ミディエ(ムール貝)串フライ 34円
・イスタンブール名物、さばフライサンド  87円    ・牛乳500ml 42円

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セクシイ冒険ライダー

アジアンワールドを後にして、いよいよトルコそしてヨーロッパだ・・・

07-12

イランの出国手続きを終えたそのとき、予備タイヤを積んだ重装備の二台のオートバイを発見。スズキDR350とDR250のバイクだが、二台とも自分のジェベル125の兄分になる。

その持ち主は、ドイツのフランクフルトからきたカップルだった。二人はドイツを出発し、中央アジアなどを回ると言う。

それにしても気になったのが、彼女のほうだった。トルコ風に頭にスカーフを巻いているのはいいが、モトクロスパンツにTシャツという姿で、しかも豊満なオパーイがつきだしていた。今までずっと禁欲ゾーンにいたので、鼻血が出そうなぐらいにむらむらしてきた。

それと同時に、このままイランに入ると彼女はどうなるのか人事ながら心配になってきた。あの韓国女性のパックでさえ注文つけられたのだから、このままで入ったらイラン男がうじゃうじゃ寄ってきてセクハラされまくりそうだ。

ここのトルコのイミグレの女役人も、元々濃い顔つきのうえにさらに濃い化粧を塗りたくってたが、男同様に制服を着ていた。「女はチャドル」というイランからすれば、彼女の出で立ちを見るとまさに別世界に来た気分だ。

何時間も待たされて、いらつきながら入国する。国境を出ると、右手にはアララト山が、そして道路の片側には延々とトラックが渋滞していた。

走っても走ってもトラックの列が続く。列はなんと7kmも続いた。周りには店も建物も何もない。大平原しかない。だから生活道具も動く家であるトラックにつみ、自炊をしてチャイをすすり、原野の向こうのアララト山をながめながら何泊もいつまでも待つのだろう。

08-01

アララト山はノアの箱舟伝説で知られる標高5165mの名峰で、厚い万年雪をかぶっている。偉大な山ゆえに、トラックが7kmも並んで待とうが我慢できるのだろう。というかもしかしたらそれは彼らにとって幸せなことかもしれない。

トルコからは一気にガソリンが高くなる。この世界一周ツーリングの一日の生活費はガソリン、食事、宿代等込みで1500円と設定していた。が、そうなるとガス代だけでその大半を占めるようになる。これからは当然野宿となり、レストランにも高くて入れなくなるから自炊一辺倒になる。違った意味でつらい旅がはじまる!

暗黒峠と色のない風景

西部イランから続く高原地帯を走る。国境からしばらくは検問所が何箇所かあったが無事通過。イランとさして変わらない羊飼いの風景。夕方になり、その行く先は峠の登りになっていた。

しかし真っ黒い雲が峠を覆っており、そこから風が吹き荒れ始めてきた。まるで絵に描いたような不吉なシチュエーションである。

嵐や雷に打たれてはたまらんのでふもとの村に引き返し、GS(ガソリンスタンド)に泊めさせてもらう。イスラムの礼拝室の片隅で泊めさせてもらえたが、さらにそこの少年が料理まで持ってきてくれた。タダで泊まってるのに料理までいただけるとはもう感激だった。

トルコ東部のこのあたりは閉鎖的で、イラクやイランの国境問題やクルド人問題の多発する地帯。そのせいか旅行者に向かって石をなげつけられたりされるから、一刻もこの辺を脱出しようと思っていた。だけどその裏返しなのか、このトルコ人はとてもあったかかった。

その料理は茄子とじゃがいものトマト煮。油でこってりしているが、トルコパンとともに食べると、とってもうまか!!

翌朝、礼を言って出発。峠には、まだ暗雲が覆っている。私の心まで暗雲が広がってくるけど、覚悟を決めて峠に入ると、朝9時なのに時が逆回転したかのようにだんだん暗くなっていく。

そして雨が降ってきた。標高2300m。気温は遂に10℃を割った。つい最近まで40~50度の灼熱世界にいたのがウソのようで、濡れながらも寒さに耐えながら不吉な暗雲の真ん中を走る。あたりは暗い灰色の世界で、白黒テレビで映し出されるような色のないモノトーンの風景だった。

峠を越えて標高が下がると、なんと青空が出てきた。「闇の王国」から来るとなんとも眩しくブリリアントな色彩だ。そして道路も乾いてくる。自分の頭上を境に、前方は青空、後方の峠を振り返るとだんだんと雲が増えて先ほど越えて来た峠の奥は真っ黒な雲で覆われつづけている。忘れもしない暗黒峠だった。

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タイムスリップ

昼頃、トルコ東部の都市、エルズルムに着いた。標高1850mの高原都市なので冬の寒さは格別そうだ。ここでは銀行で両替したあと街を走る。MMミグロスというスーパーを発見。中に入ると、日本のスーパー同様に清潔で明るい店内に食品がずらりと並んでいる。

インドからイランまでは、日本のようなスーパーなぞなかったので、トルコに入国してエルズルムに来ると2~30年前の世界から一気に現代に戻った、という気分だ。

スーパーのみならず、大型ショッピングセンターやファーストフード店などもあり、トルコはイスラム国家とはいえ、戒律よりも近代化に力を入れているソフトムスリムな国なので、これら日本とかと変わらないスーパーを見ていると、トルコはアジアというよりヨーロッパの一員という感じだ。

しかもこのミグロスというのはなんとスイス資本のスーパーマーケット。今でこそカルフールなどの外資の店舗がトルコ各地に乱立してる模様だが、タイのバンコク以来の近代的な店や商業施設を見せつけられると本当に驚いたものだ。

エルズルムを出てしばらく走ると、またも雨が降ってずぶ濡れになる。山がちな地形なので天気も変わりやすい。もういやになって16時30分に運転を切り上げ、また小さな田舎のGSで泊めさせて頂いた。事務所の奥の配電室の中で、窮屈ながらも丸まって寝た。

なんと12690700トルコリラ。絶賛インフレ中。

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6/1 ついに6月だ。配電室で迎えた翌朝は晴れたので、そのぶん距離を稼ぐことに。
カイセリの町の手前までは、緑におおわれたなだらかな丘が続く。その風景はまるで北海道の美瑛そっくりのきれいな眺めだった。

カイセリに着くと、そこは近代都市だった。新しいアパート、マンションが林立するようになり、とくにマクドナルドのある中心部は、お台場にそっくりだった。

整備された街並みや店は、郊外の丘の風景と違って土臭さのない人工的都市で、美瑛からお台場にワープしたようなものだった。

08-07

洞窟大好き

奇岩群で有名な、ギョレメ(ギョロメではない)にやってきた。
ここではキャンプ場に泊まったが、またしても激しい雨が降ってきてすぐにテントの中に逃げる。しかし雨が続き、夜になるとまた激しく降ってテントも雨漏りしてきた。

やっとの思いで朝になったが、まだ雷雨が降っていて腹立たしい事この上ない。(後日現地のテレビを見ると、この大雨で洪水になった地方もあるぐらいだ)

小雨になったタイミングでテントを撤収したが、雨で撥ねた砂がテントの外側につきやがってふんだりけったりだった。

だが、このキャンプ場内にはもう1つテントが張ってあった。こんな嵐でテントを張るなんてどんなヒトかと思ったら、テントから二人出てきた。2人はニュージーランドからやってきたカップルだった。

しかも、バックパックの中になんとテントやキャンプ用品を一切合財をかついできたわけだから、相当のつわものだ。うーむ、日頃から大自然に親しんでいるNZの人にはさすがに旅も大胆!かなわないわい!

「きのうはすごい雨でドロがついたね」なんて話したけど、イギリス人にも見えるこの2人は、狭くて雨漏りするテントの中ゆえに、互いに身を寄せ合い愛を確かめあえるが私の場合はひとりぼっちなので昨夜の大雨の中のテントは苦痛なだけだった。

ということで、ギョレメのキノコ岩群を見た後、今夜は街中のホテル(とはいっても一泊500円ぐらい)に泊まり、部屋にロープを張って濡れそぼった衣類を全部乾かした。部屋は満艦飾のようになる。
外は雨が降りつづけているが、雨露をしのいでくれるし湿った服も乾いてくれるので、本当に心から安心して眠れたのだった。

ネブジェヒルの洞窟住居は、キリスト教徒がイスラム勢力から逃れる為に、「隠れキリシタン」となって洞窟内で生活していたもので、洞窟の中はとても奥行きがあって、かなり果てしなく続いている。ゲームにある地下迷宮そのものだ。中には地下教会跡もあって、洞窟好きの私にとって胸躍る。

うちの近くにある埼玉県の吉見百穴は古代の岩窟住居としては天井が高く広々としているが、この洞窟住居は天井が狭くよく頭をぶつけた。

地上への空気孔は、一番下が井戸にもなっており、コインを落すと3~4秒後にボ~ンと不思議な音を立てるようだ。落下速度からして何十メートルも掘ってあるのだろう。

やはり洞窟というのは謎と伝説に満ちていて面白い。ただ、ここに住まざるを得なかった「隠れキリシタン」にとっては、受難の日々だったのだろう。

洞窟を出たら、めざすイスタンブールに向かって走る。計画都市ともいえる首都のアンカラに泊まったときは、GSわきの小さな公園でテントを張ったが、目の前には30階建てのでっかいビルがそびえ立ち、ビルとテントのヘンな組み合わせだった。

6/6 その朝にアンカラを出発。山あり、谷ありで、日本に似た風景を走る。アンカラからは有料の高速道路も並行してあるが、下道の国道も、両側2車線ながらも直線が多く日本より流れも速いので充分快適に走れる。

イスタンブールからあと100kmのイズミールまで来ると、マルマラ海が見えてきた。ヨーロッパ風の洒落た店や風光明媚な海岸を過ぎると、日本の瀬戸内海沿岸のような工業地帯になり、民家などが続く。

6月6日20時20分。イスタンブールが見えてきた。

飛んでイスタンブール

という、庄野真代の唄が25年以上前にヒットしたが、そのときはイスタンブールも女性に人気があったのかも知れない。

アジア側からボスポラス海峡に落ちる夕日を見、

遂にアジアとヨーロッパを結ぶボスポラス大橋をわたった。

08-02
小さな関門海峡を越える感じで、幅は1.2kmと、大きな川ほどの幅だった。

このイスタンブールは、他の欧州の都市同様に、ビジネス街で高層ビルの林立する新市街と、古くからの町が残る旧市街に分かれている。

イスタンブールの場合は新市街のほうは新宿のように高層ビルが林立するが、数キロ離れた旧市街(中心部)のほうは、ごちゃごちゃした古い街と、さらには二千年前の遺跡まで街のど真ん中に残っている。現代と中世、そして太古まで味わえるすごい町だった。

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町で歩く人々を眺めた。女性でも日本のようにTシャツ一枚だったりの薄着や、艶かしくイキなねえちゃんもいれば、若い女性でもスカーフを巻いてコートを着ているイスラム女性もいて、様々だ。イスラム教徒がほとんどなのに、こんなに服装が違うのも意外だった。

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トルコは日本と同じアジアの国だが、人種的にはヨーロッパ人。タイとか中国のようなアジア人とは明らかに違う。特にイスタンブールはなおさらのことで、文化や流行は欧州の物がほとんど。同じアジアでも、日本とそれぞれ両端に離れているので全然違う。

そして、2000年当時でも携帯電話が普及していた。制服きた女子高生ら(トルコや欧州では、日本同様ミニスカートとハイソックスが主流。だけどルーズソックスなんて日本だけのようだ)が携帯で話しまくってる姿はこれまた日本と同じだった。映画館では日本より2年遅れでポケモンの映画をトルコ語でやっている。

旧市街は、くさるほど「ホテル」があるのだが、どれも高くて狭いものばかり。バイクは停められそうにない。旅行者向けの安宿というより、連れ込み宿も混じっているのだろう。

下町の一番安い宿を見つけたが、さらに狭くてうるさくて息苦しい宿だったので一泊で逃げた。とてもじゃないがこれ以上やってられない。このままヨーロッパで宿に泊まればあっという間に旅資金が破産してしまう。

ということで、イスタンではビルの陰やフェリー乗り場公園のベンチで野宿した。
このタコ部屋の宿を最後に、ヨーロッパでは一切宿に泊まらぬ事を誓った。

この世界一周の旅は、ただの旅ではない。修行の旅だ。
自分への挑戦でもあった。闘いでもあった。旅費をとことん削って旅をすることで、己の根性と野生を鍛えて磨くのためなのだ。

こうして、インドのマドラスを出発して72日間、16000km走ってイスタンブールに到着したのだった。そして真の意味で辛そうなヨーロッパが待っている。

イスタンブールからギリシャ国境へ向かう。東京や大阪のように住宅街が続き、狭くごみごみした感じの道を西へ。

そしてトルコとギリシャ間の国境へやってきた。古いヨーロッパぽい牧場の続く、のびやかでのどかな村だ。同じトルコでもイラン側の東部と、ここの西端ではやはり雰囲気が違う。
その国境近くのGSの裏で野宿をした。モロに野犬が徘徊していた。

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