ツーリング仙人・賀曽利隆(79)さんと北海道を走ったゾ!西興部村・下川町

V-Strom250日本の旅・みどころ
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北海道ではツーリング界のレジェンド・賀曽利隆79歳氏(以下・カソリサン)に会ってきましたが、2026年のカソリ推し活は、カソリマジックとも言うべきおもしろさがありました。はるばる北海道に来たかいがありました

 

過去に会ったカソリサンについてはこちら。併せてごらんください

 

2002年、はるばる沖縄・那覇港でカソリゲットをして

沖縄放浪 南国指令!アフロヅラ作戦/那覇のベランダシャワー
2002年3月15日二時間遅れの9時30分那覇新港(安謝新港)入港。曇っていて生暖かい潮風がふく。沖縄初上陸!ターミナルには今度は西牟田靖さんがやってきた。彼はタリバン占領下のアフガンにも潜入した為、朝のワイドショウにも出演できた、すごすぎ...

2018年、71歳
https://tabi1.com/kasori-takashi-201810

2019年

たびいち、Vストロームミーティング2019に上陸!
今回の「慣らし運転ツーリング」の目的の一つは、Vストローム祭りに参加することです『Vストローム』オーナーに告ぐ、9月8日はスズキ浜松本社に集合と、まるで召集令状のように飛び込んできた。Vストローム250を買ったからには、いちどは通過儀礼とし...

2024年、76歳
https://tabi1.com/kasori-takashi-2024

 

西興部ガコッパーにて、地平線会議モリズム前夜祭でのカソリ氏 となりの方が、後日会う地元の名人ハンター

 

 

カソリ氏と早朝の下川町を観光する

今回、カソリさんと北の大地をぜひ走ってみたいということで
カソリ名物「朝飯前ツーリング」
に同行させてもらうことができた

6時に西興部ガコッパーに来ることになってたが
5時50分ごろ来ると、ショートスリーパーで朝の早いカソリ氏、さっそく玄関前にいた

目的地はすでに決まっていて西興部の西にある、
「天北峠」と
下川町にある「巨木」の二つである

まず一つ目の天北峠は、
天塩国と北見国を分ける標高300mの峠で、
オホーツク海側と日本海側を分ける分水嶺のようだ。
そのため「峠越えのカソリ」の非常にテンションが高い

1975年から続けている「カソリの峠越え」というライフワークもあって
カソリ大明神様の前では、峠は決して無視してはならぬのである

峠を越えて、紋別郡西興部村から「上川」郡の「下川」町に入り、
巨木を見に行く。最近のカソリ氏は、巨木巡りにはまっている

巨木は下川小学校内の敷地にあった。近年の小学校は校門が閉まってることが多いのだが、ここではそのまま入れた。

 

モニュメントとハルニレの木。樹齢830年なので、いい国作ろう鎌倉幕府の時代からこの世の諸行無常を見て来たのだろう。

その後は、時間もあるので町の南にある「万里の長城」へ行く。
公園を囲むように万里の長城風の石垣がある。

石垣にそれぞれはめ込まれた石には、墓石のように名前が果てしなくずらっと彫られている
どれも2000年の夏8月から9月ぐらいに彫られたもので、
その頃私はロンドンとサンパウロにいたのだった

そんな思いで最初は我々は静かに長城を眺めていたのだが
延々といろんな人の彫られた名前を見ているうちに
カソリ氏は何を興奮しだしたのか

「こういうムダなのがいいんだよ!」

と、次第にハッスルしだした

「でも、ミレニアムな2000年と比べると、日本の経済もどんどん衰退してますけどね」

「いや、日本も(こんな時代だからこそ)もっとムダなものをつくるべきだよ!!」

と、常識をひっくり返す超人的センスで大満足の様子だった

 

延々と名前の彫られた石垣。

万里の長城なので本場中国人の名前も彫ってあるゾ!と盛り上がってたら

なんと浅草橋ヤング洋品店という、90年代の狂気のバラエティ番組に出ていた料理人の名前だった(写真を見直した時、今さっき気づいて驚いた)

 

この日は行きも帰りも全く79歳とは思えぬ、全く昔と変わっていない豪快な走りで
西興部のガコッパーに戻ったのであった

北の大地を疾走するカソリ氏
バイクを降りると79歳らしいところを見せるが、走り出すと一変。

光の戦士の如くカッコいい

その後のモリズムは森をテーマにした講演会なので
カソリ氏は巨木について話した

今朝さっそく撮りたての下川の巨木を皮切りに


自宅を出発してから北海道にたどり着くまでの道中と巨木について講演したのだった

※北海道の参加者から訂正の指摘があり
カソリ氏が見て来た苫前町三毛別は「みけべつ」ではなく「さんけべつ」
復元地にあるヒグマの模型は大きさ的には誇張で、実物はそこまでは大きくないとのこと
http://www.town.tomamae.lg.jp/section/shokouroudou/lg6iib0000000ls1.html

 

なお、その前のさっきは、
近くのセコマで麦茶を買ってました
麦茶おじさんは健在です

なぜ麦茶おじさんかというと

それまでの破天荒な飲みまくり生活で痛風を患ったらしく

その反省として麦茶を買うようになった

カソリ式の健康法は、

バイクと麦茶!

 

次の日の朝飯前ツーリングは

翌日は、西興部の南にある、札久留峠へ。私が西興部に来るときに来た峠である
カソリサンも疲れがでてきたのか、きのうほどのテンションは無かった

朝6時前、西興部を見下ろす 空気も澄んでいるのでこの時間に見わたすのが最高かもしれない

自分が最初札久留峠に来た時は、とくになにも思わなかったのだが、
再度「峠の帝王」と峠に来ると、感慨深い

峠の標高は310mと、天北峠300mと同じぐらいだが、ここのほうが少し急峻なのでより高く感じる
峠の手前には、西興部が誇るウェンシリ山も見れる

そして峠を越えると、景色も変わった。少し雲海が見えた。美しい。

「峠を境に、景色ががらっと変わる。峠ってすごいんだよ」

だからカソリ氏は朝飯前ツーリングをするのだろう。

滝上町に入り、ふもとに入ったところで引き返し、その帰りに鹿牧場公園へ寄った。

まだ朝早いのに、きのうモリズムの会場にいた鹿うちハンターの名人と、会場でスタッフをしていた北海酪農学園大学の女子学生二人が鹿の世話に来ていた

小さい村なので、まるで身内のように感じる

鹿さんと戯れる79歳

キャンプ場に戻ると、さっきの酪農大の女子大生もハイエースに乗って戻ってきた

こうしてカソリ氏は、午前中にモリズムに参加した後はすぐさま紋別へ、そして時計回りで北海道一周中なので、道東へと旅立っていったのだった

因みにカソリ氏が北海道に行くときは、
長距離フェリーは使わず「必ず青森まで自走!」とのこと。
その後の帰りに北海道を出るときも「必ず函館から!」とのこと。

著書や雑誌など見ても
「深夜に青森/函館の港について、フェリーでは泥のように寝て、早朝から走り出せる」というスタイルだった。

道南から道北まで、そして全国しっかり無駄なくムラなくメッタメタに走り尽くすのが
鉄人カソリ流である。

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まとめと感想

実を言うと、カソリサンをはじめて見たのは1997年7月ごろ、風魔か何かの報告会だった(たぶん地平線会議ではない)

その頃は自分もまだ19歳で、
海外ツーリング経験の無い若僧からみれば
雲の上の人に思えて、とてもこちらから話す勇気は無かった

そして125cc世界一周から帰った2001年にしっかりお会いして以来、
これまで何度もあってきましたが

今回実際に一緒に行動してみると、それまでにないぐらい、
めちゃくちゃなおじいさんでした
(本当はいろいろスゴイことがあったのだけどボツにしました。カソリ氏の名誉のために伏せました)

タフなエネルギッシュさと、常識をぶった切るほどのぶっとび具合に
だから今でも絶大な人気なんだなと実感。

若い頃お会いした時は、家族を養う生活のためだった部分もあったが
いまでは完全に好きなように自由奔放に楽しんでいるのが判った

最近日本もジリ貧になり、少しでもユニークなことをするとすぐに叩かれるような内向きになっているイヤな社会だけど

「こんな時代こそ、ワシもカソリしゃんになって世の中をぶん回してやりたい!ウーバーイーツのカソリじゃ~!」

と新たにスーパークレイジー・カソリパワーを浴びまくったのでした

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