初日から最南端に行き、アパルトヘイトを見て、ダチョウに乗り、味う。

南アフリカ
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やっとの出発!ケープタウンからアフリカ大陸最南端アグラス岬、そしてアフリカ初の野宿!どんな冒険が待ちかまえているのでしょうか!

 

12月14日

9時40分起床。チェックアウトが10時なので、見事に寝坊。あわてて片付ける。

ケープタウンにて11日も過ごした宿を去る日・旅立ちの日が来た。

「あ、雨が降りそうだよ~、今日出発せずに今夜も泊まればいいじゃないの」

と仲間がはやし立てるが、一日も早く旅立ちたいの!

とにかく未知なる国へ走りたい。

10時過ぎにチェックアウトして、ピザの残り、ヨーグルト1個、いちご缶で朝食。

手早く単車にパッキングを行い、11:09、宿の仲間たちに見送られて出発!!

さらばケープタウン

ケープタウンを出発。まずは南海岸沿いに東へ向けて、ダーバンをめざす。

ポートエリザベス、ダーバンへと海沿いの東西を結ぶN2(国道2号)は、しばらくフリーウェイがつづく。

ケープタウン フリーウェイ Freeway N2

ケープタウン近郊のスラム

ケープタウン スラム

 

東へ進むうちに、片側2車線、そして1車線の北海道のようなみちになる

フリーウェイから普通の国道に変わるが、日本とはまったくペースが違う

南アフリカ 国道2号 N2

片側1車線の峠の区間は制限80km/hだが

南アフリカ 国道

峠の十字架。

かつてのボーア軍と英国軍の合戦地だったのだろうか?

南アフリカ 峠の十字架

しかし高速道路が終わっても、片道一車線の制限速度は、な、なんと120km/h。

北海道のような一本道の制限速度が120km。

猛スピードですれ違う車は、シュワン!、シュワン!とまるでジェット機のようだ。日本では決して聞けない通過音だ。

60km/hでちんたらケープタウンの街中を走らざるを得なかった慣らし運転も終わったので、この旅より80キロ巡航。それ以上で巡航すると小さな125ccエンジンにダメージがでそうなので。

時速80キロというスピードは、日本の国道なら追い越す側なのに、ここではあっというまにどんどん追い越される。

でもオーストラリアで650ccのビッグバイクで一周した時は、もちろん自分はシュワンシュワンの側で、全く何もない荒野ではいつも130km/h巡航。時には150~160km/hでアホみたいにかっ飛ばした。ぜんぜん人のこと言えんね。

 

そんなわけで道路も景色も、オーストラリアによく似ている。オーストラリアがなつかしい。

そしてなんと、おなじみのWindowsXPのような草原地帯があらわれた!

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これがオリジナル(笑)

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南アフリカでも、日の丸。きっとマスターはサムライスピリットを持っているにちがいない。

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16時ごろ、アフリカ大陸最南端,アグラス岬到着。

インド洋と大西洋を分ける!

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しかもアグラス岬は、ちょうど東経20度だった!?

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インド最南端の海。

インド洋と大西洋を分ける岬で、その先は南氷洋と南極大陸とあって、天気は晴れているが物凄く波が荒く、豪快だ。

まわりには偏西風をさえぎるものがなく、これだけ波が荒い。

なのでこのあたりは航海の難所だった。

アフリカ最南端 アグラス岬

気温25度。真夏なのに風もあって海水も冷たそうなので、泳ぐには寒そう。

アフリカ最南端 アグラス岬

どこにいっても、灯台は寂しげなところにあるね

アフリカ最南端 アグラス岬

そろそろ日がくれてきた。次の町まで60km。さあ今夜はどこでアフリカ処女野宿するか?

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アフリカ初野宿

夜、20:10ごろ、Swellendamという小さな町についた。

暗くなったので今夜から早速自分で寝床を探さなくてはならない。

昨日までぬくぬくと宿にいたけど、今日からは文字通りの宿無しだ。さあどうするか。

でも、いきなり野宿は危険かもしれないので、街のキャンプ場に行ってみたが、4人分ぐらいのスペースで130ラントするらしく高いので、やめる。

それなら町はずれで墓場を見つけたのでそこで野宿しようかとも考えたが、人に見つかったら危険なのでやめにした。

さらに野宿地を探して林の中の道を奥へ進むと、急坂があるので、そこを登りつめた行き止まりのところで適地発見!

21時、ここで野宿することにした。テントを張って22時半ごろ寝る。

そのとき、4ヶ月前のねぶたツーリング初日の郡山での野宿を思い出したが、はたして無事に朝は迎えられるのか!?

396km走行

 

初めて迎えた、治安の悪い南アフリカでの初野宿。

12月15日 5時起床。昨日とは打って変わって早寝早起き。空は大分明るいが、テント内は18.8度とすこし肌寒い。

アフリカ 野宿

自分の経験上、丘の上とかなら誰も来ないので大体こういうところで野宿するのだが、

やはり誰も来ないので正解だった。しかも眺めもいいし。

人がいなく静かなので、のんびり出発することに。

朝食は、ケープタウンで買っておいたミーゴレン3.9ラントを2個(インドネシア製やきそば)

ミゴレンはオーストラリア時代から食しているが、じつにうまい。アジア人の琴線にひっかかる味なのだ

7:20、出発。スワレンダムの町に下りる。

まるでオーストラリアの田舎の町そっくりの落ち着いた雰囲気だが、翌朝看板を見ると、黒人が市長である。

GSでオイル交換。

朝のはよからまめまめしく働くGSの店員。

しかしこの国では白人がGSで働いているのを見たことがない。なぜだろうか

 

8:45 スーパーで買い物終える。マッチが10箱30円と安い

途中で見つけた気になる場所。

「妖精の国: 天使と癒しの聖域」

と書かれているけど、どんなとこなのかね?

間取りからして幼稚園児がやってきそうなきのこ小屋。

個人の敷地をアートにしているというかんじだろうか

謎の聖域を後にして、今日はN2を外れ、62号線へ。日本で言う3桁国道や、田舎道を走ったりした。

風景もよく、交通量も少なく自分のペースでのんびり走れるのがいい。

GSで休憩。現地のバイカーにとっても快適快適。

2ラントのガチャ兼ゲームマシン。なつかしい

80年代前半。それは20円のキン消しと、100円コスモスの時代だった。
「キン消し」の名前を真に受けて消しゴム代わりに字を消したら、漢字ドリルが黒ずみ、キン消しまでも黒くなって二重の失望に突き落とされた小学生。それがかつてのたびいちです。そしてきのう、「キン消しプレミアム」が発表され、キン消しブームが再燃した模...

昼食は、田舎の商店で買い物。

 

フルーツ牛乳68円、袋入りののむヨーグルト200ml32円を2個。そしてソフトクリームもどき 20円 ソフトクリームの代わりにマシュマロが入ったジャイアントコーンみたいなもの。全然昼食らしくないけどこれが昼食。

単車だけでなくダチョウにも乗る

夕方前、オーツホーンという町に到着。ダチョウが名物の町である

 

観光ダチョウ農場では、60ラントでダチョウに乗れるというので、一生に一度の機会ということで乗ってみました

事務所のようなところで手続きして、ピックアップトラックの荷台に載ってダチョウ牧場へ。

 

両手で羽をつかんで乗れということなので、上下にもっさもっさとゆれるその不安定さは、まるで運動会の騎馬戦を思い出しました。

けどそれはそれで面白かったし、乗ってみたけど、獣の臭いはつかなかったのでよかった。

ダチョウと残る差別

そのあとは、名物のダチョウが食いたかったので、(さっきまで乗ってたのにそれを食おうとしてるのだから、なんとも失敬である)

ラテン風レストラン「La Dolce Vita(The sweet life)」に入る。

広い中庭を利用したオープンテラスなので単車は自分の席の隣に泊められるし、風通しもさわやかで落ち着く。そのうえ無線ラン(2017年現在ではFree Wifi)付きなのでひさしぶりにネットを堪能しまくる。

ダチョウのステーキセットは95ラント。約1000円。

ダチョウ ステーキ

超節約ツーリングを主体とする自分にとっては高い食費だが、ステーキは300gもあり、独特のくさみが若干感じられたものの赤身の肉は、牛肉よりも柔らかく美味。しかも無線ランでネットがやり放題ということを考えれば、とても安いものだ。

店員もとてもフレンドリーで、もう至福のひと時。
ああ、アフリカのツーリングって最高!

と・・、いいたいところだが、考えてみれば店員は白人で、店内のカップルや家族ずれの客は、すべて白人。まるで欧米やオーストラリアにいる気がする
黒人の姿は店内では見られなかった。

そう、ここは「白人向けレストラン」なのだった。

かつて人種隔離政策アパルトヘイトがあった時代は、あらゆる施設が白人専用・黒人専用と厳格に分かれていた。だからこのレストランも昔は「白人専用レストラン」だったのだろう。

リベラルなケープタウンにいたときには感じなかったことだが、ここのような田舎の封建的なエリアでは、アパルトヘイトが終わった今でも、「白人は白人、黒人は黒人」という考えが根強く残っている。

レストランの中では肌の白い、純血の白人の子供たちが遊んでいる。

かたや門の外に出ると、ボロボロの服を着た黒人の子供たちが、磁石に吸い付くかのようにこちらにやってきて「金をくれ、金をくれ」と、まるで歌舞伎町のポン引きのようなしつこさでまとわりついてくる。

そういう「現実」を見ながら育つ白人の子も黒人の子も、いったいどんな大人になるんだろうか。

「差別はアカン」「みんな平等に」という日本で育った自分にとって、たしかに南アの田舎では差別はまだ残っているんだろうと、覚悟はしていた。
でも、かれらはお互い同じ国、同じ町に住んでるのにかかわらず、人種によってあまりに違う「現実」を目の当たりに味わってしまうと、やはり重くなるのであった。

 

その後、町を出発し、夜道を走りながら野宿地をさがすが、道路沿いには延々とフェンスがはられており野宿する場所が見つからず。

ダチョウの街から140㎞ほど走り、夜中22:35にUniondaleという山の中の村にたどりつき、キャラバンパーク(キャンプ場)へいくとゲートも開いており、とりあえずそこでテントを張って寝た。

439km走行。

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