洗練されたサントンと、ヨハネスブルグの宿

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もっともアフリカらしくない場所。ヨハネスブルグから北へ10キロに位置する新興ビジネス街・サントンです。

新都心・サントンへの道

荒廃したヨハネスブルグの都心から、

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北へ進むにつれて雰囲気も少しづつ変わり、

都心から10㎞行くと、新都心サントンに到着。ここまでくると、ヨハネス都心のようなみすぼらしさはなく、表参道や御堂筋のような新しい街のよそおいとなる

こうしてみると、もはや全くアフリカとは思えない。秋のロシアやヨーロッパのような素敵な雰囲気。

ジンバブエ同様、ヨハネスブルグも都心から白人が逃げ出したため、都心にはほとんどいなかった白人やカラードの姿を多く目にする。

サントンのショッピングモール・ネルソンマンデラスクエアは

https://nelsonmandelasquare.co.za/

非常に近代的で、かつ広い。プレトリアのメンリンパークよりもさらに高級感があふれている。

かつてはサントンスクエアだったショッピングモールも、2004年からネルソンマンデラスクエアに名前が変わり、巨大なる偉人がお出迎え。

アパルトヘイトの終わった南アでは、耐え忍ぶひとりの囚人から、偉大なるマンデラ大明神様になった。

プレトリアのメンリンパークでも見かけた、寿司や牡蠣などが食べれるシーフードレストラン。といってもここは海のあるダーバンから直線距離で506㎞、ケープタウンから1270㎞離れた内陸なのにかかわらず。鮮度が気になる。

このショッピングモールは、イスラーム向けの祈りの部屋もある

低迷時にショッピングモールでイスラム博士に出会った結果
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世界的な企業やヨハンスブルグ証券取引所までも、都心からサントンやその近辺に移転(というか逃亡)している。

これから行くシンガポール航空の事務所もしかり。

低層型の建物。いまでこそハウトレインという安全な列車があるが、このときは自分の車かバイクか、タクシーを使うしかなかった。

ここに来た目的は、チケットの帰国日の変更。ここで対応したのは、なぜかサングラスをかけたダンデイな白人男性だった

シンガポール航空のパンフレットには、関根勤が出演?

寒い冬の雨。この風景、私がかつて住んでたオーストラリアのシドニーにそっくりである。

サントンのシンガポール航空近くのスーパーで買った弁当。これぞソウルフード。これで200円と安いのが救い。

ヨハネスブルグの宿

Johannesburg Gemini BP ドミ80 ツイン130(2009年当時)

https://www.geminibackpackers.co.za/

周辺の環境。サントンのようにこぎれいでもなく、ヨハネス都心のように恐ろしいわけではないが、自分がいたときは時はとても寒く、しかも連日ずっと冷たい雨が降っていたので最悪の天気だった。

そのせいか他の宿泊客(ほぼ白人の若者)の表情も非常に暗く、かといってヨハネスは治安が悪いので外を歩くこともままならないため、これまでにないおそろしく陰惨な雰囲気だった。

暖を取るために暖炉に薪をくべるのだが、暖まらない割りにすぐに室内が煙まみれになってしまい、それもとてもいやだった。石油ストーブとかの方がよっぽど効率的に思えるのだが・・

ミラクルなる出会い

そんな環境なので、「日本に帰りたい・・早く旅終えたい・・・」と完全に気が滅入ってたとき、一人の日本人がやってきた

その人は、

な、な、な、な、な、な、な、なんと!

まさかのしんじ氏だった

しんじくんとはお互い何のアポも取ってないのにかかわらず、ナイロビで会い、ウガンダで会い、そしてマラウイで別れて以来の、まさかまさかの偶然の再会に「奇跡だ!」と抱き合ってよろこび合った。

それまでの私は、山奥の墓場のような孤独な日々だったが、しんじくんが来たおかげで、だいぶ明るくなったのだ。

レトロなマシン

この宿の別館には、なぜかレトロなマシンが多くあって、気に入ってしまった。

レトロピンボールとしんじ氏

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