テレビにも出た、日本人が運営するケニアの学校に行く

前回ウガンダで訪れた日本人の学校にひきつづき、

ウガンダの奥地・水も電気も無い日本人運営の学校の生活とは?
電気は無い。水道も、もちろんコンビニもない。さらにマラリアの汚染地区でありながら、日本人が運営する孤児院学校があります。 ...

もう一人の日本人が運営する学校が、国境沿いにあるというので行ってきました

ナイロビを出発・国境の町ナマンガへ

8:27起床 23度 朝食はチョコバー2本

午前と午後は、最後のナイロビを周る。

昼はコーラ500ml 43円 マンダジ7円を2個

なんだかんだでナイロビ出発は結局16時過ぎになってしまった

17:25 まだまだナマンガは135㎞

途中ダートになりながらも、車も少なく道も良く、

20:12、国境の町ナマンガに到着

G-8 ゲストハウスという、ガンダムのような名前の安宿にチェックイン

そして夕食。Karanga(ビーフシチュウ)114円 チャイ21円

ペットボトルコーラ500ml 72円

そして肌着を洗濯。

この宿は「モバイルフォンも充電できる」と店のスタッフは言っていたが、

掘っ立て小屋のような粗末な部屋なので、となりの部屋から臭いが漏れたりして、失望する。そんなこともあってなかなか眠れず。

日記を書こうにもボールペンが全然書けない。よけいにいらつかせる。日本のスムーズなちゃんとしたボールペンなら300円出してもいいくらいな気分だった。

その翌日は、ナマンガゲストハウスに引っ越す。1.66倍高い1泊715円だけど、その分まあまあ快適だった。

ナマンガの町

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国境の町の学校に到着

ウガンダの学校の次は、ケニアとタンザニアの国境にあるの町にも、日本人経営の学校があったので、きょうはそこに行く。

http://www.geocities.jp/kj_kirakira/

日本を出発する前にその学校のHPを見つけ、来校する前に校長のkojiさんの携帯にアポを取ったのだ。

初めて会う校長のkojiさん。現地の奥さんの二人で運営しているこの学校も、設立の際はウガンダのカマウ氏の助言と協力もあった。

カマウ氏は初老の域になってしまったが、kojiさんは私と年齢が近い事もあって、考え方も若く、積極的に活動している。

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日本のエリート人生から、アフリカの村の生活へ

何よりスゴイのは、kojiさんは県内トップの高校を卒業し、一流国立大学の医学部を卒業。そして日本語、英語、そしてスワヒリ語を完璧に話すという。

彼いわく、スワヒリは現地のアフリカ人よりも話せると言った。なぜなら子どもに物を教えるには現地の言葉が必要、という信念だから、常人には想像つかないほどの離れ業をしているのである。

そして彼はカマウ氏の学校とちがい、パソコンとネットのハイテクを存分に駆使し、生徒の書類や成績もパソコンで全てデータ化し、とても効率的。

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ただ、学校には電気がなかったので、PC稼動はバッテリーを使い、ネットはネットカフェでしているのだろうか。

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そして自分のHPを通じて日本にも寄付を募っており、あの旅行会社・道祖神ともタイアップしてるなど、非常にスマートに運営しているが、やはりウガンダほどではないにせよナマンガの方も学校運営は資金に大変のようだ。

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カマウ氏の学校は旅行者ボランティアを多く取り寄せているため各所に日本的なところがあったが、Kojiさんの学校は教育に専念する為、ボランティアは募集しておらず、来てみたところケニアのごく平均的な普通の学校、という感じだった。

給食。カマウ学校ではウガリだったが、ここでは二日間ともライスだった

一日目はスクマ(菜っ葉)とごはん、そして2日目がこのレンズ豆の煮ものとごはん

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ともあれウガンダの学校のど根性論でゴリ押しの教育方法だったのは対照的だった。

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ケニアの英語の教科書

ケニアと日本を行き来するKoji氏は、日本の小学生が書いた絵をケニアの小学生に披露している

2014年3月の記事より

そして、日本に帰ってから何年か経ったある日、「世界の果ての日本人」とかいう番組でKojiさんたちや学校が写っていた。

「世界の果ての日本人」という番組で、なつかしのアフリカの学校が映っていた。http://www.tbs.co.jp/program/sekainohate_20140331.html

途中から見たので全部は見れなかったけど、自分がこうじさんの学校に寄ったのは、ちょうど5年前の2009年3月27日

テレビで見た学校は、5年前と全然変わってないけど、あれから一家に子供も出来て、住む家も変わったみたいだった

自分にとってはあのシーンが本当になつかしい。子どもも生まれているので、月日は経っているけど、彼のあのまっすぐな目力は変わっていなかった。

ここが国境らしい(多分)。左がタンザニアで、右がケニア。

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このエリアはどこ側の国なのかが紛らわしいため、捕まったら密入国の疑いをかけられるため、旅行者は行ってはいけないとのこと。

これも国境。地元の両国の人もマサイ族もパスポートなしでも自由に通れる。まるでEUのようだ。

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国境のピンボールマシンのような脱穀機

そしてケニアを正式に出国し、タンザニアに入国。タンザニア側から見た国道の国境チェックポイント。

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いろいろなドラマのあったケニアを出国。さらばケニア。これからタンザニアだ。

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