ザンビア西部編・ドイツ人の旅と、アフリカの瀬戸内海・カリバ湖

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◆横浜綱島 11月29日金曜19時 開催迫る

 

地球の裏側で偶然ばったり。日本以来の再会!

ドイツ人はどんな旅をしているのか?そして瀬戸内海のようなカリバ湖は、どんな湖なのか?

1月6日

昨夜は体調不良で苦しんだのだが、朝起きたら舌のいたみが直っていたのにはびっくり。体調もよくなり、リビングストンでは充分休んだので、首都のルサカへ出発しよう。荷物をまとめてキャンプ場を去る。

寄り道しながらリビングストンの町を出ようとしたら、白人の男が声をかけてきた。

一瞬客引きか?闇両替か、と思ったが、相手も旅行者だ。どうやら彼は私の荷物満載のツーリングバイクに興味があるようで、彼と話しているうちに

「日本人?君はワールドツーリングネットワークジャパン(WTNJ)を知っているか」

と言われ、目が点になるほどビックリした!

なんで知ってるの?ときくと

「自分も日本でWTNJのキャンプに参加したことがあるから」

地球の裏側で偶然ばったり。その名はミカくん

彼の名はドイツ人のミカ・クン(Mika Kuhn)

思えば2003年の5月11日。私が静岡県西部のキャンプ場で行われたWTNJ(海外自動二輪旅行者組合?)の寄り合いに参加した時、海外ツーリング中のヤマハ・テネレに乗ったドイツ人ライダーがゲストとして来ていたのを覚えている。

しかも「ミカクン」と言う名前だったので、そのとき私は美香君だのミカちゃんだの、挙句の果てには「イカクン」なんて勝手に呼んでいたのを思い出した。ま、イカクンのようにわかり易い名前だしね。

なんたる偶然の出会い!!

彼は私のことを覚えてはいないが、自分も彼があのミカクンだとは知らなかった。

その夜は、予定を変更してリビングストンに戻り、彼らと街に近いキャンプ場で泊まるのだった。

4WDで旅するドイツ人

今回、ミカはオートバイではなく、ケープタウンで1984年式のトヨタ・ランドクルーザーを60000ラント(60万円)で買い、恋人のダマリスと、ダマリスの母さんアンナと3人で旅をしていた。

古いランクルにはキャンプ用品や修理用具など一式揃っている。

ミカとダマリスは、ランクルのてっぺんに備え付けてあるポップアップ式のルーフテントで寝て、初老のアンナはバンガロー(75ドル!)に泊まる。

ミカクンとダマリスは、5ヶ月ぐらいかけて南部アフリカをまわり、ザンビアで折り返し、自然公園や野生動物などを見ながらのドライブだ。ミカとダマリスは私と同じく単車で世界一周をしたのだから、筋金入りの旅人である

アンナはザンビアでミカクンと合流し、2週間だけ旅のお供をするそうだ。

西洋人のキャンプの食事

そして夕食。停電なのでローソクとヘッドランプで食事準備。

ベークドビーンズのかんずめに、たまねぎみじん切り炒めをミックスしたものと

ゴーダチーズ、食パン。

典型的ヨーロピアン・キャンピングメニューである。ありがたくいただきます。

食べながら思ったことは、グルメ王国・日本から来た長期旅行者は、現地の素材を使ったほうがうまいことを本能的に知っているので、アフリカでも積極的に現地の食事を食べるけど、欧米人はアフリカ現地の食べ物を食べない派が少なくないみたいだ。

やはりアフリカの食事(ンシマやチキンなど)のほうが現地の素材をふんだんに使ってるから、旨味が感じられるのだと思う。

食後のレクレーション

私はPCを持っていたので、ちょうどいい具合にミカに合った時の写真があったので見せることに。楽しい夜だ。

2003年5月11日、静岡県のミカくん

なぜミカというのか聞いてみると、Michaelのフィンランド語でミカというらしく、ミハエルシューマッハ?的な名前だからだという

「東京でお世話になったとき、君と同じ名前だ、と言って、ミカという名のAV女優のヌード写真を見せられたのには笑ったよ」

ミカにとっては、この問題はいわば宿命であろう。

朝 マンゴ ミックスジュース

昼 棒型チョコアイスクリーム 66円

夜 ベークドビーンズとパン

走行80㎞

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天井に常設のテントはどんなもの?

1月7日

ミカたちは、車のルーフに備え付けのポップアップ式テントで寝ていた。

こんなの初めて見た。手前の自分のテントよりも、頑丈そうだ。

広さはカプセルホテルを2倍ぐらいに少し広くした程度か。

さぞ便利と思いきや、じつはマットごとたたむので時間がかかり、畳んでも雨水が入り込んでしまうため、どうしてもマットレスも湿っぽく、臭いがするのだった。

因みに、アンナが泊っていたコテージはというと

ツインルームで中はとてもきれい

バスルームも清潔。何年も住んでもいいなと思うぐらいの居住空間。

キャンプ場を出払った後は、ダマリスとアンナで街中や市場を散策。

相変わらず怪しげなものが売られている。

パンソニック。まるで中米ホンジュラスで売っていたPoly-Stationである

世界一周21-1 ホンジュラス エルサルバドル編 超危険な国で"Poly Station"
第21章 中米 III 編 (2001年3月25日~4月14日) ●ホンジュラスの"Poly Station" ●エ...

そして、なぜかセガサターンのコントローラーだけが売っているのも謎。

なお、こういう場所ほど旅の醍醐味なのにかかわらず、なぜかミカは行きたがらないらしい。

偶然の出会いから一夜明け、今日はダマリスの母・アンナはスイスに帰るのだ。
みんなでリビングストン空港に行き、別れのあいさつ。

アンナを見送った後、ミカクンたちはボツワナ、ナミビアへと向かい、私は首都のルサカ、そしてケニアへと目指すのだ。
リビングストンでバラバラになったけど、偶然ってすごい。

リビングストンを出発して数キロほど走ると、米粒ぐらいの飛行機が天に向かって飛んでいくのが見えた。

きっとアンナが乗っているに違いない。

手を振ってみた。

こうして、再び一人だけの旅が、再開するのであった。

1月7日

1週間いたビクトリアフォールズの町・リビングストンに別れを告げ、

首都ルサカへの国道を進む。

だが、やがて穴凹だらけのひどい道になり、そしてダートになった。

しかも大雨が降ってきた。

大きな水溜りとかはなかったので問題なく進めたが、ふたたび舗装路に入ると心からホッとするのだった

村に着くと、東南アジアの村のような質素さで、「PREVENT MALARIA 蚊帳の中で寝てマラリアを防ごう」と言う看板が出現した。このあたりからマラリアの汚染地区だろうか。

ザンビア人のなかで、ひとり白人女性が歩いていた。キリスト教系医療従事者のようだ。

リビングストンからはコロモとかチョマというザンビアの町を通り過ぎる。

16:30 コロモ 標高1220m  162㎞走行

18:03 チョマ   1270m  226㎞

18:58 バトカ   1215m  261㎞


その夜はバトカという、アフリカの典型的な田舎の村に泊まる事にした。

真っ暗になる前に村について助かった。

村の食堂。ンシマにチキン、菜っ葉の煮物。うまいし栄養良好。7000クワッチャ・154円。人々も親切。やっぱ田舎は良い。

ザンビアの田舎の宿は、どんな部屋?

今夜はバトカロッジというアパートのようなローカル向け安宿にとまる。770円。

アフリカ初のシングルルーム!屋根つき!ベッドつき!

宿泊費の高いアフリカ南部だが、ここまでくれば、なんとか個室に泊まることが出来る。
やっと不自由なテント生活やドミ生活から脱出できたぞ!個室ばんざい!

と喜んだのもつかの間、

シーツも洗ってないので体臭が沁みついている!!

バンコクのチャイナタウンの旅社より汚い!でもこれがアフリカンスタンダードか?

部屋の中のバスルームは、まるで廃墟の中のトイレみたいに便所が怖いぐらいに汚い!コンドームも落ちている。ザンビア人の連れ込みはこのクオリティで満足するのだろうか。

夜中になると、蚊が出現。耳元に蚊避けクリームを塗る。

かなりひどい部屋だけど、汚くてもベッドはクッションが効いてるし、狭いテントとちがって部屋でのびのびできるのがいい。テントばっかだと飽きてくる。

走行263km

朝 コーヒー マンゴ ねじりドーナツ

夜 ンシマ&チキン

1月8日

7:04起床。チェックアウトまでの間、バトカの村を歩く。

村の中の路地をずんずん入っていく。

アフリカの田舎の朝が見えてくる。そういうのが大好きだ

村の家電修理屋。私は機械が好きなほうなので、田舎でこういうのを見つけると脊髄的に惹かれるものがある。

ザンビアでは、自転車はいまなお重要な交通手段である

ザンビア流・携帯ショップはコンテナ式。

路地の中に、もっとスケールダウンしたレストハウスがあって、そこなら20000(440円)で泊まれるらしい。当然白人旅行者は目もくれない場所だが。

商店でマヘウ(2200 46円)、ドーナツ(500*3ケ)サッカー印のビスケット(500 11円)を買って部屋に戻り、朝食。

裏を見ると、全部ザンビア製。ある意味貴重。


今日からマラリア予防薬のドキシサイクリンを飲むことにした。

アフリカ二輪旅03 アフリカの病気~黄熱病とマラリア対策の方法(2017改訂版)
黄熱病予防接種とマラリア予防薬  (Yellow Fever Vaccination & Malaria Prevent...

10時出発。きのうとちがい天気もまずまずいいので快調。

きわめてアフリカらしいアフリカが見えてくる。

モンゼという町で昼食。レストランだけど、日本でいう、町おこしの若者センターという感じか。

定番メニュー。ンシマとビーフ8500(187円) コーラ2000 44円 ゆで玉子22円

ンシマではなくライスだと11500(253円)と高くなるが、ぱさぱさしたライスよりも、ンシマのほうがうまい。

そのあとGSでオイル(20000・440円)を買い、

裏の中庭で交換させてもらう。

そのあと、カリバ湖を見るために寄り道。広さは琵琶湖の8倍ぐらい。

ジンバブエ国境まで行ってみると、ここで行き止まり。イミグレや税関の看板があった。

この先のカリバダムの上が国境になっている模様。

そして、ついにカリバ湖到着!湖畔のシアボンガの町のキャンプ場に泊まる

湖の真ん中が国境で、対岸はジンバブエ。

瀬戸内海のような夕ぐれ時

夜は漁火。そして、ほたる。

ついでなので、洗濯する。このあたりは標高が低いので22時を過ぎても27.5度もあり、湿度が高くて蒸し暑い。服も湿っぽい。

23時寝る。

朝 マヘウやドーナツ、ビスケットなど

昼 ンシマとビーフ

夜 ビスケット

走行373km

1月9日

6:40起床・テントの中は日が差し込み、暑さで寝られなくなる 31℃。

あゝ 狩場や狩場

カリバの漁村の食堂で、新鮮な魚のまる揚げを堪能。うまい!220円。

こう見ると、たいやきとモチに見えてしまう。

そしてルサカへ。
しかし、ルサカの手前カフエで土砂降り。この軒下で雨宿り。そのため足止めをくう。


時間がむだになった気分がしていやだが、そのぶん単車も洗われてきれいになった?

そして、ついに首都ルサカに到着したのだった。

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